なぜ「バター不足」が繰り返されるのか

■牛乳の「計画経済」が輸入を制限している

 バター不足が続いている。不足しているなら、輸入すればいいと思うかもしれない。しかし日本は酪農家を保護するという名目で、バターの輸入を制限している。解決のためには、日本の農業のあり方を根本から問い直す必要がある。

 バターの国内消費はこの数年7万〜8万トンで安定している。一方、国内生産は減少傾向で14年度には6.1万トンに落ち込んだ。不足分は輸入に頼るしかないが、関税が高く、政府の国家貿易品になっている。

 乳製品の関税率(二次税率)は、従量税と従価税の組み合わせになっている。従価税換算ではバターが360%、脱脂粉乳が218%で、フレッシュチーズの29.8%、プロセスチーズの40%に比べても非常に高い。店頭で輸入のバターをみかけないのはこのためだ。

 なぜバターが保護されているのか。それは輸入品の価格が国産バターの約3分の1と安く、品質での差別化は困難だからだ。政府は、TPP(環太平洋連携協定)交渉について、7月28日からハワイで開かれる12カ国の閣僚会合での合意を目指している。たとえばTPPの参加で乳製品の関税が引き下げられることがあれば、価格競争力のあるニュージーランドの製品が市場を席巻するだろう。

このため一部では「TPP参加で日本の酪農が壊滅し、国産牛乳が飲めなくなる」との主張もある。しかしこれは誤りだ。飲用向けのフレッシュミルクは劣化しやすく、海外から大量に輸入するのは難しい。またバターに関しても、チーズと同じく、特色のある国産製品への需要はあるだろう。問題は、競争と成長を退け、保護と現状維持ばかりを志向する日本の農業政策そのものにある。実際に国内の酪農家はここ10年で35%減少し、生乳生産も12%減っている。TPPとは無関係に、すでに日本の酪農は衰退の危機に瀕している。「バター不足」はその現象のひとつに過ぎない。

 最大の問題は、牛から搾られる生乳の流通が、「市場経済」ではなく「計画経済」の仕組みである点だ。生乳は「指定生乳生産者団体制度」にもとづき、日本を10地域に分け、毎月、事実上の集乳数量上限が決められている。酪農家は原則、生乳を指定団体に売ることが義務づけられている。指定団体は乳業会社や食品会社と交渉したうえで、飲用乳、脱脂粉乳・バター用、チーズ用など用途別に異なる価格で売り渡す。

 生乳はそのままでは長く保存ができない。取引価格は飲用向けが高く、バター用など加工向けは安いため、集められた生乳は、まず飲用向けで買い取られ、余った生乳がバター向けとなる。しかし生乳の生産量が減っているため、2010年度以降、バターの需要を国内生産だけではまかなえず、海外からの輸入に頼る状況が続いている。関税が高いため、バターの輸入は、政府の「農畜産業振興機構」が事実上、独占している。政府は今年5月に1万トンの緊急輸入を決め、10月までに追加輸入を計画しているが、仕入れが安定しないことなどから(※1)、小売店では「1人1個まで」といった制限をかかげる店が多い。民間の需要を予測するのは難しく、結果として今回のような「バター不足」が頻発している。

■零細農家の温存が競争力を奪ってきた

 さらに「バター不足」の背景には、バター生産を担っていた北海道が、加工向けから飲用向けに、出荷を振り分けつつあることも影響している。

 北海道以外の地域では、生乳生産量の8割以上が飲用向けとなっている。一方、北海道では飲用向けは生産量の2割で、加工向けが8割を占めている。これは北海道以外の地域の酪農家を保護してきた結果だ。本州などの酪農家は、北海道に比べて零細で、競争力が弱い。このため北海道の生乳が本州などに流入しすぎないように、「指定団体」を通じて、地域ごとの棲み分けが行われてきた。北海道の酪農家は、多くを加工向けとして安値で買い取られてしまうが、国が補給金(補助金)を支払うことで、その価格差を埋めてきた。

