なぜ“バターみたいなマーガリン”が増えているのか

昨年、品薄になったバターがようやくちょこちょこと市場に出回り始めた。スーパーの棚に並ぶやすぐに売り切れて、「お一人様1個でお願いします」という張り紙もされている。

農林水産省は「猛暑や離農で乳牛が減って、牛乳優先でやっているもんで……」なんて釈明をしているが、こうも見事にバターだけが市場から消えたのは、関税割当制度に基づく「統制経済」の舵(かじ)取りを誤ったという“人災”の側面もある。

 ご存じの方もいると思うが、国産バターは海外バターに比べてバカ高く、内外価格差は5倍程度とも言われている。このような状況で、輸入を安易に認めたら酪農家もメーカーもバタバタと倒れていく。そこで輸入バターは一定量までは国内価格に見合う関税をかけておいて、国産バターの座を脅かしそうになるや高い関税を締め出すという手法をとってきた。こういう「統制経済」の難点はスピードにある。今回のように酪農家やメーカーがギブアップしてから、慌てて輸入量を増やしても、どうしてもタイムラグが出てしまうのだ。

 こういうバターの宿痾(しゅくあ)みたいな“品薄状態”が続くなかで、むくむくと存在感が増してきているのが、「バター風マーガリン」である。

 市場に並ぶマーガリンのなかでやたらと「バター」をうたう商品が増えてきているのだ。中でも、J-オイルミルズの「ラーマ バターの風味」にいたってはパッケージの文字が「マーガリン」よりも「バター」のほうが大きい。

 実際に、バター風味のマーガリンがよく売れている。日刊工業新聞によれば、「ネオソフト ファットスプレッド」(雪印メグミルク)は関連商品も合わせるとすべての合計売上高が昨年末の時点で前年同期比10%増。これは昨年9月に発売された「ネオソフト コクのあるバター風味」がかなり押し上げている。

●マーガリンとバターの戦い

 そう聞くと、「まあバターが足りないんだからバター風マーガリンが売れるのは当然でしょ」と思うかもしれないが、ちょっと前まではマーガリンがバターをうたうなんて商品はありえないことだった。バターをブレンドした商品は過去にもあったが、純粋なマーガリン類がバターの名をかたってはいけないという“暗黙のルール”があったためだ。

 それを説明するためには、長きに渡るマーガリンとバターの戦いの歴史を振り返らなくてはいけない。そもそも、マーガリンは「バターの代用品」として生まれた。

 ナポオレン三世が普仏戦争(ふふつせんそう)の時、バター不足に見舞われたので「代用品」を募集したところ、牛脂に牛乳を加えて乳化冷却して類似品を作ることに成功。その工程でできる脂肪が真珠に似ていたことから、ギリシア語の真珠(マーガライト)からマルガリンになった、といわれている。

 そんな「代用品」が日本に初めて入ってきたのは1890年。バターの後を追うように入ったのである。それからほどなく国産マーガリンの製造も始まって、ビスケットや洋菓子などに練込用としての用途が増えてきたが、「代用品」という立ち位置は変わらなかった。実際に、農商務省はマルガリンを「人造バター」と表示することを義務づけている。

 しかし、昭和に入ると、そんな「本物と偽物」という関係性に大きな変化が訪れる。安価な「人造バター」の需要が増えて、バターに迫るほどの生産量となってきたのである。尻に火がついたバター業界はすぐにアクションに出た。1934年、中央畜産会総会は、以下のような決議をだして、帝国議会に提出すると言い出した。

(1)人造バターには絶対バターの名称を使用することを禁止する

(2)人造バターに純良バター類似色の着色を禁止する

●「人造バター」という名称を捨てた

 もちろん、マーガリン業界も黙ってはいない。この動きを挑発するかのように「大日本人造バター擁護同盟」なる団体を結成し、政治家へロビー活動を展開したのだ。

 第二次世界大戦を挟んだこの両者のバトルは次第に、マーガリン側が優勢になる。庶民にパン食が普及したことで安価なマーガリンの需要が高まったことに加えて、ショートニング(動物・植物油脂などを主原料とした食用油脂)が、外食産業で引っ張りだことなり生産量が急増したのだ。

 そんな余裕もできたこともあってか、マーガリン業界は1952年11月、ある大きな決断をする。大正時代から用いて慣れ親しんできた「人造バター」という名称を自ら封印したのだ。その背中を押したのは、『暮らしの手帖』主宰者・花森安治氏がマーガリン普及のためという題目での講演で出たこの言葉だ。

