アップルは「クルマ市場」で勝てるのか?

本連載は、グーグル(Google)、アップル(Apple)、フェイスブック(Facebook)、アマゾン(Amazon)に関するトピックをひとつないし複数採り上げながら、米国・シリコンバレーを中心とするIT事情を定点観測的にお伝えしていく。今回は、3月3日から開催されるジュネーブのモーターショーに合わせてアップルが発表したCarPlayについてご紹介する。
 アップルはモバイルデバイスであるスマートフォンとタブレットのトレンドを牽引する役割を引き受けている。シェアこそアンドロイドが大半を占めるようになったが、アップルが評価基準となる機能を取り入れ、他社が追随するという構図が続いている。

アップルはiOS 7を発表した際、「iOS in the Car」として自動車のナビなどの情報端末との連携を発表した。今回のジュネーブモーターショーで、ブランドをCarPlayに変更し、実装された車種を披露した。初期の対応には、フェラーリ、ホンダ、ヒュンダイ、ジャガー、メルセデス・ベンツ、ボルボ。今後対応するメーカーには、BMW、シボレー、フォード、KIA、ランドローバー、三菱、日産、オペル、プジョー・シトロエン、スバル、スズキ、トヨタが並んでおり、主要メーカーのほとんどがCarPlay対応のオプションを選択することができるようになる。

 ちなみにグーグルと協業しているフォルクスワーゲン・アウディはこのリストに含まれていないが、マイクロソフトと協業しているフォードはリストに入っている。また、メルセデスはすでにアンドロイドと自社のカーナビを連携させる仕組みを取り入れているが、今回、アップルのCarPlayにも参加した。

 顧客の使いたいプラットホームにすぐに対応させるというテックフレンドリーな姿勢も、ブランド選びの重要な要素になっていきそうだ。

■ 3年前からの準備が実ったCarPlay

 筆者はまだCarPlay対応の画面が搭載された自動車での運転を試したことはないが、アップルが公開する画面でどのように動作するのかを知ることができる。  

 CarPlayに接続されたiPhoneの画面には、サービスのロゴのみが表示され、iPhoneの操作そのものをロックされているもよう。すべてのアプリではないが、CarPlayに対応するアプリケーションがクルマのディスプレーに表示される。電波表示やホームボタンなども表示されていることから、車載器に接続したiPhoneはすべて、クルマのディスプレーから操作するモードになるようだ。

 操作方法はステアリングホイールのボイスコントロールボタンを押してSiriを呼び出すか、車載器の画面をタッチするか、もしくは各社でこれまで研究されてきたダイヤルやノブなどのカーインフォマティクス操作用のインターフェイスを使う。  

 SiriはiOS 6(iPhone 4S)での導入以来、アップルが腕によりをかけて充実させている分野だ。ハンズフリーでスマートフォンを操作する環境、すなわちクルマの中での運転中に利用できる信頼性を3年かけて磨いてきた領域だ。

SiriとともにiOS 6で起きた変化として、Google Mapsから自社のマップへの移行があった。クルマの中では、ナビゲーション機能は非常に重要な要素のひとつだ。

 地図の充実度についてはGoogle Mapsが格段に上を行くが、筆者が暮らす「米国西海岸、サンフランシスコ周辺で利用している限り」においては、アップルの地図とナビゲーションで不便を経験したことはまだない。アップルのマップには、グーグルが買収したWazeのようなユーザーからのレポートは反映されていないが、すでに渋滞情報や事故情報、通行上の注意などの情報は反映されており、実用レベルに達していると言える。

 そのほか、ハンズフリーでの通話やメッセージのチェックなど、iPhoneそのものに備わっている機能も、CarPlayから利用することができる。また、クルマの中で楽しむ音声のサービスやアプリへの対応も始まっている。アップルのPodcasts、iHeartRadioやSpotifyといったストリーミングラジオ、Stitcherというニュースやスポーツなどが聴けるラジオアプリが対応しており、今後も増えていく予定だ。

■ モバイルとモービルのサイクルの違い

 スマートフォンは1人1台の普及をしており、アプリによるエコシステムが花開く新しい消費の場が生まれている。アップルのおひざ元で主たる市場としてとらえている米国では、多くの都市で自動車がほぼ1人1台の環境となっており、最も基本的な交通手段(すなわち「足」)としての機能を満たしている。そのうえで、ブランドやデザイン、スタイル、性能、環境配慮といった条件のバリエーションが広がっている。

 この2つの領域の接近は、さほど驚くことではなかった。

 たとえば、米国で新しい電気自動車ブランドとして立ち上がったテスラは、これまでの内燃機関を備えた自動車を捨て、ゼロから電気自動車を作り出した。そうした中で、既存の自動車では採用されなかった車の機能の集中管理やネットワーク対応を果たしている。自動車にもかかわらず、ソフトウエアアップデートによって自動車の機能が向上したり最適化されるという感覚も、完全にスマートフォンのそれと同じだ。

