違和感があった長谷川穂積の世界戦。フェザー級転向で生じた誤算の中身。

20101127-00000006-jijp-000-0-view バンタム級53.5kg。フェザー級57.1kg。バンタム級からフェザー級にクラスを上げた長谷川穂積のチャレンジは、この3.6kgという体重差に焦点が絞られていた。生まれたての赤ん坊ほどの体重が、稀代のサウスポーに何をもたらし、何を奪うのか。大差の判定勝利に終わったファン・カルロス・ブルゴス(メキシコ)との試合は、複数階級を制する難しさをあらためて教えてくれた。

 違和感を覚えたのは第1ラウンドだった。長谷川の意図がわからないのだ。なぜ、そのようなボクシングをするのだろうか

どちらかといえば…出来が悪い感じの立ち上がり

この日の長谷川はスタートから力強いパンチを次々と打ちこんでいった。

 攻撃的と言えば攻撃的なのだが、パンチが大振りでミスブローも多く、そのパフォーマンスは端的に表現するなら雑で力任せ。減量苦からの解放により動きにキレが増したという印象もなく、どちらかといえば「出来が悪いな」という不安な立ち上がりである。何より動きの少なさが最も気になるところだった。

 階級を上げたボクサーは、厳しい減量から解放され、余裕のあるコンディション作りを手に入れる。その代償が体格的なハンディだ。新たな対戦相手たちはより力強く、たいていは背も高くてリーチも長い。このような状況で勝利したいのなら、敵の長所を消し、自らの長所を生かしたボクシングをするのがセオリーだろう。つまりパワーではなくスピードとテクニックの勝負。接近戦を注意深く避けながら素早い出入りでシャープなブローをヒットさせるスタイルこそ、長谷川の選択すべき戦い方に思えた。

なぜ長谷川はパワー勝負に挑んでいったのか?

過去に複数階級制覇を成し遂げた偉大な先人たちも、多くはこのパターンを踏襲している。ところが驚いたことに、長谷川は完全なパワー勝負に打って出たのである。

「動こうと思ったら動けましたけど。向こうはこっちがちっこいと思ってる。そこでサイドサイドに動くと、どんどんプレッシャーをかけられる。逆にどつきあいじゃないけど多少打ち合って、バンタムから上げてきたけど下がらへんぞ、という気持ちが自然に出てしまったという感じです」

長谷川陣営も予想外だったという真っ向勝負。

確かに勝負の世界では相手の裏をかくことも大事だ。しかし、真っ向勝負は陣営にとっても予想外のボクシングだった。長谷川の参謀、真正ジムの山下正人会長の言葉がそれを裏付けている。

「小さく打つように練習してきたけど、大きくなってしまったね。まあ今日は何が何でも勝ちたかったから良かったけど。この戦い方じゃ、次にジョニゴン(ジョニー・ゴンザレス=次戦で対戦予定。長谷川が4月に敗れたフェルナンド・モンティエルに勝利した経験あり)とやっても無理かなと」

 事実、長谷川はクリーンヒットの数で終始上回っていたとはいえ、ブルゴスのパンチも少なからず被弾した。7回にはブルゴスの左アッパーをもろに食らい、足元をぐらつかせるピンチも迎えている。本来の長谷川の力量からすれば、注意さえ払えば十分に回避できたピンチだったろう。

階級アップを意識し過ぎるあまり、戦い方が狂っていった!?

なぜ長谷川はリスクを冒し、危ない橋を渡らなければならなかったのだろうか。その要因はやはり階級アップにある。

 シャープなコンビネーションを忘れ、大振りになってしまった原因の一つは、バンタム級とフェザー級の距離の違いだ。ブルゴスと長谷川の身長差は6cmほど。バンタム級であれば届いたパンチがフェザー級では届かない。それを無理に当てようとするから、自ずと振りが大きくなりミスブローも増えた。たとえ捉えたと思ったパンチでも、バンタム級のときより当たりが浅いから、思ったよりもダメージを与えることができなかったのだ。

 相手が大きく、パワーもある、という潜在意識も長谷川のボクシングを微妙に狂わせた。4月までバンタム級で戦っていた長谷川は、2階級上になるフェザー級選手との対戦経験がない。経験がないが故に、フェザーという階級を過大に評価した。いつもより力強いパンチを打たないと相手に打ち負けてしまう、という心理が無意識に働き、パワー勝負になってしまったのである。

周囲の期待に応えながら進化し続ける長谷川穂積。

そしてもう一つ、長谷川は言及しなかったが、試合を盛り上げたい、ファンを喜ばせたい、という気持ちも強くあったのではないだろうか。

 2週間ほど前、身長差11cm、リーチ差13cmという圧倒的な体格差を克服して史上2人目となる6階級制覇を達成したフィリピンのマニー・パッキャオは、試合後に次のようなコメントを残している。

「できるだけ真正面から打ち合おうと思った。観客に興奮を与えるためにね」

 もともと技巧派でKO勝利の少なかった長谷川は、世界王者になってからKOを量産するようになった。それは高まる周囲の期待に応えようとボクシングを「進化」させた結果だった。その姿勢はパッキャオ同様、たとえ階級アップでリスクが高まっても、譲ることのできないテーマだったのかもしれない。

「今日は初めてのフェザー級でいろいろなことがわかった。バンタムは強いボクシング、フェザーはうまいボクシング。次はうまいボクシングをせなあかんですね」

 聡明なサウスポーはすべてを理解しているのだ。

 来春にも予定されている初防衛戦では、大胆かつ細心な長谷川らしいファイトを見せてくれるに違いない。