カシオはなぜ、今スマートウォッチを出すのか

2015年5月にカシオ計算機が開催した社長交代の会見の最中に、突如飛びだした「リストデバイスを開発している」という発言。その場では、発表は2016年1月のCESで、と話すにとどまったが、激戦が続くスマートウォッチ市場への参入宣言として大きく注目を集めた。

翌6月の時の記念日前には、「樫尾俊雄発明記念館」で歴代多機能時計特別展示が行われたのであるが、それに先立つメディア向け説明会で、時計の事業部とは別の新規事業部でまったく新しいプロダクトの開発が進められているという話が“ちらり"と出た。

 それがこの3月25日に発売が決まった、カシオ初のスマートウォッチ「Smart Outdoor Watch WSD-F10」だ。

 カシオにとって、WSD-F10はどういう製品なのか。そしてどういう経緯で開発され、何を目指しているのか、そのあたりをカシオ計算機の樫尾和宏社長にインタビューしてきたのである。

 なぜスマートウォッチの取材で社長なのか、もっと直接の開発者もいるだろうに、と思う向きもいるかもしれないが、樫尾和宏社長は2015年6月に社長に就任するまで、コンシューマ・システム事業本部長として、その前は新規事業開発本部長として、ずっとWSD-F10開発を見てきた人なのである。

 それをいいことに、WSD-F10を入口にこの先の展開を見据えつつちょいと迫ってみたい。

●WSD-F10は「カシオになくてはならない製品」

荻窪圭(以下荻窪) :社長に就任される前は、まもなく発売されるカシオ初のスマートウォッチ「Smart Outdoor Watch WSD-F10」を、部門のトップとしてずっと見ていらしたと伺いまして、そちらのお話からはじめさせていただきたいと思います。

樫尾和宏氏(以下樫尾氏) 社長に就任したのが2015年の6月ですが、その直前はコンシューマ・システム事業本部長として、コンシューマ事業部、システム事業部、新規事業開発部の3つの部門を担当していました。時計とカメラ以外の全部の部門を見ていた感じですね。

 その中の新規事業開発部でスマートウォッチを開発してきたといういきさつがあります。

荻窪 スマートウォッチの開発は、実績のある時計部門とは別の部門で立ち上げたわけですね。その理由はどこにあるのでしょうか?

樫尾氏 本来うちはデジタル時計のカシオですから、「リストテクノロジー」という形でいろいろな製品を作ってきました。そしてスマートウォッチは究極のデジタルウォッチ、リストテクノロジーの究極版に近いものだと考えています。そういう製品が他社からは出ているけれども、デジタルのカシオとして、本来うちがやらなければならない領域なのに、製品が出せていなかったんです。

 ですが、時計事業部は「時計市場」に向けた製品作りをしています。我々がゼロから立ち上げた市場であるG-SHOCKをはじめ、ファッション時計、ProTreckのような多機能時計など、いくつかのラインアップがありますが、どれも大きな意味でいう「時計の市場」なんですね。カシオはその市場に注力している関係で、本来カシオが出すべきデジタル時計を出せないでいたんです。

 他社の製品を見ると分かるように、スマートウォッチは、Appleも含めて、時計メーカーではなく情報機器メーカーが作っているのが現実です。

 時計も情報機器も、両方ともきちんとやっているメーカーはあまりないので、うちがやらなきゃいけないのは分かっていました。ですが、それが実現できなかったのは、時計事業部のノウハウだけでは難しかったからです。やはり情報機器の事業部との融合が必要でした。

荻窪 情報機器メーカーではなく、時計メーカーとしてのカシオでは、スマートウォッチを開発するには向いていなかったということですか。

樫尾氏 ですから、時計の部門とは別に、情報機器のチームと時計のチームを融合して、新規事業として時計とは別事業としてようやく実現することができたんです。

荻窪 実際の開発にはどのくらいかかっているのでしょう。

樫尾氏 やり直しを含めて、4〜5年くらいかかっています。いろいろな方式を試しながら、試作のレベルまでいったら何種類もあります。

●なぜWSD-F10はアウトドア用スマートウォッチになったのか

荻窪 その中で、第一弾のスマートウォッチは「アウトドア用」にターゲットを絞ってきましたね。

樫尾氏 最初は普段使いのものを、と考えていたのですが、それではたのスマートウォッチに埋もれてしまいます。もちろんそういうスマートウォッチを作りたいという思いもありますが、カシオとしては今まで世になかったものを作っていきたい、それを新しい人たちに使ってもらいたいというのが第一なので、それができないならやる意味がないんです。

