視聴率40%超「半沢直樹」を生んだ池井戸潤氏「銀行時代の“不正義体験”」

20130921-00000529-san-000-1-view「倍返しだ!!」のセリフが、すっかりお茶の間に浸透したテレビドラマ「半沢直樹」(毎日放送系日曜午後9時)がいよいよ22日、最終回を迎える。テレビ離れが進み、“ドラマ受難”といわれる時代に、なぜ視聴率40パーセントを超えるこの人気ドラマは生まれたのか。その大きな理由の一つに、金融業界の裏舞台を垣間見るようなリアルな情景描写、そこに投げ込まれたかのような臨場感あふれる心理描写が挙げられるだろう。それもそのはず。原作者は元大手バンカー。フィクションと思われがちな経済ドラマの随所に、実体験が散りばめられているのだ。

■直木賞で注目

原作者の池井戸潤さんは平成10年、「果つる底なき」で江戸川乱歩賞を受賞し、作家デビュー。一昨年、「下町ロケット」で直木賞を受賞したベストセラー作家だ。

 デビュー時から、その高い力量を示していたが、直木賞では「空飛ぶタイヤ」と「鉄の骨」で2回候補に選ばれながらも落選、3度目のノミネートでの受賞だった。

 直木賞作家となる前に2度、池井戸さんを取材し、話を聞いた。

 「もう十分、売れっ子作家ですし、選考過程で酷評もされる直木賞を取らなくてもいいのでは?」と聞くと、池井戸さんは苦笑しながらこう答えた。

 「僕の小説は、書店ではなぜか一般書籍の棚ではなく、経済書の棚に置かれているんですよ。これでは男性層は読んでくれるが、女性層はあまり手に取って読んでくれません。直木賞を取ればこの状況は少しは変わると思うんですが…」

 この言葉通り、直木賞受賞の翌日から、書店では過去の作品も含め池井戸さんの作品が平積みにされ、次々とベストセラーになっていった。

 そして、その先に「半沢直樹」のドラマ化があったのだ。

■ドラマ化も渋られる

TBSの制作チームが、池井戸さんの原作のドラマ化を決めた当初、局内では反対の声も出たという。「経済ものは女性が見ないのでは? ゴールデンタイムのお茶の間で男の職場の話を見るのか? 恋愛シーンがないのに女性は見るか?」。しかし、制作チームは、池井戸さんが描く金融の男の世界に今描くべき時代性を見いだしていた。

 視聴率40パーセント以上という驚異的な数字は男女幅広い年齢層が見なければ獲得できるものではない。

 「働くことの尊さ、正しいことを主張する勇気」という普遍性あるテーマは、それが軽んじられていると憂う、多くの現代日本人の琴線に触れたのだと想像できる。そこに男女は関係ない。

 しかし、いくら正しかろうと一方的な主張だけでは誰も振り向かないだろう。半沢が悪をただす行動を裏付ける説得力あるリアリティが池井戸さんの小説には描かれているのだ。

■コンプライアンスの真の意味とは?

平成21年、WOWOWがドラマ化、放送した「空飛ぶタイヤ」を書いた理由を聞いたとき、池井戸さんはこう答えた。

 「私が行員時代、幹部たちはいつもコンプライアンスの重要性について訴えていました。しかし、実際、彼らはどんな行動を取ったか…」

 「空飛ぶタイヤ」は大手自動車メーカーによるリコール隠しがテーマになっている。大手自動車メーカーが、タイヤがはずれるトラックの欠陥を知りながら放置したため、事故が相次いだ実話が基になっている。

 「企業の責任を放棄した自動車メーカーに大手銀行は、そのまま融資を続けたんです。一方で、行員にコンプライアンスの重要性を説きながら。こんな不正がまかり通る社会はおかしいと思います」

 池井戸さんは終始、柔和な表情で語り続けたが、彼が小説を書き続ける原動力を目の当たりにした思いがした。

■バブル入行組の悲哀

銀行や企業、財界の背景描写のリアルさもさることながら、半沢と上司や同僚、部下との迫真のセリフの応酬、企業人らの濃密な心理描写も高視聴率の大きな要因だ。

 「半沢直樹」の原作は小説「オレたちバブル入行組」と「オレたち花のバブル組」。

 池井戸さんは昭和38年生まれ、慶応大学の出身。

 堺雅人さん演じる半沢も慶応出身、バブル期入行という設定だ。半沢たち慶応出身の同期入社組が巨大な組織のなかで翻弄されながらも互いに助け合い、励まし合いながら生き抜いていく姿に、池井戸さんたちバブル世代入行組のバンカーたちのリアルな“生態”を見るようで、視聴者の興味は駆り立てられる。

 「半沢直樹」が放送されるかなり前から、池井戸さんと同じ大手銀行出身の映画プロデューサーがこう力説していた。「池井戸さんの小説を何とか映画にしたいんですが。そこには現代を象徴する重要なテーマがきっちりと描かれているから…」

 映像の作り手たちを熱くさせる原作がまだまだある。

 池井戸さんが描く小説の映像化ブームはしばらく続きそうだ。