なぜ、ムーミンは日本で一番人気なのか 本国トップが明かす10年で売上高6倍の“裏事情”

昨年は原作者のトーベ・ヤンソンの生誕100週年、今年はムーミン童話誕生から70年、と節目続きのムーミン。特に日本では、ムーミンショップに、カフェと、若い女性を中心に人気が高く、2016年にはムーミンテーマパークまでができる予定だ。

ムーミンの何が、日本女子の心をつかむのか。フィンランドの本社を訪れると、トーベ・ヤンソンのめいであるソフィア・ヤンソンの夫兼マネジングディレクターのクラクストロムさんが、意外なムーミンビジネスの“裏側”を教えてくれた。(「週刊ダイヤモンド」編集部 森川 潤)

 ※詳細は、「週刊ダイヤモンド」3月14日号「北欧に学べ なぜ彼らは世界一が取れるのか」に掲載。

● 日本を“捨てた”ムーミンの復活劇

 ――今日は、ムーミンがなぜ、日本で人気なのかを聞きにきました。

 確かに、ムーミンにとって日本は本当に大きな市場です。去年は日本の売り上げが世界の50%近くに上りました。北欧各国と並ぶ最大市場です。

 これは、実は1990年代もそれぐらいだったのですが、2000年代に入って一度落ち込み、その後また復活したのです。

 ――90年代といえば、テレビアニメが放映されたころですね。

 その通りです。ですが、実はわれわれは2008年に、会社の戦略を大きく変えているのです。

 90年代から08年の約20年間はテレビアニメの著作権に頼りきっていたのですが、そうしたビジネスモデルを一切やめることにしたのです。これは、一見無慈悲な戦略とも受け取られました。

 というのも、各国の権利関係者からいつも「次のアニメはいつですか」と期待されていたのですが、それに応えられないことになったためです。リーマンショック後の経済不況や、ディズニーやサンリオの隆盛の中で、われわれはそうしたアニメの乱発ではなく、ムーミンのアート性をコアにした戦略に転じることにしました。

 ――アート性とはどういうことでしょうか。

世界にはいろいろなキャラクターがありますが、それがアートとして成り立つキャラは実はあまり多くありません。トーベ・ヤンソンは作家でもあり、画家でもあり、ムーミンはアート性を帯びた世界の数少ないキャラの一つです。

 アートというのは、製造(マニュファクチャリング)できるものではありません。そして、これはサンリオやディズニーにはない強みだと気付いたのです。

 ――アートを強調することで、売り上げは上がったのですか。

 実際、これは、予想以上の成果を挙げました。2008年ごろまでは日本を中心に、売り上げの微減が続いていました。日本の占める割合も30%以下になったこともあります。

 ですが結果的に、昨年までの10年間で、売上高が6倍に伸びるまでになったのです。これは本当にダイナミックな変革でした。

● アート性を強調し テーマパークも予定

 ――なぜ、そこまで売り上げが上がったのでしょうか。

 著作権のビジネスをやっているだけでは、ニュースになることなどほとんどありません。

 ですが、トーベ・ヤンソンのアートを前面に出すと、展示会や博物館のイベントで、多くのジャーナリストが来てくれます。そしてニュースを出してくれます。

 何か、新しいアニメを作らなくても、ムーミンのアート性だけでいろいろな動きが出るのです。著作権ビジネスだけでは、今のように映画監督やデザイナー、作家などが興味を示してくれることはなかったでしょう。

 このため、今は広告を出す必要もありません。

 それもこれも、トーベ・ヤンソンが小説や絵画など多くの作品を残していたからです。全てはトーベ・ヤンソンのコア・バリューから生まれているのです。

 ――確かに、日本でも、いろいろなメディアが取り上げています。

日本でいうと、ムーミンのテーマパークを予定しています。東京都立川市での建設を予定していたのですが、入札がうまくいかなかったので、別の場所を今探しているところです。

 このテーマパークでも、先ほどからお伝えしているような、ムーミンのコアのコンセプトを伝えていきたいと思っています。

 ――新しい戦略は、それまでのアニメが使えなくなるため、各国にとっては受け入れがたかったのではないでしょうか。

 特に、アジアにとっては痛みが伴うものだったと思います。というのも、80%を超えるほぼ全ての権利収入が、アニメによるものだったからです。これは彼らにとって良いことというよりは、議論を巻き起こすものでした。

