マイナンバーの「先輩」エストニアにみる国民IDの実力

国民一人ひとりに、一生変わらない12ケタの番号が割り振られる「マイナンバー制度」。本格的な運用が2016年1月から始まるが、すでにマイナンバーを誤って住民票に記載してしまうミスが各地で相次ぐなど、管理体制や流出への不安が拭えない。

一方、世界に目を向ければ、類似の制度を導入している国は多い。中でも注目は「スカイプ」発祥の地でもあり、IT立国化が著しいエストニアだ。同国では電子政府を推進しており、多様なサービスを利用できる国民IDカードが広く浸透している。諸外国の制度の実情から、マイナンバー制度がもたらす未来の、光と影を展望する。

ICT立国の中核を担う「国民IDカード」

エストニアには、その先進的な電子政府の取り組みを学ぶため、国内外から年間1000以上の団体が視察に訪れる。

エストニア版マイナンバー構想は1990年代に遡る。目立った産業がなかったエストニア政府がいち早くICT(情報通信技術)を普及させるべく、国策としてマイナンバー制度の導入を進めた。そして初期のシステムを2000年に完成させた。

この仕組みの中核を担うのが、1枚のIDカードだ。表面には顔写真と住所、氏名、生年月日、裏面には、カード所有者の出生地が表記されている。15歳以上の国民は所有が義務付けられており、現在、人口の8割以上にあたる100万枚以上が発行されている。

3000以上のサービスが利用可能

IDカードにはICチップが内蔵され、カードリーダーに読み込ませ、自分で決めた4ケタの数字を入力すると、本人認証が行われる。今ではIDカードで、3000以上ものサービスが利用可能だ。

例えば、実生活では、運転中、免許証を持っていなくても、罰せられることはない。警察官のカードリーダーを通じて、免許証の有効無効の判断が可能だからだ。またEU域内ではパスポートとしても機能する。処方箋の記録もすべて記載されており、薬局では「おくすり手帳」の代わりとなる。ネットバンキングの手続きも可能だ。さまざまな店舗の会員証にもなり、ポイントサービスや割引を受けられる。

税金の還付や会社登記などの面倒な手続きも役所に足を運ぶ必要もない。すべてIDカードによって簡略化されている。選挙では電子投票が可能となっており、2015年3月に行われた国会議員選挙では約30%以上の国民がオンラインで投票した。

また、IDカードの情報を携帯電話のSIMカードに入力登録することで、携帯から利用することもできる。普及を後押しするためにインフラも整えた。エストニア国内では、銀行や官公庁などに誰でも利用できるカードリーダーが設置されており、自宅に端末がなくても利用できる。

もっとも、「導入当初は国民の多くが、カードの使い方が理解できなかった」と語るのは、国民IDカードを管轄する経済通信省の元職員、ラウル・アリキヴィ氏。「なんだ、このカードは?という声があがりました」

当初は免許証などに代わる身分証明書のひとつとして利用することから始めた。それから、5年かけて、法整備とともにサービスの利用分野を広げていった。

導入から15年が経過したが、IDカードを悪用した犯罪が社会問題化するようなこともなく、セキュリティ面も安定しているという。

活用が進む各国の「マイナンバー」

エストニアだけではなく、世界の主要先進国も、各国でマイナンバーと類似の制度を導入し、身分証明や納税などに活用している。

スウェーデンでは、住民の氏名、年齢、住所などの情報管理を国が行うが、その起源は16世紀には教会区ごとの住民登録制度にある。オランダでは1986年に税務番号制度が導入され、現在は社会保障をはじめとした行政分野を中心に利用されている。

オーストリアでは2002年に中央住民登録番号が導入され、年齢や性別とともに所得などの情報が符合できることから国勢調査等にも活用されている。韓国では、1962年に住民登録制度の原型が生まれ、現在では国民全員に住民登録番号が発行されて多くの個人情報が集積管理されている。

一方、限定的に運用に留める国もある。国民が個人情報管理に敏感なドイツでは、2003年に納税者番号として税務識別番号を導入し、税の分野にのみ限定して使われている。

「正確に本人を特定する切り札になる」


「これ以上、国民IDなしに社会を進めることはできない。マイナンバーは正確に本人を特定する切り札になる」と語るのは自民党ICT戦略特命委員長の平井卓也衆議院議員。マイナンバー制度の導入をけん引してきた人物だ。

平井議員が「マイナンバーが早期に導入されていれば避けられた」と歯噛みするのは2007年に発覚した「年金記録問題」。約5000万件分もの年金情報が所有者不明となって宙に浮いてしまった。その原因は、帳簿からパソコンに情報を移行する際に、担当者が氏名を打ち間違えるなど、人為的ミスと言われているが、平井議員は「マイナンバーができれば、諸々の手続きは一気に便利になるうえに、人為的な間違いは発生しなくなる」と自信をのぞかせる。

マイナンバーは、制度開始時は「社会保障」と「税」、それに「災害対策」が対象だが、順次、利用範囲が拡大される。ゆくゆくは医療やパスポート事務など生活に身近な情報を結び付けることで、利便性の向上を目指している。

だが、一方で個人情報の漏えいに対する不安もぬぐえない。実際、便利さと引き換えに問題が多く発生している国もある。それが日本に先んじて「マイナンバー」を導入したアメリカだ。