 当たり前のものを作ってもしょうがないというところもありました。当たり前のものを作れなければ新しいものも作れないので、それは不要なわけではないのですが、カシオ計算機は本来「創造と貢献」の企業なのです。

 世の中になかった新しいニーズを生み出して、新しい使い方をしてもらって、新しいユーザーを獲得する。それが「創造」ですね。

 新しい提案を世の中にし、多くの人に使われるようになったらそれが「貢献」になり、できた市場と一緒になってそれを育て上げていく。それが本来我々が目指している世界なんです。

荻窪 それがちょうどアウトドアだったということでしょうか?

樫尾氏 既存のスマートウォッチは、本当の意味で必要なものになっていません。我々が作るなら本当に使ってもらえる、新しい市場を作るスマートウォッチにしなくてはならないのではないかと考えました。既存のスマートウォッチは、スマートフォンのコンパニオン機器としてスマホのアプリを使ってる状況ですよね。でも普段スマホは持っていますから、どうしてもスマホを出して見ることができないときにしか、必要とされません。

荻窪 確かに今のスマートウォッチは誰もが使うものにはなっていませんね。一部のガジェット好きな人のものにとどまっている印象があります。

樫尾氏 でもアウトドアでは、アウトドア用のアプリはスマートフォン用にたくさん出ていますが、歩きながら、あるいは走りながら、スマホを見ることは容易ではありません。いったん行動を止めて、立ち止まってスマホを見ています。アウトドアでこそ腕で見る、知る、というところが求められているにもかかわらず、そこに合わせたスマートウォッチがなかったんです。

 カシオはG-SHOCKの技術を持ってますから、本当に装着感がよく、普段もアウトドアでも使える時計を作れます。

 そこでスマートウォッチをやるべきというのと、新しい用途を生み出すカシオらしさが噛み合ったのですね。

荻窪 そういえば、最近出た「Outdoor Recorder EX-FR100」もアウトドア志向のカメラですね。

樫尾氏 FR100はみなさんから面白いと言ってもらえていますが、まだ防水や耐衝撃でアウトドアでも使える機能を持っているだけで、もっと掘り下げた提案をしていくべきだと考えています。こういうところでこういうシーンで使ってもらうといい、というものを心がけて強化していきたい。

 スマートウォッチの場合はトレッキングやスイミング、サイクリングと掘り下げた提案をしています。

 「汎用機」はもう存在しないと思っているんです。お客さまごとに使い方が違うので、それに合ったものを出していかなければなりません。

 腕時計がいい例ですが、カシオはG-SHOCKがあってはじめて、汎用モデルも成立するという構造になってます。それなしで、はじめから汎用の腕時計だけで勝負すると価格競争になってしまう。そうなるともう我々の領域ではありません。

 デジカメでいえば、最近はTRシリーズ(「EX-TR100」は“自撮りカメラ”としてアジアで大ヒットした)ですね。日本では販売を終了してしまいましたが、アジア圏では絶大な人気を誇ってます。TRを作ったカシオの製品だからZRシリーズも、という形で人気になっていまして、台湾ではFRも人気です。それは「TRを作ったカシオの製品だから」なのです。

 日本の場合、FRで新しい提案と文化ができるかはこれからの課題です。カメラと本体が分離するセパレートタイプといっているだけではなかなか伝わりません。FR100も用途特化型のカメラなので、もっと周辺機器を含めた提案をし、持ち歩きたくなるカメラにしていきたいと考えています。

●“カシオらしいスマートウォッチ”は今後どうなっていく?

