なぜマツキヨは業界首位を守り続けられるのか
マツモトキヨシの2016年3月期の決算発表まで、各メディアは「20年ぶりに業界首位が交代の見通し」と報じていた。業界2位のウエルシアHDが積極的なM&A(吸収・合併)を行い、長年首位のマツモトキヨシHDを上回ると予想されたからだ。結果は、マツモトキヨシHDの年間売上高が5360億5200万円、ウエルシアHDが5284億200万円と、マツキヨが首位の座を死守した。同社の売上高は対前年比110.4%にまで伸びたのだ。
今回は、同業界について解説しつつ、業界首位を守り続けるマツモトキヨシの顧客獲得の手法を分析してみたい。
ドラッグストアは、一般的には売り場面積を広くとり、幅広い商品をそろえて顧客に訴求する。入口ドアがないので入りやすいのも特徴だ。基本は洗剤やティッシュペーパーなどの日用品や雑貨、そして食品を安く販売してお客を呼び込み、医薬品と化粧品の販売で利益幅を高めるビジネスモデルだ。ただし「調剤薬局型」や「食品重視型」など各社によって戦略が異なる。
例えば、スギHDは調剤薬局型の代表的存在だが、コスモス薬品は社名とは裏腹に、全売上における食品売上比率が5割を超える食品重視型だ。
かつてはペットボトル飲料が中心だった食品売場は近年、冷凍食品や菓子など品ぞろえが多様化している。これまで筆者が取材した競合店の中には、大手メーカーの瓶ビールを格安で取りそろえた店もあり、「飲食店関係者らしき人がまとめ買いされるケースもある」(同店スタッフ)という声も耳にした。この手の店は、食品スーパーの代わりとして地域住民が利用する店も多い。
これに対してマツモトキヨシが掲げる戦略は「HBC」(ヘルス&ビューティーケア)だ。医薬品、化粧品、トイレタリー商品といった健康・美容関連商品が全売上高の7割を占める。
●次世代型店舗「マツキヨラボ」で、美と健康を深堀り
ヘルス&ビューティーケア商品に力を入れることで売り上げを伸ばしてきた同社はいま、さらにその分野を強化している。
2015年9月、千葉県松戸市にある「マツモトキヨシ新松戸駅前店」で新たな取り組みが始まった。ヘルスケアやビューティーケアのサービス機能を充実させた複数のエリアで構成する「マツキヨラボ(matsukiyo LAB)」を併設したのだ。改装前の同店を訪れたこともあるが、以前に比べてスタイリッシュな雰囲気となった。
店内の「ヘルスケアラウンジ」と呼ぶ一角では、調剤薬局を備えるほか、来店客が骨の健康度チェックや血圧測定、体重測定を無料で行える場所もある。検体測定室では有料メニューで、血液検査や口腔内環境チェックなどの検査も受けられる。
「調剤の待合室も従来のスタイルではなく、患者さんがストレスを感じずにお待ちいただけるよう、くつろぎ感をテーマに空間デザインをしました。また、サプリメントバーもあり、常駐する管理栄養士がお客さまの食生活や生活習慣をお聞きしてカウンセリング。不足しがちな栄養素を見出して、その方に最適なサプリメントを分包して提供するオーダーメイドのサービスを行っています」(高橋氏)
マツキヨラボはコトづくりだけではなく、商品ブランドとしても提唱する。同社の管理栄養士が成分レシピの監修にも関わったPB商品として、「グルコサミン」「濃縮ウコン」「マルチビタミン&ミネラル」などのサプリを16品目展開する。この十数年で、一般の人が手軽に摂取するようになったサプリだが、食生活に合った摂取方法を専門家がアドバイスすることで、増加傾向にある健康志向の消費者を取り込んでいる。
これ以外に「ビューティーケアスタジオ」もあり、肌チェック機を導入して、顧客1人1人に合ったカウンセリング体制を高めた。併設したネイルサロンも人気だという。