 ですが、ディズニーやサンリオが市場をコントロールする中で、われわれのような小さな鳥は、どのように自らの財産を商品化するのか徹底的に考えないといけなかったのです。

 ですので、日本の売り上げも下がる中、既存のビジネスに頼っていると会社が破滅に陥ると考えて、08年には他の各国への展開も本格化しました。

 ――もう少し詳しく聞きたいのですが、昔のアニメのイラストを使えなくしたということですか。

 2005年に、トーベ・ヤンソンのめいであり、現在、私の妻であるソフィア・ヤンソンが会社を任された時、各国でのムーミンが使われているありさまを見て、「これはトーベにとっての名誉じゃない」と考えたのです。

 というのも、中には質が良くなかったり、原作のムーミンとは異なるものがたくさんあったためです。それこそ、CDからEメールから何から何までにムーミンが使われていましたから。もちろん、これは各国の関係会社の責任ではなく、われわれ自身の責任です。

 この状況を、何とか「原作に忠実なムーミン」が大事にされるようにしようと変えたのです。各国の提携会社と何度も相談を重ねてきました。

● 日本で人気復活は 予想していなかった

 ――日本では、60〜70年代のムーミンは、原作と異なるものだったと聞きます。

 もちろん、われわれは、日本で人気を博したアニメの価値は認めておりますし、雑誌などに載せてもらうのはもちろん大丈夫です。ですが(そうしたイラストを)商品に用いることは、05年以降、できないようにしたのです。

 ――そうなのですね。すると、各国からの反発があったのもうなずけます。

 確かに、われわれも含めて既存のアニメを何年も使うことに慣れていましたから、「無理です! 」との声がありました。当然だったことが一気に変わるのですから。

 アジア各国の人にとっては、受け入れがたいもので、やはり混乱や動揺もありました。

 日本でいうと、世の中に「カワイイ」ものが溢れている中で、ムーミンもカワイイの一つでいるだけではダメだと考えました。

 もう少し中流階級のインテリ層にも理解してもらいたいと感じていたのですが、最初は、なかなか難しかったです。今はムーミンに使う文字フォントも決めているのですが、最初は「かわいくない」という評判でした。

 ――ですが、やはり日本のムーミン人気は、当初テレビから派生したものなので、新戦略では、日本の売り上げは落ちると思われたのではないですか。

 はい。その通りですね。ですが幸運なことに、去年の日本の売上高の伸びは40%近くで各国の伸びを上回っています。

 ――すると、一度日本という市場を“捨て”て、新戦略の下で、最終的に復活すると見込んでいたのですか。

 正直な話、そうは思っていませんでした。というのも、この本社でも、新たな戦略を発表した時には、いつもは寡黙なスウェーデン人が「絶対無理だ。そんな戦略ができるはずがない」と思わず叫んでしまったほどですから。

こうした経営判断ができるのは、わずか7人の社員からなる家族経営の会社の一番良いところです。その決断の下、日本のパートナー会社にも本当に実直にがんばっていただき、日本は今、北欧と並ぶ最大市場であるのは、最初に申し上げた通りです。

 やはり、新たな市場を一から作り出すよりは、既存の市場を立て直すのが、一番の効率的な戦略であることに気付きました。

 そして、何より、当時激しく議論したメンバーたちが今、一緒にがんばっているのがこの会社の良いところです。

 ――今後の世界戦略は、どういったものでしょうか。

 今は、欧州や日本の契約会社に対して、輸出を増やしてもらうようにプッシュしています。われわれは全てを自社でやるというより、各社とのパートナー関係で、ビジネスを拡大するやり方を取ります。

 ターゲットは中国や韓国です。韓国は昨年売上高が2倍に伸びましたが、まだまだ絶対量は小さいです。韓国人たちは、日本のトレンドを追っかけており、やはり、日本を通じてカルチャーが伝播していくことが多いですね。

 とはいえ、日本は、素晴らしいモノが作れるのに、物を輸出していくのが、すごくすごく苦手なのは知っています。信頼できるパートナーと新たなステージを築き上げていきたいですね。