荻窪 今回のWSD-F10はアウトドアモデルですが、リストデバイスとしては内側にセンサーをつけた活動量計デバイスが最近話題になっています。そういう方向性はカシオとして考えられますか? 昔、「BP-100」という血圧を測れる腕時計などを出していましたよね。

樫尾 今回出すスマートウォッチも、センサーによって着けている人の状態をかなり知ることができるのですが、それをもっと活用していきたいですね。それからヘルスケア系は、バイタルセンサーも含めて、今一度やってみてもいいかなと思っています。腕に着けている、身体に密着しているからこそ取れる情報はありますから、そういう意味では腕だけではなくさまざまな情報を解析して、それらとセットでヘルスケアというのはあると思っています。他社もやっていますが、我々が同じ事をやってもしょうがないので、うちだからこそできることをきちんと見つけてやっていきたいと思います。

荻窪 スマートウォッチはどんな発展をしていくでしょう。

樫尾氏 今でいうと、時計市場の新ジャンルのような位置付けですが、いろいろな可能性を見付けていきたいですね。

 今カシオの社内は、時計、情報機器、デジタルカメラなど、モノの形によって事業部が分かれているのです。ですから、例えばかつてMP3形式の音楽ファイルが再生できるEXILIMなども開発していたものの、それは「iPod」にはなれなかったんですね。音楽機能はあくまでもオマケでしたから。カメラの事業部で作るとカメラにしかならない、時計の事業部でやると時計にしかならないのかもしれません。

 だから今回のスマートウォッチは、新規事業開発部という、時計とは離れたところで開発を進めました。一方で、WSD-F10がデジカメなどと本当の意味で連携ができているかというと、そこはまだ完全ではないところもあります。今はまだ、FR100と“つながる”というレベルです。

 もしかしたら、アウトドア事業部やウェアラブル事業部を作って開発していく、センシング事業部を作ってバイタルセンシングを徹底的に研究する、というような形にした方がいいかもしれない。まだ具体的には動いてませんが、いろんな可能性があります。

 そういう意味では、今回の初号機であるWSD-F10で、いろいろな可能性を見付けていきたいと思ってまいす。それが見付けられたら、WSD-F10を作るために、情報機器と時計のチームを融合して新しいチームを作ったように、時計以外のジャンルへも新しいチームを作っていきたいという構想はあります。

 本来、新規商品や新規事業は、最初に「売れる」「売れない」で判断してはいけないんです。もちろん売れないのはイヤですが、単に売れればいいという話ではなくて、新しいユーザーがどう新しい使い方をしてくれたかどうかが重要です。

 話は元に戻りますが「創造と貢献」。新しいニーズを生み出して広げていければ、そこをやっていけばいいと思います。

荻窪 最後にWSD-F10をCESで披露してからのてごたえはありますか。それから、ぜひ今後の抱負をお聞かせください。

樫尾氏 WSD-F10は「カシオらしい」と言っていただけるのが一番うれしいですね。カシオらしい時計がようやく出ましたね、と期待が伝わってきます。

 さまざまな可能性を持っている初号機ですが、最終的にはウェアラブルの世界をうちでもしっかり作っていきたいと考えているので、そのためのスタートにしたいと思っています。みんながカシオのスマートウォッチを身に着けている、という世界にむかって頑張っていきたいと思ってまいす。

 カシオは、QV-10やG-SHOCKなど、今まで世の中にない新しいものを出してきましたが、直近でいうとそれほどそういう製品が多くないのが反省点です。世の中をびっくりさせる、世の中を変えるような製品を出せるよう最大限がんばっていきたいと思っています。今はそういう新規商品を脱すのは難しい時代といわれてますが、できない話だとは思っていません。既存市場への参入ではなく、新しい市場を作っていくという使命感があります。

荻窪 どうもありがとうございました。

 我々がカシオ計算機に期待する“カシオらしい製品”というものがあって、カシオが新奇な(ときには珍奇な)製品を続々と出していた時代を知っている人はみな同じようなイメージを持っていると思うのだけれども、樫尾和宏社長になってそういうカシオらしさがまた復活してくれそうで嬉しい限りである。

 スマートウォッチに限らず、ウェアラブル機器の新しい市場展開に期待しております。