サイバーエージェント子会社社長は新卒内定者 iPhoneアプリ「My365」開発チームの劇的な365日

20120117-00000006-it_nlab-000-0-thumb若手を主要ポストに積極的に採用しているサイバーエージェントが先日、世間をあっと驚かせる人事を発表した。iPhone向け写真SNSアプリ「My365」を運営する新会社「シロク」を昨年12月1日付けで設立し、その社長や役員に4月入社予定だった内定者の大学生4人を据えたのだ。

 My365は4人が「学生生活最後の思い出に」と開発したもの。予想以上のヒットを受け、会社として収益化を目指すことになった。社長に就任した慶応義塾大学4年生の飯塚勇太さん(21)は、まさかの展開に「正直すごく驚いた」と話す。就職活動からアプリの開発とヒット、社長になるまでの劇的な道のりを聞いた。

「1日、1枚」だから楽しい「My365」

My365は、写真を撮影・加工し、共有できる無料アプリ。「フィード」画面にはフォローした人の写真が流れてくる。と、ここまでの説明ではInstagramそっくりだが、My365最大の特徴は「1日、1枚」というコンセプトにある。1日に残せるのは1枚だけで、その日のうちに再度投稿すると前の写真が上書きされる仕様だ。

 自分が投稿した写真は「カレンダー」画面で一覧表示する。その日その日の最高の1枚が思い出として記録されていくため、振り返って見る楽しみがある。「1日、1枚」ゆえの魅力が味わい深いのだ。毎日続けて投稿すると、写真を加工する「フィルタ」の種類が増えるといった特典も受けられる。

 昨年10月にリリースし、30万ダウンロードを突破。App Storeの無料アプリランキングでは、最高30位に入った。ユーザーのうち、7割は日本。残りの3割の内訳を見てみると、米、ヨーロッパ、アジアで同じくらいの比率となっている。

My365 Trailer from my365 on Vimeo.

アプリのヒントは箱根の足湯

飯塚さんがほかの3人と出会ったのは大学3年生の頃だ。サイバーエージェントのサマーインターンで意気投合し、Webサービスを開発するユニット「WestCrew」を結成。プログラミングコンテストに出場するため、Twitterアカウントで利用できるグループウェア「TwitCrew」を開発した。

 TwitCrewを公開したのは2010年のクリスマスイブ。ニュースリリースには「彼女のいない大学生4人が聖夜にWebサービスをリリースしました!」と書いた。そのおかげ(?)だったかは謎だが、TwitCrewは思いのほか反響が大きく、1日のユニークユーザーが1万5000人を超えたときもあった。

 就職活動が一段落し、サイバーエージェントの内定を得た4人は「学生生活最後の思い出を作ろう」と再び集まった。iPhoneアプリに狙いを定め、箱根の温泉街で2泊3日の開発合宿を敢行。宿にこもってアイデアを練った。だが思いつくのは「しょうがないものばかり」。「多くの人に使ってもらえるものを」と、カメラアプリに照準を絞ったが、アプリに“写真を撮る必然性”を持たせるのが難しいと頭を抱えた。

 そんなとき、飯塚さんが注目したのは足湯だった。「足だけつかる」という限定された仕様のなかに“趣き”がある――と、ふと気づいたのだ。「俳句も同じ。五七五の制限のなかに趣がある」。そこでアプリには「1日、1枚」の制限を持たせることに。こうしてMy365のコンセプトや機能が固まっていった。

思い出作りでも「やるからには徹底的」

4人の共通点は「やるからには徹底的」な性格という。思い出作りで始めたアプリ開発だが、Instagramのようなほかの写真SNSアプリがヒットしているのを見ていると「自分たちがどれくらい勝負できるのか試してみたい」と、燃えてきた。

 My365が若い女性に刺さると考え、「ディテールにこだわった」。確かにアプリは柔らかい色使いで、かわいらしいフォントを採用しており、女性を意識したデザインに感じる。写真を読み込む際に表示する画びょうのアイコンなど、いちいちおしゃれでスタイリッシュだ。

 アプリの広め方にもこだわった。リリース前の2カ月間は、Twitterのフォロワーが多い人など、20代前半の約50人に先行して使ってもらい、認知度を上げた。そのかいあってか、アプリはリリース直後からスマッシュヒット。「自分たちの想像をはるかに越えるダウンロード数」で、サーバの増設や多言語化の対応に追われた。

社長就任 「だまされてるんじゃないか」と両親が心配

My365と並行して、飯塚さんはサイバーエージェントで内定者としてアルバイトに励んでいた。サイバーエージェントの全社員と内定者が参加できる新規事業アイデアコンテストにも出場し、My365とは別のある企画で見事優勝。賞金の100万円はMy365のサーバ費にあてた。

 優勝と同じタイミングで、バイトのオフィスが藤田晋社長のいる社長室と同じフロアになる巡り合わせも。藤田社長と話す機会が増え、My365を直接紹介することができた。My365のデザインやユーザーインタフェースを気に入っていたという藤田社長。飯塚さんについてはブログで「私の席のすぐ近くで長く内定者バイトをしていて、その頃から異常に優秀だった」と評している。

 転機が訪れたのは昨年11月。藤田社長からMy365を会社化することを提案されたのだ。これまで起業を志したことはなく、新卒社員として4月から働く気まんまんだったため、最初は「戸惑った」が、数分後にはMy365をどのように収益化していくかに頭が切り替わった。

 なぜならその頃、My365を今後どうするのか漠然と悩んでいたから。ユーザーが支持してくれているサービスを止めるわけにはいかないが、就職すればMy365に全力投球できなくなる――そんなジレンマがあった。だからこそ、起業は「正直驚いた」が、すぐに受け入れることを決断した。

 新会社「シロク」は、サイバーエージェントが全額出資(資本金5000万円)して設立。WestCrewのメンバーが経営陣として参画し、My365の開発・運営にあたっている。オフィスはサイバーエージェントの会議室を間借りしている状態。4人とも学業との両立で忙しい毎日を送っている。

 社長になることを両親に報告したときは「内定者が子会社の社長なんてだまされてるんじゃないか。お前大丈夫か」と心配されたという。だが飯塚さんたちの話題が日本経済新聞などで報じられたことを伝えると「やっと現実と理解してくれた」そうだ。

収益化の手段は?

新会社名のシロクは、左から読むと白、右から読むと黒。「白や黒のようにシンプルでたくさんの人々に通じるサービスを作りたい」という願いに由来している。また白と黒には、長期的なビジョンを持ちつつ、足元のビジネスも成り立たせるといった「相反する概念を両立させたい」という思いも込めたそうだ。

 とにかくダウンロード数を伸ばすことを優先し、収益化する計画を持たずに動き出していたMy365だが、今後は企業とコラボして限定フィルターを用意するといったタイアップ企画や、ユーザー向けの有料機能を導入し、黒字化を目指す。「来年〜再来年には黒字化したい」と意気込む。

 藤田社長からは「調子に乗らず今のままで、とにかく好きなようにやれ」と声を掛けられており、「一切心は浮ついてないです。後に続く学生のためにも頑張りたい」と気を引き締める。1年前には想像しなかった状況にいる飯塚さん。「1年後の自分へのメッセージは?」と訪ねると「収益を出す社長になりたい」と笑って答えてくれた。