日本にこだわらない日立の覚悟 地域・事業分野に応じて本社機能を“移管”

20150324-00000000-biz_fsi-000-2-view大英博物館やセントポール大聖堂からほど近い英ロンドンのオフィスビル。現代的なレンガ造り風のビルの7階に、日立製作所の鉄道事業を束ねる「日立レールヨーロッパ」がある。鉄道事業のグローバル最高経営責任者(CEO)、アリステア・ドーマーは飛行機で片道約2時間という地の利を生かし、昨年秋から毎週のようにイタリアを訪れた。伊防衛・航空大手フィンメカニカの鉄道関連事業を買収するためだ。

イタリアで150年余りの歴史を持つフィンメカニカの鉄道関連事業買収には日立のほか中国企業も名乗りを上げ、激しい買収合戦となった。2014年4月に国内外の鉄道事業の本社機能をロンドンに移管した日立は、交渉の全権をドーマーに委ねた。日本の日立本社が指揮を執る従来の態勢では、意思決定のスピード感や物理的な距離の溝は埋められない。日立は本社が全ての意思決定を行う手法を転換し、地域や事業分野に応じて本社機能を“移管”しつつある。

09年3月期決算では、国内製造業では過去最悪の7873億円という巨額最終赤字を計上した日立は、いまや電機大手で初の売上高10兆円を視野にいれる。その実現の鍵となったのが、社長の東原敏昭が掲げる「自律分散型グローバル経営」だ。

2月24日、買収合意後の会見を終えたドーマーは、伊経済開発相のフェデリカ・グイディを中央に、フィンメカニカCEOのマウロ・モレッティと笑顔で握手を交わした。週を空けずにフィンメカニカ幹部との交渉を重ね、密接な関係を作り上げた成果だ。日立会長兼CEOの中西宏明は「世界市場で受注をとれるようになった」と高く評価する。

自律分散型グローバル経営は、海外事業を今後の成長の源とする日立の経営戦略の柱の一つだ。プラント事業では昨年、シンガポールに東南アジア事業を統括する「日立インフラシステムアジア」を新設した。産業プラントやエネルギー、水処理などアジアのインフラ関連事業は、同社が取り仕切る形だ。

日立は従来、日本の事業会社が国内外の案件に関する意思決定を行い、海外の事業法人はその指示を仰ぐだけだった。日立常務の酒井邦造は「現地法人のトップであっても、案件は東京から来るという後ろ向きの意識にとらわれがちだった」と打ち明ける。

日本にも、現地での駐在経験を持つ社員は多い。ただ、国内のみで意思決定を行う態勢では、「日本の発想でしかものを伝えられなかった」(酒井)という弊害もある。海外事業の収益が国内事業を上回る中で、海外の実態に即した経営判断をより迅速に下すためには、日本の本社という枠からの脱却が不可欠だった。

また、中国でシェアトップクラスをほこる昇降機事業は、現地法人の日立電梯をアジア戦略の核に据え、自律分散型グローバル経営を推し進める。常務の池村敏郎は「いずれアジア全体をみる土台にしていく」と打ち明ける。

日立は4月1日から、欧州▽中国▽アジア▽米州−の4地域に、それぞれ総代表を置く新しい経営体制に変わる。エリア内の各事業分野を統括し、日本の本社を通さずに経営判断できる新しい制度だ。鉄道部門の成功を踏まえ、さらに「自律分散型グローバル経営」を推し進める狙いだ。

新体制に先立ち昨秋には、管理職を対象に、世界共通の人事評価制度を導入した。従来の年功要素を排し、優秀な海外人材を確保するとともに、国内外の人材を自在に動かし、世界全体で最適な組織づくりを進めるためだ。

日本にこだわっていては、成長著しい中国企業をはじめ欧米の巨大企業に伍(ご)していけない。「自律分散型グローバル経営」は、一極集中から多極化へと転換を図る日立の覚悟の表れでもある。中西はいう。「成長を忘れた日本の背景に、ダイバーシティ(多様性)の不足がある」(敬称略)