消費のカギ握る年金生活者、日銀に「ジレンマ」も

日本では雇用や賃金の改善にもかかわらず、消費は依然弱々しい。その謎を解く1つのカギは年金生活者にあるとみられている。約4000万人と総人口の3割を占めるにまで増加したことで、賃金や雇用の改善が波及せず、消費増税や物価上昇の影響が大きく出ているという。物価は上げたいが、物価が上がり過ぎては消費を押さえてしまうため、日銀にとっての「ジレンマ」でもある。

<雇用や賃金は改善>

15年ぶりの高値を回復した日経平均<.N225>に対し、国内景気はもたついたままだ。20日に発表された1─3月期国内総生産(GDP)は2期連続のプラス成長となったが、在庫増加の押し上げ効果が大きく素直には喜べない。

景気の伸びが依然として鈍いのは、消費が思ったように回復してこないことが大きい。1─3月期GDPでは、民間消費は前期比プラス0.4%だった。雇用や賃金が改善、原油安の効果もありながら、伸び率は10─12月期と同じ。力強さは感じられなかった。

賃金や雇用は確かに増えた。「官製春闘」との批判もあるが、アベノミクスの下で雇用や給料が増えているのは事実だ。

3月の毎月勤労統計で現金給与総額(事業所規模5人以上)は、前年比0.1%増の27万4924円で4カ月連続の増加。フルタイム労働者(前年比0.6%増)だけでなく、パートタイム労働者も0.6%増と正社員と同じ伸びだ。有効求人倍率は1.15倍と約23年ぶりの高水準となっている。

それにもかかわらず、消費の回復は鈍い。外国人観光客の「爆買い」効果がなければ、もっと落ち込んでいたとみられる。

<人口の3割に増加>

賃金上昇にもかかわらず弱い消費。そのギャップを解くカギは、公的年金者にあるとシティグループ証券・チーフエコノミストの村嶋帰一氏はみる。「公的年金受給者が増加し、雇用や賃金の改善とは直接関係のない人たちが増えていることで、賃金上昇などの好影響が及ばなくなっている」という。

重複を考慮した公的年金の実受給権者は1997年度の2627万人から、2013年度には3950万人に増加した。総人口に占める割合は21%から31%に上昇。雇用者数の5580万人(今年3月、総務省労働力調査)の70%という存在に膨張している。

公的年金の伸び率はゼロで押さえられることはあっても、ここ16年間、プラスになることはなかった。14年度は0.7%の削減。そこに14年4月の消費税増税と円安による物価上昇が重なったことで、年金生活者の消費が圧迫されている可能性が大きいという。

「増税と公的年金の引き下げで、14年度に年金生活者の実質購買力は4.2%低下した。13年度の社会保障給付額は83兆円。所得税・社会保障負担額差し引き後の賃金・給与額143兆円の5割を超える。1994年度は29%だったから、消費に対する影響度は極めて大きくなっている」と村嶋氏は話す。

<先食いのツケ>

実は、この6月から、年金受給額が16年ぶりに増加する。公的年金の年金額は物価と賃金の変動に応じて年度ごとに改定されるが、物価と賃金がようやくともに上昇したためだ。6月15日の支払い分から満額の老齢基礎年金は年77万2800円から78万0100円に7300円増える。

しかし、増額率はわずか0.9%。物価上昇率がゼロ%で推移すれば、年金生活者の実質購買力は増加するが、1%を超えれば、やはり目減りとなり、消費増の期待は薄れる。日銀の15年度の物価見通しのプラス0.8%なら、ほぼ横ばいだ。

物価は上げたいが、物価が上がり過ぎては年金生活者への圧迫要因となり、日銀が期待する消費は伸びない。日銀にとっては「ジレンマ」だろう。

今回の増額率が0.9%と小幅なのは、過去の「ツケ」を清算しなければならないからだ。2000年から02年度にかけて物価が下落したにもかかわらず、年金額を据え置かれたため、法律が本来想定した年金額に比べ2.5%高い水準が支払われていた。

その分を13年度からの3年間で解消するため、今年度は0.5%引かれることになっている。

本来なら、今年度は賃金上昇率に合わせて2.3%分が増額されるはずだった。だが、ツケのマイナス0.5%と、現役世代人口の減少等を考慮したマクロ経済スライドによる0.9%マイナスと合わせ、計0.9%の増加分にとどまった。

将来の先食いをした悪影響が今、出ている一例と言えよう。