「おたくの今度の多棟現場、一戸あたりどれくらいで売り出すの?」

 最近、東京都の住宅街で、建売り一戸建て住宅を販売する住宅メーカーの営業マンは、連日このような「情報収集」に明け暮れているという。
物件の見物客が少ないウィークデーは、専ら競合他社の値引き情報を収集することが仕事になってしまった。それは、新築一戸建て住宅が、かつてない「価格破壊」の波に襲われているからだ。

 「最近、新築物件が安くなった」とファミリー世帯に特に評判なのは、中野区、杉並区、武蔵野市の一部などを含む「城西エリア」、そして練馬区、板橋区などの「城北エリア」。言わずと知れた「人気住宅街」だ。

 これらの地域は、人気沿線を除けば一般サラリーマンでも手が届きそうな「値ごろ感」のある優良物件が多く、都心から近いわりに緑も多くて環境がよい。むろん、下町周辺の「城東エリア」や、千葉、埼玉、神奈川などと比べれば価格水準はかなり高いが、目黒区、大田区、世田谷区など、超高級住宅が多い「城南エリア」と比べれば、一段安くなっている。子供を持つファミリー層にとっては、まさに最適のエリアと言えるだろう。

 ところが、そんな城西・城北エリアでは、今や昨年の「不動産ミニバブル」の熱気が嘘のようだと言う。地域や物件によって差はあるものの、この春先から大幅に値下げしないと家が売れなくなった。マンションや一戸建ての価格が首都圏全般で下落傾向にあるとはいえ、都内有数の人気地域だけに、気になるところだ。

 たとえば、城西エリアで、「資産価値が並か少し上」と判断できる立地条件を満たし、ファミリー層好みの間取りの物件を1年前と比べると、その差は歴然。建物面積と土地面積が80〜90平方メートル程度の2階建て3LDK物件の場合、1年ほど前は5000万円台後半〜6000万円台前半でもよく売れていたが、今や5000万円台前半でないとお客が興味を示さなくなった。同様に90〜100平方メートル程度の4LDKについても、6000万円台後半〜7000万円台前半から、6000万円台前半へと主流が移っている。

 つまり、わずか1年ほどの間に、最もお客が動き易い価格帯が500万〜1000万円も切り下がってしまったのだ。「立地条件が悪い物件の場合、高値で売り出されても矢継ぎ早に価格改定が行なわれ、3LDKで5000万円、4LDKで6000万円を切る水準まで落ちることも多い。売り出してから1〜2ヵ月で1000万円近く値下がりしている物件もある」(営業マン)。

 こんな事態が発生している背景には、昨夏の「改正建築基準法」施行の影響で新設住宅着工数が前年割れを続けるていること、米国不動産市場発の「サブプライム問題」で信用収縮トレンドや景気減速懸念が拡大し、サラリーマン世帯の住宅購入意欲減退や金融機関の「貸し渋り」が本格化していること、建築資材コストの大幅アップで利益を圧迫されていることなどがある。文字通りの予期せぬ「不動産大不況」である。

 そんな状況だから、これまで高値で土地を仕入れて一戸建てを分譲して来た多くのメーカーは、物件が売れずに投下資金を回収できない、金融機関からの新たな融資も厳しくなる、土地開発時に借り入れた資金の金利返済さえままならないという「負の連鎖」に陥っている。

 そこで、赤字を覚悟で在庫物件を「投げ売り」して、少しでも多くのキャッシュを得ようと必死なのだ。「自転車操業に陥った知り合いの中小メーカーが、この夏だけで何社も潰れた」(営業マン)という。

 メーカーからは、「表向きは300万円引きと宣伝していても、実際はさらに100〜200万円もまけさせられ、ようやく売れている」「物件の完成前から数百万円値引く可能性もあると伝えないと、お客をつなぎとめられない」という落胆の声も。「物件を仲介してもお客からは手数料を取らない」という不動産仲介業者も増えてきた。それに対して、「これほど急激に家が安くなると、逆にそもそもの価格設定の妥当性に疑問がわく」(50代のサラリーマン)と吟味を続けるお客も多い。

 直近では、家を作っても採算が取れないため、新築分譲物件の数が減り始めた。「このまま物件数が減り続ければ、需給がタイト化して、物件価格が下げ止まるかもしれない」と期待する向きもある。

 だが、安い規格住宅を大量供給できるコストメリットを持つパワービルダーのなかには、「この期に乗じてシェアを拡大したい」という業者も多い。値下げトレンドはしばらく続きそうだ。

 今まさに「一国一城の主」を夢見ているあなたは、このような現状を好機と捉えるだろうか? それとも、しばらく様子見を続けるだろうか?