「スーパー銭湯」「日帰り温泉」岐路に立つ温浴産業…原油安も経営好転の決定打にならず、五輪効果に期待

広い風呂で体も心もポカポカにしてくれる温浴施設が、生き残りの岐路に立たされている。都市郊外で展開する「スーパー銭湯」「日帰り温泉」はひところのブームも去り、幅広い年代が楽しめるサービスや、海外進出に活路を見いだそうとする動きが加速している。市街地に残る銭湯は、経営者の高齢化や後継者不足で廃業に歯止めがかからず、自治体の支援が頼みの綱だ。昨年秋以降の原油安は、多額の燃料費がかかる温浴施設にとってプラス材料になってはいるが、経営を好転させるほどの力にはなっておらず、生き残りに向け試行錯誤が続いている。

■岩盤浴でプラネタリウム

 満天の星空を、若いカップルがタオルの上であおむけに寝そべりながら眺めている。光り輝く星座に「あれが北斗七星だね」と見とれていると、流れ星がキラリ。ロマンチックなムードの中、2人の体は熱くなり、次第に汗ばんでいく−。

 こう聞くと、屋外を連想するだろうが、さにあらず。全国で39店舗を展開するスーパー銭湯最大手、極楽湯が昨年8月に横浜市鶴見区にオープンした大型スパ(温泉)施設「RAKU SPA(らくスパ)鶴見」は、ドーム状の室内で本格的なプラネタリウムを見ながら岩盤浴が楽しめるのが売りだ。

 それだけではない。炎の揺らぎを忠実に再現したLEDキャンドルや、細胞を活性化し、美肌効果もある鉱物「シュンガイト」を置くなど岩盤浴は6種類もある。

 風呂とサウナも、血行と新陳代謝の促進などに効果がある炭酸温泉を人工的に再現した「炭酸の湯」や、ジェット噴流で疲れや肩のこりをとる「流泡の湯」「雲流の湯」など計14種類そろえた。

 汗を流した後は、世界31カ国の70種類のビールを楽しめるバーや、2万冊以上の漫画が自由に読める「コミックコーナー」でくつろげるほか、エステも体験できる。

 あか抜けた雰囲気やサービスの多様さは、高齢者が入浴後にカラオケや宴会に興じる昔ながらの「健康ランド」「ヘルスセンター」のイメージとは大違いだ。特に週末は若いカップルや女性グループも多く訪れ、にぎわいを見せている。

■清潔感が命、ブーム去り新規需要開拓

 「温浴施設は、年齢の高い層が主要客だが、最近は医療保険も削減され、節約志向も高まってきている。女性や若年層にも集まってもらえるサービスも提供し、ネクストユーザーを獲得しなければならない」

 極楽湯の松本俊二専務はこう力説する。

 駐車場も完備し、入浴以外の飲食、マッサージ、美容といったサービスも楽しめるスーパー銭湯や日帰り温泉は平成に入り、都市郊外でハイペースで拡大していった。

 しかし、東京都渋谷区で平成19年6月に起きた「松濤温泉シエスパ」のガス爆発死亡事故を契機とした温泉法改正や東京都の条例強化、さらには20年のリーマンショック後の不況のあおりで普及は鈍化。近年の燃料費高騰も火に油を注ぐ形となり、全国チェーン「やまとの湯」が相次いで閉店するなど環境は厳しくなっている。

 極楽湯では、水道料金や光熱費が売り上げの2割に相当するという。

 昨年秋からの原油安は、お湯を沸かすガスの価格の低減につながり、松本専務は「昨年10月と比べ、ガスの単価が関東、東北で3割低下した」というが、「原油やガスの価格の変動に一喜一憂しても仕方ない。お金の問題以前に、お風呂の最大の魅力は清潔感だ。これをおろそかにする業者は生き残れない」と言い切る。

 清潔な温浴施設は海外からもニーズが高い。極楽湯は2013(25)年2月に上海1号店を皮切りに業界で初めて海外に進出。今年2月には2号店もオープンした。今後10年で100店舗に増やす考えで、海外でも市場を開拓する野望を描いている。

■五輪効果に期待も…廃業続く銭湯を都が支援

 東京・浅草にある銭湯「蛇骨湯」。おなじみの富士山の壁画の下で、地元住民だけでなく、さまざまな肌の色をした訪日観光客も湯船につかり、外国語が飛び交う。

 しかし、銭湯は年々廃業が進む。昭和50年には東京都内に2400件超あったが、経営者の高齢化や後継者不足で平成27年3月末には約650件にまで減った。

 風呂つき住宅が当たり前になりつつある中、昨年7月には消費税増税を受け、都内の銭湯の料金の上限が450円から460円に引き上げられた。

 しかし、東京都生活文化局は「値上げしたからといって利用客の目立った減少は見られない」と説明。「地域の情報交換、介護サービスや災害時の水の提供などの場として重要だ」と語る。

 都は、重油からガスへの燃料転換や照明のLED化といったクリーン化をサポート。老朽化する建物の地震対策については、費用の3分の2まで、660万円を上限に補助する制度を設けている。

 2020年の東京五輪では訪日観光客の増加も見込まれ、生活文化局は「銭湯が、日本の庶民の生活、文化を知るきっかけになる」と話す。

 五輪効果を期待するのは、日本人だけではない。米大手投資ファンドのベインキャピタルは今年2月、「お台場大江戸温泉物語」(東京都江東区)など全国29カ所で温泉旅館や温浴施設を運営する大江戸温泉ホールディングスを買収した。訪日観光客の需要で成長を目指す考えだ。

 しかし、都内の銭湯経営者は「五輪が終わったら、どうなるのか。経営が続けていられるのかわからない」と、ため息をつく。

 昭和のころには、ドラマ「時間ですよ」の舞台となり、かぐや姫のフォークソングの名曲「神田川」でも同棲(どうせい)カップルの待ち合わせの場になった銭湯。時代に合わせてどんなに様変わりしても、絶滅は免れてほしい。