「フリーゲージ」新幹線が抱えている根本問題

線路の幅が異なる新幹線と在来線を直通することができ、九州新幹線長崎ルートへの導入が予定されている「フリーゲージトレイン(以下、FGT)」。2014年11月末に車両のトラブルが確認されて以来試験走行を中断していたFGTについて、国土交通省は12月4日、不具合の原因推定と対策案を技術評価委員会に報告、内容が公表された。

トラブルが発生したのは、線路幅の異なる区間を直通するために必要な「軌間可変」のメカニズムに関する部分だ。今後の対策が順調に進んだ場合でも、走行試験の再開は2016年度後半になる見通し。営業運転に使用する量産車の登場は、2022年度に予定している九州新幹線長崎ルートの開業には間に合わないことになる。

 だが、今回トラブルが起きた試験車両は、従来よりも実際の営業用に近い形で造られた「3次試験車」だ。なぜここにきて、耐久性という根本的な問題が問われる事態になったのだろうか。

■ 試験開始1カ月でトラブル

 FGTは車輪の幅を変えながら、線路幅1067mmの在来線と1435mmの新幹線を走行する車両だ。実験は1999年にスタートし、2014年春には実用化に向けた3次試験車が登場した。2014年10月19日からは、車輪の幅を変換しながら新幹線と在来線を直通して走る「3モード耐久走行試験」が始まり、2年半で60万kmを走り込む予定だった。60万キロは、一般の新幹線車両の検査周期に合わせた距離だ。

 だが、試験開始から1カ月強経過し、走行距離が約3万キロに達した2014年11月29日、車両の走行部分に不具合が発生していることが判明。車軸と「すべり軸受」と呼ばれる部品の接触部に磨耗の痕が見つかったほか、FGT特有のベアリングである「スラスト軸受」のオイルシール(潤滑油の流出を防ぐための部品)にも欠損が見つかった。いずれも「軌間可変」のための重要部分だ。走行試験は翌30日から中断された。

今回の不具合は、現時点ではいずれも最高時速260kmでの耐久走行試験によって生じたものと考えられている。だが、FGTが新幹線で高速走行を行うのは今回の3次試験車が初めてではない。

 先代の2次試験車では「瞬間的で、耐久走行と呼ばれるものではまったくなかった」(国交省)とはいうものの、時速270kmでの走行試験は行っており、2010年の「軌間可変技術評価委員会」では「走行試験において、時速270kmで安全・安定に走行できることを確認した」との評価を下している。

 また、2次試験車はその後、在来線で約7万kmの耐久走行試験、約1万回の軌間可変耐久試験、試験台での台車の高速走行試験を行い、2014年2月に開催された委員会では「車両の安全な走行に影響を及ぼす軌間可変機構の不具合や著しい部品摩耗等は認めらないことから、軌間可変台車の基本的な耐久性能の確保に目処がついたと考えられる」と評価している。

 国交省のwebサイトでも見られるこの委員会の際の資料では、次期試験車両(3次車)では3モード耐久走行試験を行うことで「保全性の分析・検証を深度化する」ことと「経済性の分析・検証を進める」とされている。2次車の時点で基本的な耐久性は問題ないと認識されており、3次車の狙いは根本的な部分の耐久試験ではなく、より実用化に近い状態での耐久性の検証だったと読み取れる。

■ トラブルはFGTの「根幹部分」

 FGTの開発について取材した経験のある鉄道技術ライターの川辺謙一さんは「なぜ今になってこのような根本的な話が出てきたのか」と驚く。「トラブルが起きた部分は軌間可変を行うFGTの根幹の部分」だからだ。

 3次試験車の台車は、2次車のものをベースとして軽量化などを図っているが、開発を進める鉄道・運輸機構の担当者によると、今回のトラブルは軽量化とは関係がないという。川辺さんは、今回のトラブルが起きたのは軌間可変技術の重要部分であることから、1次試験車や2次試験車でも起きていた可能性があると推測できるため、「ここの信頼性がなければ、FGTの実現は難しいのではないか」という。

 国交省は、今後さらに調査・分析を進め、部品の形状変更や材質の変更などを行い、室内での「高速回転試験」などを行った上で、順調に進んだ場合は2016年度後半から「3モード耐久走行試験」を再開する予定だ。

 だが、川辺さんは「今回の対策は、部品変更など対症療法で一時的には解決できても、根本的な解決策にはならないのではないか」と懸念する。抜本的なトラブル対策を実施するには、車軸のたわみや振動など今回のトラブルの理由とされる現象の原因を探り、根本から設計を見直さなければ終わらないだろうと指摘する。

九州新幹線長崎ルートは、政府・与党により2015年1月、2022年度の開業予定から可能な限り前倒しを目指すことを決定した。

 だが、2022年度であってもFGTの開発スケジュールはもともと厳しかった。「3モード耐久走行試験」で60万kmを走り込むのには約2年半を費やす必要があり、2014年秋からトラブルなく順調に進んでいたとしても、終了は2017年に食い込んでいたことになる。

 2014年春の3次車報道公開の際の会見で、国交省の担当者は営業用車両の設計・製造について「通常、新幹線は5年半くらいかかっているので、6年くらいをみて開業に間に合わせたい」と述べた。2017年から6年かかるとなれば2022年には間に合わない。報道陣からの指摘に「耐久走行試験の後半で設計には着手することになるのかと思う」と答えたものの、そもそもトラブルがなかったとしても間に合うかどうかはギリギリだったといえる。

■ 技術未確立のまま「開業前倒し」

 FGTの導入を検討しているのは九州だけではない。北陸新幹線の敦賀から先の区間についてもFGTを導入し、関西〜北陸間を乗り換えなしで結ぶことが考えられている。敦賀までの開業は当初予定より3年前倒しされ、2022年度の予定だ。

 だが、北陸は九州と違い、冬には寒さと雪が課題となる。台車が複雑なFGTには雪対策が不可欠だ。実際の運行を担うことになるJR西日本も雪対策などの技術開発は進めているものの、基本的には九州向けに開発されているFGTをベースとして設計することになっている。

 JR西日本の真鍋精志社長は「フリーゲージはどんなに頑張っても10年はかかる」としており、開発が順調に進んだ場合でも、敦賀開業が前倒しとなった時点でFGTの導入は間に合わない見通しだった。九州でのFGT実用化が遅れれば、こちらもさらに遅れることになる。

 実用化に向けて開発された3次試験車で起きた、FGTのトラブル。開発が順調に進んでいたとしても、九州新幹線長崎ルートではギリギリの導入になり、北陸新幹線については間に合わなかっただろう。技術の検証はもちろん、まだ完全には確立されていない技術の導入を前提としつつ進められてきた新幹線計画についても、問題点が問われるのではないだろうか。