グーグルの自動運転「責任者辞任」の舞台裏 商用化は進むのか

グーグルの自動運転車プロジェクトで最高技術責任者(CTO)を長年務めたクリス・アームソンが退任することが明らかになり、経営陣との確執が原因ではないかと憶測を呼んでいる。

自動運転車の開発はグーグルの親会社、アルファベットの先端技術開発部門である「X」(旧「Google X」)が進めているプロジェクトの一つで、これまでに膨大な研究開発費が投じられ、180万マイルもの自動運転走行が実施された。

アームソンはこれまでの7年間、社内のエンジニアやソフトウェア開発者、ロボット技術の専門家などを統括して自動運転車の開発を推進してきた。彼は自身のミディアムに投稿した退職の挨拶の中で、「A地点からB地点までボタンを押すだけで連れて行ってくれる自動運転技術の開発に関わったことを光栄に思う」と述べた。

数多くの企業が自動運転車の開発を手掛ける中、グーグルのプロジェクトは開発資金の規模が格段に大きく、最も注目を集めている。その責任者の一人であるアームソンの退任は驚きをもって受け止められているが、彼以外にも同プロジェクトに関わったグーグルのエンジニアが昨年以降、相次いで会社を去った。

大物エンジニアらが相次ぎ離職

その中には、長距離輸送トラック用の自動運転技術の開発を目指す「Otto」を設立したグーグルマップの元製品責任者リオー・ロンリオー・ロンと、自動運転車部門の元技術責任者アンソニー・レバンドフスキが含まれる。ニューヨーク・タイムズ(NYT)は、他にも主要メンバーだったデイブ・ファーガソンとジャジュン・ズーが「自分たちの会社を立ち上げるために退社した」と報じている。

NYTはまた、アームソンの退任の理由として、2015年9月に自動運転車プロジェクトのCEOに就任したジョン・クラフィックとの関係悪化を挙げている。自動車業界での経験が豊富なクラフィックのCEO就任によって、自動運転技術の商用化が大きく前進すると見られていた。「元グーグル社員によると、アームソンはクラフィックの方針に不満で、数か月前にはラリー・ペイジとプライベートの場で口論になった」とNYTは報じている。

プロジェクトは「転換期を迎えた」

南カリフォルニア大学マーシャル経営大学院のヘレナ・イリレンコ教授によると、今回のような退任劇はスタートアップでは珍しくないことだという。「テクノロジー系のスタートアップが研究開発フェーズから商業化フェーズへ移行するタイミングで幹部が退任することはよくある話で、プロジェクトが前進していることの証でもある。グーグルの経営陣が自動運転車の商業化が可能だと判断し、プロジェクトが大きな転換期を迎えたのは明白だ」と教授は話す。

グーグルは具体的なスケジュールや計画については一切公表をしておらず、自動運転車の広報担当者であるジョニー・ルーもコメントを控えている。また、自動運転車プロジェクトに関わっている社員の規模や退職者の人数についてもグーグルは明らかにしていない。

「アームソンは自動運転車プロジェクトの立ち上げに欠かせない人材だった。今後グーグルがどのように商業化を進めるかは不明だが、その方向に進んでいることは確かだ」と調査会社IHSマークイットで自動車技術のアナリストを務めるジェレミー・カールソンは言う。

クラフィックの就任以来、グーグルはフィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)と提携し、次フェーズのテスト走行用としてFCAからハイブリッドミニバン「パフィフィカ」の提供を受けることが決まった。グーグルはミシガン州ノビに設立した開発拠点でエンジニアの採用を強化しており、アメリカ自動車産業の中心地に大きな足掛かりを得たことになる。

アームソンはグーグルに入社する前は、カーネギーメロン大学でロボット工学を教える著名な科学者だった。

商用化は前進、との見方も

一方、クラフィックは自動車産業で数十年のキャリアを積んだベテランで、1980年代にはカリフォルニア州フリーモントにトヨタ自動車とゼネラルモータースが合弁で設立した工場「NUMMI」で生産技術者として働いていた。その工場は現在テスラモーターズの工場となっている。その後、90年代にはフォードで軽トラックの開発に携わり、2000年以降は米国ヒュンダイモーターで製品開発の責任者を務めた後、支社長に昇格して5年間の同社の経営をリードした。

「グーグルはこれまでの研究成果を活かして事業化を推進できる新たな責任者を迎え入れるフェーズにきた」とイエレンコ教授は言う。

アームソンをはじめ、自動運転車の開発に携わった社員が次々とグーグルを去っているのには、他にも要因がある。それは、今や同社以外にも数多くの企業が自動運転車の開発に参入していることだ。アームソンがグーグルに参画した2009年頃は、自動運転車の開発を行っている企業は他になかった。

エンジニアは「引く手あまた」

それから7年が経ち、今では多くのプレイヤーがこの分野に存在する。従来の自動車大手に加え、テスラやEVスタートアップの「Faraday Future」、テクノロジー企業のNVidia、MobilEye、インテル、自動車部品メーカーのデルファイ、ボッシュ、コンチネンタル、デンソー、オートリブ、配車アプリのウーバーとリフト(リフトはGMと提携して開発を行っている)など、様々な企業が自動車産業の未来を担う技術の覇権をめぐり、熾烈な競争を繰り広げている。

アームソンはミディアムの投稿の中で今後の予定について何も述べていないが、「彼なら引く手あまただ」とIHSマークイットのカールソンは言う。

一方で、イリレンコ教授は転職に当たってはグーグルから何らかの制約条件が課せられているはすだと指摘する。「競業避止義務をはじめ、株式や金銭の報酬パッケージの条件として、テスラやウーバーへの転職を禁じられているだろう」と教授は分析する。