長谷川穂積 ボクシング元世界2階級王者

長谷川 穂積(はせがわ ほづみ、1980年12月16日)は、日本のプロボクサー。兵庫県西脇市出身。真正ボクシングジム所属。現WBC世界スーパーバンタム級第5位。現WBO世界スーパーバンタム級第2位。元WBC世界バンタム級・フェザー級の2階級制覇王者。

201309100010715074_lバンタム級では5年間世界王座に君臨し、その間10度の防衛に成功。また、4度の年間MVPを受賞しており、超高速の連打と絶妙なカウンターパンチ、卓越したディフェンステクニックとスピードを誇る。
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【長谷川穂積】ボクシング元世界2階級王者

5人兄弟の長男(2番目)として誕生。

指名試合以外でもランキング上位者を中心に対戦している。また、日本テレビは長谷川の世界王座獲得以来、長谷川の防衛戦の放送を「ワールドプレミアムボクシング・The Real」と銘打って大々的に中継するようになった。
201309100024e2b61b2世界王者になる前の長谷川は、スピードとバランスを生かしてポイントを稼ぐための“倒さないボクシング”を徹底しており、世界王座獲得直後のインタビューでは「地味なチャンピオンでいい」と謙虚に語っていたが、王者になって以降は徐々に“KOするボクシング”を目指してファイトスタイルを改良してゆき、現在10度の防衛のうち7度のKOを果たしている。

バンタム級では減量苦であることと当時のWBCのバンタム級世界ランカーには世界的な知名度と人気を誇る選手がいなかったため、一時期の目標は「ラスベガス進出、他団体との統一王者、日本人史上初の3階級制覇」であったが、具志堅用高の持つ日本人史上最多の世界王座13連続防衛記録が近づくにつれて、防衛戦に勝つたびに次戦で階級を上げるかバンタム級に残留するか苦悩する発言が多くなっていた。日本ボクシングコミッション(JBC)はメジャー4団体の一つであるIBFとWBOを公式な世界王座団体として認定しておらず、IBFとWBOのタイトルマッチに日本人ボクサーが出場することを禁止しているが、「国内世界王者とJBC未公認メジャー団体(IBFとWBO)王者による王座統一戦に限り、容認する」との意向を一度は表明したが、結局これは正式な決定ではなかったため、2010年4月のWBO世界バンタム級王者フェルナンド・モンティエルとの対戦は正式な2団体王座統一戦とは認定されなかった。

所属する真正ジムの会長で長谷川の専属トレーナーも務めているのは、元兵庫県警警察官でボクサー経験皆無という異色の経歴の持ち主である山下正人。元々は千里馬神戸ジムで長谷川を指導していたが、同ジムから独立し真正ジムを設立した際、長谷川も同ジムに移籍。長谷川は山下に全幅の信頼を置いており、「山下会長あってのオレなんです。会長がオレのセコンドに就かないなんて考えられない」と語っている。

長谷川の世界タイトルマッチでは全て帝拳プロモーションの本田明彦会長がプロモーターを務めており、真正ジムの山下会長は帝拳ジムでJBCのライセンスを取得しており帝拳と深いつながりがある。また、帝拳ジム所属の粟生隆寛、ホルヘ・リナレスらとは仲が良く、一緒にハワイ合宿に行くなど切磋琢磨している。特に粟生は長谷川にとって弟分のような存在である。
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20130910003000970kyodomspo_view17歳の頃に知り合った夫人と2002年に結婚。現在は2人の子を持つ父親でもある(試合時に着用しているトランクスには第1子=長男の名前を入れている)。長谷川がバラエティ番組に出演した際には妻の恐妻ぶりがしばしば笑いのネタとなっている。しかし、自他共に認める大食いである長谷川が減量に苦しんでいる時にはカロリーが少なく栄養がある食品を選んで、少しでも豪華な料理と感じられるように盛り付けを工夫したり、長谷川と一緒に減量するなど献身的に支えてくれていることに対して長谷川は常々妻への感謝を口にしている。
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プロデビュー時の体重は58kgほどだったが、WBCバンタム級王座在位時には65kgにまで増え、防衛戦のたびに10kgを超える減量を強いられた。自身は常々「早く階級を上げたい。スーパーバンタム級(55.338kgリミット)でもキツイくらい。フェザー級(57.153kgリミット)なら楽に戦える」と語っていた。その後、11度目の防衛戦で王座陥落後、スーパーバンタム級を飛び越し、フェザー級に転向。

試合を控えた時期の会見において、世界王座3度目の防衛戦以来、対戦相手の母国語で書かれたメッセージをプリントした「挑発Tシャツ」を作って披露することが恒例となっている。挑発とはいっても過度な暴言などではなく、ダジャレを効かせたものや軽いノリで作ったものが多い。
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長谷川の母親は2006年11月に大腸癌が発見されて以来、闘病生活を送っていた。特に最先端の陽子線治療を受ける際には陽子線治療機関への一度の入院で約300万円の医療費がかかるため、「母親のためにも絶対に勝ち続けて医療費を稼ぎたい」という気持ちが大きなモチベーションの一つになっていた。一方の母親も息子の試合当日は病の身体を圧し必ず会場まで応援に駆け付けていたが、息子のWBCフェザー級王座挑戦を1か月後に控えた2010年10月24日に死去。その後、長谷川は11月26日の試合で王座獲得を果たした際、リング上で母親の遺影を掲げ喜びを表した。

過去に使用していた入場テーマは、「Once You Had Gold(Enya)」。フェザー級王座陥落後は「Fighting Man(清木場俊介)」。座右の銘は「意思道拓」である。