別姓でも、同姓でも 家族は呼び名で揺らがない

日本では1日に約1800組が結婚している。2015年12月16日、最高裁が夫婦同姓を「合憲」とする判決を出してからの2カ月間だけでも、10万人以上が結婚によって姓を変更したことになる。呼び名は私たちの生活に直結する。夫婦別姓の議論が店ざらしになる中、事実婚や通称使用といった現実的な対応が、法律や理念を先回りしている。

どちらの姓でも自分


「どっちでも選んでいいんだ」

外資系コンサルティング会社に勤める男性(31)は2011年に結婚する前、妻(31)から「結婚後の姓、どうする?」と聞かれた。結婚したら妻が夫の姓を名乗るのが当たり前だと思っていたが、ハッとした。その“常識”に合理性はなかった、と。

自分の姓と妻の名、妻の姓と自分の名を、それぞれクロスしてみた。姓名を通して読んだ時にどちらの響きがしっくりくるか。どちらの姓なら子どもの名前を決めやすいか。いずれも妻の姓のほうだった。

女性が結婚で改姓する不便や、戸籍姓と旧姓を使い分ける煩雑さをあちこちで聞いていた。男性が改姓するとなると珍しいため、親族への説明も必要になりそうだ。実際どのくらい大変なんだろう、と好奇心が湧いた。

「世の中の多数派とはあえて逆を行くような、新しいことに挑戦してみたいという気持ちもありました」

妻の姓に改姓するにあたり、懸念は自分の母親だった。熟年離婚してからも父の姓を名乗り、一人暮らしをしていた。一人息子の自分が結婚するうえに姓まで変わると、家族が解体するように感じてしまうのでは。母が疎外感を覚えないよう、こまめにLINEで連絡を取り、妻や子どもの様子も頻繁に伝えるようにした。その甲斐あってか、母とはいま、互いに独立した適度な距離感を保てている。

姓が母との関係を断絶しないのと同じように、妻や長女(1)とも姓によってつながっているとは感じない。保育園など妻子が関わる場面では戸籍姓を使うが、職場では旧姓を通称使用し、Facebookでも旧姓を名乗る。ときどき混同する不便はあるものの、どちらの姓で呼ばれようと、自分であることに変わりはないし、家族の関係が揺らぐものでもないと思っている。

「見かけ上」は変わらない

民法は、夫婦は夫または妻の姓を称する「夫婦同姓」を定めており、法律上は夫婦どちらかが改姓を余儀なくされる。現状では改姓するのは妻のほうが96%と圧倒的に多い。選択的夫婦別姓の導入が法制審議会で答申されたのが1996年。その後、2009年に民主党政権になり、千葉景子法相が民法改正案の提出を明言したが、立ち消えになった。そして2015年、司法の場でも夫婦別姓は認められなかった。議論が宙に浮いた20年の間に、別姓を望む夫婦はやむなく事実婚を選択し、多くの企業や制度やサービスが旧姓の通称使用を認めたことで、「見かけ上」は姓が変わらないままの人が増えた。そして、男女平等の教育を当たり前に受け、家制度のしがらみがない世代が結婚や出産をする年代になってきた。

出版社に勤める女性(28)とIT企業に勤める男性(29)も「どちらの姓にするか」は、結婚にあたっての決め事の一つだった。結婚式に誰を呼ぶか、生活費はどう分担するか、朝食はパンにするかご飯にするか。それらと同じ土俵で話し合った。

夫婦ともに会社のメールアドレスに姓が入っているため、戸籍姓と旧姓を使い分ける不便をどちらかが負わなくてはならない。姓名判断では、どちらの姓にしたとしても運勢が悪かった。14年12月に婚姻届を提出する直前、「喜ぶ人が多いほうの姓にしよう」という夫の提案で、妻の姓に決まった。妻は言う。

「自分の姓を使い続けられる嬉しさや便利さよりも、すべての決め事において夫婦の立場をフラットに考えようとする夫の姿勢が嬉しかった」

「カッコよければ変えたい」


電通ダイバーシティ・ラボ(DDL)が16年1月、20〜60代の男女計500人にインターネット調査をしたところ、「結婚で相手の姓に変えることに憧れる」という人は男性25.6%、女性44.0%。「パートナーの姓がカッコよかったら名乗りたい」という男性は49%おり、30代以下では過半数。男性も改姓を意識していることが明らかになった。

「初めて夫の姓で呼ばれ、『私は結婚したのか』と思い、頬を赤らめる。こういうのが幸せな結婚というのだと思う」

こうTwitterでつぶやいた男性タレントもいたが、現実の生活はロマンだけでは回らない。婚姻届で「婚姻後の姓」の「夫」か「妻」にチェックを入れなければ、税制や相続で夫婦として扱ってもらえないから変えるのだ。ちなみに結婚する時には本籍地も決めなければならないが、住所や出生地にかかわらず日本全国どこでも好きな地番を選ぶことができる。皇居や富士山、首相官邸やディズニーランドが人気スポットで、何人もの「他人」が同じ場所に本籍を置いている。「戸籍謄本を取りに行くのに便利な場所に」と実を取る人も多い。

ジャンケンで姓を決める


「私、変えてもいい」
「俺もどっちでもいい」

弁護士の三浦義隆さん(35)は10年6月に婚姻届を提出する直前、妻(32)とジャンケンをして負け、妻の姓の「三浦」に改姓した。

「姓は個人を識別するためのツールの一つにすぎない。どちらでもよかったけど、選ばなければならないことになっているから、できるだけ面倒のないようにしたかった」

親の離婚と再婚で姓が3回変わり、「三浦」で四つ目だ。中学2年生の時、母親は再婚して改姓したが、自分は中学を卒業するまで養子縁組をせず、改姓のタイミングを見計らった。姓が変わること自体には抵抗はなかったが、周りに気を使われたり事情を詮索されたりするのが面倒だったからだ。

「できれば変わらないほうが便利だから、選択的夫婦別姓は認められたほうがいいと思う。ただ、姓の意義を主張するほど、個人主義ではなく生家主義が強調されるというのも皮肉な話だな、と感じています」

「ゼクシィ結婚トレンド調査2015」によると、2014年度に結婚した首都圏のカップルのうち結納をした割合は12.1%で、結婚が家と家との結びつきだという意識は薄れてきている。小学生の頃から男女混合名簿で姓を呼ばれ、職場では旧姓を通称使用している前例が豊富にあり、SNSで好きな呼び名を名乗って人格を表現できる世代は、「姓は家族の絆である」「個人のアイデンティティーである」と言われてもピンとこない。その世代の自由を、法律は縛り続けることができるのだろうか。