平田信(ひらたまこと)1965年3月24日生まれ/オウム真理教事件

20120105hiratataiho日本中を震撼させたオウム真理教の大量殺人事件に関わったとされる平田信容疑者の異例の自首騒動に日本中が震撼した。
平田信は、オウム真理教の信徒であり、オウム真理教事件実行犯の一人とされている。オウム真理教におけるホーリーネームは、「ポーシャ」だった。

北海道出身

オウム真理教時代は、車両省

平田信の生い立ち

北海道札幌市出身。北星学園大学附属高等学校、札幌商科大学(現・札幌学院大学)卒業。
北星学園大学附属高校では射撃部に所属し3年時にはインターハイの射撃競技に出場している。インターハイで少年の部11位の結果を残す。1987年(昭和62年)3月に大学を卒業し、東京都内のアパレルメーカーに就職したがすぐに退社。同年8月にオウム真理教徒として出家する。

平田信のオウム真理教での活動

平田は教団において身長183cmの体躯を買われ、同教団の教祖である麻原彰晃(本名・松本智津夫)の身辺警護や「白い愛の戦士」などに携わっていた。1994年(平成6年)には、教団が多数の信者をロシアに送り込んで行った「軍事訓練ツアー」に参加し、射撃訓練を受けていた。一連のオウム真理教事件においては、1995年(平成7年)2月に発生した「目黒公証人役場事務長拉致監禁致死事件」では逃走車両運転手役を担当し、また同3月に発生した「島田裕巳宅爆弾事件」にも関与したとされる。

平田信の特別指名手配後

平田は「島田裕巳宅爆弾事件」で爆発物取締罰則違反で1995年5月31日に指名手配されたが、後に「目黒公証人役場事務長拉致監禁致死事件」でも逮捕監禁致死罪も指名手配容疑に追加された。後に平田はオウム真理教による「地下鉄サリン事件」に関わった高橋克也、菊地直子らとともに、「オウム真理教特別手配被疑者」に指定された。全国規模での捜査対象となり指名手配容疑者として広く周知された平田であったが、その逃亡生活は長期に渡った。
容疑事件の翌年である1996年(平成8年)2月には、宮城県仙台市の女性在家信者宅に潜伏していたことが判明しているが、逃亡。ちなみに、在家信者とは、普段は社会人として企業社会に溶け込みながら、稼ぎの多くを教団に献金することを修行としているオウム真理教信者のことである。

平田信、出頭により逮捕

その後、足取りは長く途絶えていたが、2011年(平成23年)12月31日、平田を名乗る人物が突如警視庁丸の内警察署に出頭。指紋照合にて本人と確定されたため、警視庁は翌日の2012年(平成24年)1月1日に監禁致死の容疑で平田を逮捕した。