「リニューアル後の新松戸駅前店の売上高は2割増となりました。2016年4月29日には『マツモトキヨシ本八幡駅前店』がリニューアルオープンし、こちらにもマツキヨラボを併設。さらにサービスが充実し、専門性に磨きをかけて訴求しています」(同)
●素早い販促の方向転換と業界に先駆けた爆買い対応
好業績を支えるのが、同社が培ったビッグデータの活用だ。日本国内に1545店(グループ系)ある店頭で買物をしたときに使う「マツモトキヨシポイントカード会員」(約2270万人)のほか、「マツモトキヨシ公式アプリ」(約360万ダウンロード)、LINEの「マツモトキヨシ公式アカウント」の顧客データが合わせて4000万人以上あり、これを分析して商品開発や品ぞろえ、新たな店舗展開にも反映する。
なかでもLINEは、キャラクターのマツポリちゃんが、肌などのケアをサボる女性を取り締まるという設定がウケて、友達数は1370万人を超えた。LINEは月に2回の頻度で割引クーポンが送られ、店には「このクーポンで」と商品を買う女性客が訪れる。
「もともと当社は若い女性客が多いのが特徴でした。社内でこれからの若い女性の獲得を議論したときに、もう紙のチラシではなく電子配信だと考え、2012年からLINEを活用した販促をスタートさせたのです。若い世代では新聞購読世帯も減り、折り込みチラシを展開しても以前に比べてレスポンス率が低くなりました。しかもチラシ作製に比べて、電子配信のコストは圧倒的に低いというメリットもあります」(高橋氏)
90年代の同社はテレビCMに力を入れていた。当時10代だったタレント・優香の「もうマツキヨなしでは生きていけない」に続き、山口もえの「何でもほしがるマミちゃん」のCMが話題で若い女性を取り込んだ。それが2012年の創業80年を機に、改めてマーケティングカンパニーを掲げた。若者のテレビ離れも進んだ時期の、新戦略の目玉がLINEだったのだ。
もう1つ、同社の業績を押し上げているのは中国人観光客に代表される「爆買い」だが、実は業界に先駆けて2007年から、同社は中国で普及しているクレジットカード「銀聯(ぎんれん)カード」の取り扱いをスタートさせ、爆買い対応を進めていた。
来店すれば、店頭に掲げた「Welcome to Japan! Tax Free Shop」の横断幕が、中国人やタイ人など訪日外国人の購買欲を促す。特に資生堂やコーセーなど日本の化粧品や、フェイスマスクのような商品が人気だという。宝飾品など「爆買い失速」も報道されるが、利用頻度の高い商品を扱う同社は、長年訴求してきた外国人観光客の獲得に自信を示す。
●残された課題は「男性客の取り込み」と「雨の日の集客」
そんな同社でも課題は残る。ドラッグストアの利用客は圧倒的に女性だ。前述したビールのように地域最安値のアルコールを買う中高年男性客、マイシャンプーや制汗剤を買う20代や30代の男性客もいるが、多くの男性はドラッグストアに足を運ばない。
そしてもう1つは、客足が落ちる雨の日の集客だ。店頭で買った客にはレシート状の「6月10日から24日まで有効」(例)といった割引クーポンを発行し、リピート客の来店を促す手法を取るが、雨の日の客数減を補うまでにはいかない。
それでもマツキヨは5000億円企業にまで登りつめた。その成功要因には、ヘルス&ビューティーケア商品を都心から離島まで多彩なフォーマットで展開する1545店の実店舗と、ネットを融合したオムニチャネル戦略の相乗効果が大きい。消費者は状況に合わせてネット購入もできれば、勤務先や自宅近くの店舗で、効果・効能の相談をしながら買うこともできる。
コンビニの魅力が「近くて便利」なら、同社は「安くて便利」で支持を広げているのだ。