「傲慢な稼ぎ頭」失った“旨み”…吉本が弾いたソロバン勘定

20110825-00000006-ykf-000-5-thumb芸能界で視聴率が稼げる“大物司会者”といわれるのが、みのもんた(67)、タモリ(66)、ビートたけし(64)、明石家さんま(56)、そして島田紳助さん(55)だった。引退で稼ぎ頭を失った吉本興業は、「少なくとも6億円の損失になる」とする試算がある。それでも企業防衛の上ではプラスだった。

若手にはチャンス

紳助さんのギャラランクは、さんま、たけしと同クラスで、1本300万円(推定)。紳助さんクラスが司会を務めるゴールデンタイムのバラエティー番組の制作費は1本約3000万円。引退で、どれだけの金がフイになったのか。

 「9月に新番組に切り替わるまでは、紳助さんが出演した収録済みの番組2〜4回分がボツや撮直しとなる。これらの損失額を合算すると6億円以上にはなる」(大手広告代理店の関係者)

 吉本にとっては屋台骨を失ったわけで、紳助さんが生涯で稼ぐ可能性があった額は、計り知れない。とはいえ、仮に紳助さんが謹慎処分などで切り抜け、吉本の所属タレント約800人がダメージを被ることを考えれば、秋の番組改編直前の引退は最小限の出血で済んだともいえる。

 「とくに若手芸人にとっては、傲慢な態度の紳助は煙たい存在で、お笑いファンからも“嫌いなタレント上位”に君臨し続けてきた。穴が開いた紳助のレギュラー番組6本分のチャンスが、若手に与えられたことになります」(芸能評論家の肥留間正明氏)

“紳助切り”の大ナタ

吉本の企業体制の変化が「紳助切り」を決断する背景にあったとの指摘もある。

 同社は東証1部に上場していたが、2009年に元ソニー会長の出井伸之氏が代表の投資ファンドに買収される形で株式が非公開化された。

 「上場している芸能関連企業の場合、売れっ子タレントのスキャンダルは株の売り材料になる。これまでにも主力タレントの病気による休業や、ドル箱歌手のアルバム発売延期が発表されると、所属企業の株価が急落したことがある。吉本がいま上場していたら、売れっ子である紳助の引退で株価は間違いなく急落していただろう」(兜町関係者)

 吉本の非公開化にあたり、経営陣は資金を出していないが、買収ファンド側と敵対していないことから、事実上のMBO(経営陣による企業買収)に近い形とみられる。

 ここ数年、上場企業がMBOなどの手法で株式を非公開化するケースが増えているが、短期的な業績や株価の変動にとらわれず、事業の売却など大胆なリストラを行うことが主な狙いだ。過去のウミを出し、企業の体質を改善したうえで再上場を目指すことが多い。

 吉本は投資ファンドによる買収で株主構成を大幅に入れ替え、創業家株主と現経営陣のお家騒動に決着をつけた。

 「再上場を果たすには反社会勢力との関わりを一掃する必要がある。当面の損失に目をつぶっても大ナタをふるうべきと判断してもおかしくない」(前出の兜町関係者)。

10月前に“絶縁”の意味

さらに企業の危機管理に詳しいリスク・ヘッジ代表、田中辰巳氏は、時代の流れを的確に読んだ吉本の対応を評価する。

 「10月1日にすべての都道府県で暴力団排除条例が施行され、暴力団関係者との会食やゴルフによって警察などが『密接交際者』と認定することになる。また昨年9月には日本経団連が企業行動憲章を大幅に改訂し、反社会勢力との決別をこれまで以上に強調している。吉本側はこうした暴力団との絶縁を進める社会全体の流れをつかみ、毅然とした対応を打てた。逆に紳助さん個人はこの強い流れを感じ取れなかった」

 また、素早く記者会見を開いたのも、危機管理の面ではポイントが高いという。説明責任を先延ばしにすると世間の怒りが増幅。最近では昨年5月、日本振興銀行(東京)で検査妨害事件が明るみに出た際、当初記者会見を拒否したため批判の声が一気に高まった。

 田中氏は「残念ながら会見で紳助さんから心に届く言葉は聞かれなかったが、可能な限り早いタイミングで会見を行ったのはよかった」と指摘した。