 モバイルとモービルの間で決定的に違うのは、本体の価格と、そこからくる買い換えサイクルだ。個人のスマートフォンの買い換えサイクルは2〜3年であるのに対し、自動車は10年を超える、より長いサイクルで利用されることもある。

 このサイクルの違いを、アップルのCarPlayがどのように埋めるのか、非常に興味がある。

 カーインフォマティクスの技術も、ナビゲーションからグーグルの自動運転までさまざまだが、筆者が2011年に米国に引っ越して購入したのは2005年モデルのSUVで、ナビは搭載していなかった。クルマが納車されるときのオプション次第、もしくは中古で購入する場合、必ずすべてのクルマがスマートフォンに対応したり、最新のOSで連携するとは限らないのだ。

 こうしたサイクルの違いは、別の効果を生み出す可能性もある。CarPlay対応の車載器をつけた車を購入した場合、スマートフォンのライフサイクルを超えても、引き続きユーザーはCarPlay対応のスマートフォン、すなわちiPhoneを選び続けてくれる可能性が高まるのではないだろうか。

■ 自動車を「情報」で運転する未来は来るか? 

 筆者の近所でも時々見かけるが、グーグルはレクサスをベースに自動運転車を制作し、街中を走らせている。自動車メーカーからすると、テクノロジー企業が許容する安全性の基準が異なるためか、「アシスト」以上の機能を導入するには至っていない。もちろんそのことに筆者として異論はないし、使用者のスキルや交通関連の法規や保険など、テクノロジー以外の要素まで、すべて解決する必要がある。

 自動運転よりも手前の話として、カリフォルニア州では、自動車に組み込まれた情報機器以外に運転中に触れていると、交通違反となる。iPhoneはもちろんのこと、Google Glassも現状の法規では上記のカテゴリに入る。アップルがCarPlayに取り組むひとつのインセンティブは、自動車運転中にiPhoneの機能を利用できるようにしてユーザーの利便性を高めることだが、その裏返しとして、運転中もiPhone以外のデバイスに触れてほしくないという意志も見えてくる。

■ 今後の注目分野は? 

 その先の未来はどうだろう。

 そもそも、サンフランシスコ周辺のベイエリアでは、通勤圏のエリアの広さと中距離の交通機関が不十分なことから、1人1台で排気ガスをまき散らしながら朝夕毎日激しい渋滞に巻き込まれるライフスタイルが変わっていない。電気自動車の普及や、相乗りの仕組みなどが地域で取り組まれているが、どうしても橋をまたいだ異動となると、これらがボトルネックになり、逃げ道がない渋滞に目をつぶらなければならない。

 CarPlayは、iPhoneの音楽を楽しみやすくなったり、通話やメッセージなどのコミュニケーションを声で操れるため、クルマの中の過ごし方は変わってくるだろう。現在はスナップチャットやインスタグラムなどの写真のコミュニケーションからショートビデオのコミュニケーションへとトレンドが流れているが、声で完結するコミュニケーション手段がクルマの中で楽しまれるようになるかもしれない。

 また、カーインフォマティクスの分野について、アップルがCarPlayを導入することで進化するか、という点について、導入されてすぐの段階では、筆者は懐疑的な見方をしている。

 現状、アップルは、交通情報や気象情報を独自に収集し、その情報を地図にマッピングしたりするサービスを提供していない。また特定の自動車メーカーとこうした情報の共有について、今回のCarPlayを通じて話をしている様子もうかがえない。

 たとえば日本では、VICSと呼ばれる交通情報の提供を行う仕組みがあり、FMや電波、赤外線ビーコンによって、地域ごとの細かい交通情報をナビに提供しているが、アップルのiPhoneがこれらの情報を受信できるわけではなく、日本で使う限り、純正や日本メーカーのナビよりも交通情報の面では劣る結果になるだろう。

 ホンダはナビゲーションから走行情報を細かく取得して集約することによって、VICS以上のデータをリアルタイムに取得できるようになっている。東日本大震災の際、ホンダの車がどこを走ったかというデータをヤフーやグーグルに提供し、道路の復旧状況を確認したり、その地域の安否確認の手掛かりを得るといった活用が見られた。

 クルマの運転の最適化や自動運転については、アップルがこうしたイノベーションの担い手になる未来にも期待したいが、やはり自動車メーカーのイノベーションのほうが期待が持てる。それだけに、アップルのCarPlayやグーグルのアンドロイドあるいは自動運転車の動向が、メルセデスやホンダとどのように関係していくのか、注目を続けていきたい。