 「世の人々は、人造とか、代用品とかというものは非常に粗悪なものであることは忘れてはいない、要はマーガリンはバターと全く異なった食品であって、マーガリンのほうが用途、用法によっては優れていることを強調することだ」

 もはやマーガリンはバターの模造品ではない――。そんな業界の強い思いは、その2年後に生まれたヒット商品を見てもうかがえる。

 後に「ネオソフト」という超ロングセラー商品の前身として、1954年に発売された「ネオマーガリン」の商品パッケージにはバターのバの字もないのだ。

 それから60年。「ネオソフト」はファットスプレッド(油脂含有率が80%未満)に規格を変更したことはあったが、一貫として「バターっぽいですよ」とか「バターみたいな味ですよ」というようなバター側にすり寄るような姿勢をみせてこなかった。昨年秋に「ネオソフト コクのあるバター風味」を出すまでは。

●マーガリンを危険視する風潮

 いったいどういう「変心」があったのか。ひとつの理由は、この「バター風味マーガリン」が世に出たタイミングを見ると分かる。「ネオソフト」ではかたくなにバターをうたっていなかった雪印メグミルクだが、「まるでバターのようなやわらかソフト」というバター風ファットスプレッドを2011年9月に出している。同じくJ-オイルミルズが、「ラーマ バター好きのためのマーガリン」を出したのは2011年9月。もうピンときた方も多いと思う。

 東日本大震災後、実害や風評も含めて多くの酪農家がすさまじいダメージを受けたのは記憶に新しいだろう。今以上のバター不足に陥った。そのような未曾有な災害によって、マーガリン業界としても長く避けてきた「人造バター」という方向を甦らせざるをえなかったというのは十分想像できる。

 ただ、実はそれだけではないかもしれない。この大震災から遡ることおよそ2カ月前、マーガリン業界が激震するようなある出来事が起きているからだ。

 食品安全委員会がマーガリン、ファットスプレッド、ショートニングを名指しして、「食品に含まれるトランス脂肪酸に係る食品健康影響評価情報に関する調査」の報告書を公表したのである。

 ご存じの方も多いと思うが、トランス脂肪酸には他の脂肪酸よりも心臓疾患に影響を与えるというデータがあり、その人体への有害さゆえ、「食べるプラスチック」などと言う人たちもいて、規制をしている国も多い。このトランス脂肪酸がマーガリン類やショートニングは他の食品と比較しても多いのだ。

 このトランス脂肪酸を問題視する動きは近年、健康志向がすすむ米国で顕著だ。ウォールストリートジャーナルによれば、マーガリンを危険視する風潮が進んで、その代わりに下火だったバターが米国食品史上最大の復活を遂げるという現象が起こっているという。

●「人造バター」路線への転向

 先の調査報告書によると、メーカー努力でマーガリンやファットスプレッドのトランス脂肪酸含有量はかなり減ってきているが、商品によってバラつきがあるし、逆に飽和脂肪酸含有量が大きく増加している可能性を示唆している。現時点ではトランス脂肪酸の表示すらも義務づけられていない日本において欧米のようにいきなり規制などという話にはならないだろうが、明るい未来を予感させるような内容ではない。

 もちろん、トランス脂肪酸問題を業界につきつけたはこの報告書が初めてではない。この十数年間、業界は「マーガリンのほうが優れている」とか言っていられない状況に追いやられてるのだ。

 バター風味マーガリンは好調だが、実はマーガリン類の生産自体はじわじわと縮小している。マーガリン工業会のデータによれば、1993年に7万4000トンあったものが20年経過して、5万3000トンまで減っている。なかでも顕著なのが学校給食だ。給食のパンといえばマーガリンだったのに、トランス脂肪酸問題の影響を受け、この20年で半分近くになっているのだ。

 ただ、マーガリン業界もなにもしていないわけではない。そもそも日本人は欧米人ほどトランス脂肪酸を摂取していないというデータを掲げて、「なんでも摂り過ぎたら毒でしょ、要は程度の問題ですよ」という啓発にいそんしんだり、「実はファットスプレッドはバターよりもヘルシーだ」というプロモーションも仕掛けるなど、復活の道を模索している。そこに現れたのが、「バター風味マーガリン」というわけだ。

 長きにわたって封印された「人造バター」路線への転向は、マーガリン逆襲の狼煙(のろし)になるのか。あるいは、衰退への第一歩なのか。注目したい。