マー君の黒田流転向への賛否

ヤンキースの開幕投手を務めた田中将大投手(26)が、そのブルージェイズ戦で4回5失点でKOされた試合が大きな波紋を投げかけている。

 米国メディアの多くは、昨年は22パーセントから25パーセントはあったフォーシームが少なかったこと、つまり150キロ以上のスピードボールが少なかったことにKOの原因を求めた。それを昨年、トミー・ジョン手術を回避した右肘にまだ不安があるから投げられないと関連つけた。この試合では、ツーシームが20球。フォーシームが6球、7球しかなく最速は150キロだった。ツーシームを軸として成功した黒田博樹流への変革を「ソフト」「自粛」と表現して暗に批判したメディアもある。

これらの指摘は正解のようで不正解である。

 フォーシームが、配球上少なかったことへの指摘は正解だろうが、マー君が右肘への負担を考えて自粛したいのはフォーシームでなくスプリットだ。マー君はこれまでのフォーシームとスピリットの落差を使ったピッチングスタイルから、肘への負担、球数を減らすという狙いを持って、ツーシーム主体のピッチングへの変革に踏み切った。元同僚の黒田はメジャー移籍後、ツーシームを会得して怪我することなく、5年連続で196イニング以上を投げて2桁勝利を続けローテーション投手としての高い評価を受けた。90球の球数制限をつけられたマー君が狙うのは、まさに、その黒田スタイルへの転身であったが、この日のゲームではうまくいかなかった。

 3回の5失点の中身を見ると、すべてカウント球、勝負球に使おうと考えたツーシームの制球ミスを打たれている。先頭ピラーの三塁線を破られたヒットもツーシーム。マッキャナンが外に構えたミットが内側に動いた。無死二、三塁からのマーティンに右前に痛打されたタイムリーもツーシーム。さらに残ったピンチでエンカルシオンに打たれたとどめの2ランも、甘く入った144キロのツーシームだった。

 試合後、マー君も、「カウントを整えられなかったし狙ったところへ投げられなかった。原因はメカニックの部分だと思う。アバウトでもいいから、どんどんストライクを取っていければよかった」と制球ミスを認めた。

 マー君はフォームが制球ミスの原因だと言ったが、メジャーに詳しい評論家の与田剛氏は、こんな分析をしている。
「ボールが先行すると、どうしても少し中へ入れようとしますし力みも出ます。あれだけ制球が甘ければ対応されますよ。ツーシームには、2種類があります。そして投げるにあたっての注意事項も2つあります。簡単なようで難しいボールです。黒田のツーシームのような精度がなかった原因は、そのイメージと実際の動きの誤差を修正できなった点でしょう」

与田氏が言うには、フロントドアと呼ばれるツーシームには、ボールゾーンからストライクゾーンに入ってきて手が出ずに見逃すボールと、「あえて甘めから入れて凡打を誘うボール」の2種類があるという。そのボールを打者にストレートと勘違いさせて、打者の直前で変化させるためには「どこからどこへ曲げるのか」「どこからどこへ落とすのか」という2つのポイントがあって、それをコントロールすることは簡単ではなく、しかも打者がストレートを意識するスピードが必要だとも説く。

「ツーシームを活かすためにも、フォーシームが少なすぎた。田中は本来、フォーシームピッチャーだと私は思うんです。這い上がってくるようなフォーシームがあってこその変化球です。握りだけを変えてボールを動かすツーシームは確かに肘への負担が少ないボールですが、ストレートではなく変化球ですから。なおさらフォーシームが必要です。その配球とツーシームの誤差に気づいただけでも、収穫の一敗でしょう」。与田氏も米国メディアのようにフォーシームの少なさを指摘したが、それは配球上のミスで、肘不安と結びつけたものではない。

 ただ黒田とマー君の比較論で言えば、与田氏は黒田のコピーを簡単にできないという事情も説明した。

「ツーシームを使っていく方向性は間違っていないと思いますが、フォーシームピッチャーであると言うベースを忘れてほしくないですね。フォームや肉体のメカニズムも含めて黒田とは別人です。黒田はツーシームを使うためにフォームも改造して何年もかけて、スタイルを確立させました。精度を含め、その黒田のスタイルをすぐに真似るようなことは難しいのです。マー君は適応力の高いピッチャーですから、次にどう適応していくか楽しみじゃないですか」。確かに体を沈みこむようにタメをつくり、コンパクトなテイクバックで腕を隠すマー君の投球フォームと、固いメジャーのマウンドに合うように少し重心を高くして体の切り替えで打者を惑わす黒田のフォームではスタイルが違う。いずれにしろ速いボールがなければバッターの意識を前に移動させることができずに伝家の宝刀のスプリットも見極められる。実際、4回は、ツーシームからスプリット主体のピッチングに切り替えたが、その武器をヒットにされ、ファウルで粘られ、四球を与えることにもなってしまった。『140キロから144キロくらいまでのスピードしかなければ、対応しやすいんだ』と、対戦相手のエンカルナシオンやポンペイらブルージェイズの複数の打者が証言したが、そのツーシームを生かすためにも150キロをマークしたフォーシームをもっと見せておくべきだったのである。

 ツーシーム中心の軟投派に見えるピッチングスタイルに対する雑音を封じ込めるのは、誤差を修正して1試合では早く結果を出すしかないのだろう。