 ところが円安による飼料価格の上昇や光熱費の増加により、補給金に頼った加工向けの取引では採算が合わなくなっている。「計画経済」の仕組みでは、コストの上昇を、出荷価格にうまく上乗せできない。このため北海道では、指定団体を通じた補給金頼みの取引をやめ、「アウトサイダー」として民間会社を通じて、本州に飲用向けの出荷を行う酪農家が増えている。

 指定団体を通じた取引では、出荷した生乳がプールされるため、農家には品質を改善するインセンティブがない。一方、「アウトサイダー」の生産者は、高品質化への取り組みが、直接価値の上昇につながる。静岡県の「いでぼく」や岩手県の「中洞牧場」など、特殊な飼育法でブランド化に成功した事例は少なくない。

中国では、オーストラリアから牛乳が空輸され、地元産の4〜5倍の価格で販売されているという。日本の安心・安全の酪農製品をアジアに売り込むことは十分に可能だろう。輸出を促すには海外からの輸入の自由化も必要だ。指定団体制度は段階的に廃止し、関税は徐々に引き下げていくことが望ましい。バターなどは海外の3倍以上という高い価格を消費者に押し付けることをやめ、安価な輸入品を提供し、国産品は品質の高い飲用乳やチーズなどでブランド化を図る。農家の創意工夫が、より評価される仕組みが必要だ。

 米国やEUでは、関税を課すことで高い国内価格を維持する「価格支持」から、補助金を払うことで農家の所得を維持する「直接支払い」にシフトすることで、自由な輸出入と農業保護を両立させている。

 たとえばEUは1970年代に「バターの山、ワインの湖」というほどの過剰生産に悩まされた。このため農家への「直接支払い」に軸足を移した。この結果、 農産物は国際価格に近付き、消費者負担は減った。「直接支払い」の受給には、環境保護や土壌保全などの要件を満たす必要があるため、農家の集約も進んだ。

 日本で「価格支持」が続いているのは、農協が手数料収入に依存しているからだ。「価格支持」では、消費者にも大きな負担がかかる。

 輸入自由化は、必ずしも農業の衰退を意味しない。日本では1991年に牛肉の輸入が自由化された。だが「和牛」は現在も好調だ。国内の牛肉生産量は、90年度から2013年度にかけて、約39万トンから約36万トンに減ったが、「和牛」は約14万トンから約16万トンに増えている。

 95年にGATTが「WTO(世界貿易機関)」に改組された際、細川内閣は日本の農業保護のために6兆円もの事業費を執行した(※2)。だが農協を中心とした「価格支持」という政策を変えなかったため、日本の農業は、依然として納税者負担と消費者負担の両方を強いている。

 農業者を弱者とみなす保護政策は弱者を再生産し、弱者の状態をさらに悪化させる。日本の農産物は、国内的に重要な品目が高関税に守られているため、内向きな対応に終始し、輸出機会が失われてきた。また日本の農政は、退出すべき零細農家を温存する政策を採ることで、伸びゆく人材の成長機会を奪ってきた。さらに農地所有を農家に限り、外部からの参入を規制してきたため、農業投資が過小になっている。本来、TPPへの参加は、こうした日本農業のトレンドを断ち切る絶好の好機だった。これまでの仕組みはもう続けられない。その事実から目を背けるべきではないだろう。

 ※1:農林水産省は「バター不足に関するQ&A」という特設ページ(最終更新日 平成27年3月4日)にて、今後の見通しについて「年度内に必要なバターは、確保されたものと考えています」としている。
※2:農林水産省「ウルグァイ・ラウンド(UR)関連対策の検証」(平成21年3月)によれば、事業費6兆100億円、国費2兆6700億円。対策事業費の内訳としては、農地や農道、灌漑施設の整備などの公共事業「農業農村整備事業」が53%を占めた。