尼崎事件・美代子被告 脱走許さぬ異常な執念

■行動パターン分析/写真持ち聞き込み/洗濯物干し方確認

 兵庫県尼崎市の連続変死・行方不明事件では、角田(すみだ)美代子被告(64)=別の傷害致死罪などで起訴=の同居人がたびたび逃げ出しては、すぐに連れ戻されていた実態が明らかになった。東京や沖縄など遠距離にもかかわらず、わずか1日、2日の短期間で逃亡先を割り出していたケースもある。関係者によると、こうした“捜索”は徹底的な聞き込み、性格や行動パターンの正確な分析を基に行われており、「脱走を許さない」という美代子被告らの異常なまでの執念が垣間見える。

たった1日で

「身を隠していると思われる場所を探し、写真を見せて『この人を知りませんか』と聞いて回った」

 沖縄県で転落死した美代子被告の義妹の夫=当時(51)=の弟(54)を、美代子被告らとともに逃亡先から連れ戻したことがあるという男性(75)が重い口を開いた。

 男性によると、兄弟は約25年前から美代子被告を含む約10人で尼崎市内のマンションに同居していたが、十数年前、熊本県に逃亡。その際、男性は面識のあった美代子被告に頼まれ、捜索に同行したという。

 尼崎市を出発した5人ほどの一行はまず熊本市で地図を購入。喫茶店で地図を広げ、2人が潜伏していそうな場所を絞り込み、住民らに写真を見せながら聞き込みをした。その結果、兄が造園業の手伝いをしていることを2日ほどで突き止め、兄弟とも連れ戻した。

 また、弟が約7年前に再び逃走した際も、男性は美代子被告らと車で東京に移動。洗濯物をピシッとのして干す弟の癖を手がかりに、一軒一軒、ベランダを確認して回り、都内の逃亡先を発見した。突然現れた美代子被告らを見た弟の顔は蒼白(そうはく)になったという。東京での捜索に要したのはたった1日だった。

暴行激化

その後、男性は弟から「冬場にベランダに裸で立たされ、ホースで水をかけられた」と打ち明けられ、美代子被告らが逃走を図った者には容赦ない制裁を加えていたことを知ったという。

 捜査関係者らによると、弟は平成19年秋ごろにも都内へ逃走したが、またも連れ戻され、「昨年夏ごろ、美代子被告の自宅マンションで親族らに暴行を受けて死亡し、ドラム缶にコンクリート詰めされ、岡山県の海に遺棄された」という関係者の証言がある。

 また、尼崎市の民家の床下から遺体で見つかった仲島茉莉子さん(29)も20年ごろ、夫の出身地の沖縄県に2人で逃亡したが、わずか1日で連れ戻されたとされる。以後、仲島さんへの暴行は激化。最終的に美代子被告の自宅のバルコニーの小屋に監禁されるなどして衰弱し、死亡したとみられている。
尼崎事件 角田美代子