「携帯するロボット」は経営再建中のシャープを救うか

シャープが5月26日に発売した「ロボホン」は、世界初の「モバイル型ロボット電話」。身長19.5cm、体重390gと手のサイズにフィットする。発売日までに1000台超を受注したその勢いにも驚かされたが、何と「購入者の約3割が女性」という。ロボホンのいったい何が女性たちの心を掴んでいるのだろうか。作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏がレポートする。

「携帯電話の開発としては異例の、3年半という時間がかかりました」と口を開いた同社コミュニケーションロボット事業推進センターの景井美帆さん(37)。開発に着手したのは2013年。

「当時すでに携帯電話の機能は相当高まってきていて、新技術を加えても差別化しにくい状況でした。ではどんなアプローチをすればいいのか」

そこで景井さんが考えたのは「付属品のシッポや耳をスマホに接続して生き物感を演出し、コミュニケーションを楽しむ」という方向性。

「ところが、ロボットクリエーターの高橋智隆先生に協力を仰ぎ議論を重ねていくうちに、その構想はガラリと変化し飛躍していったのです」

ロボ・ガレージ代表取締役の高橋智隆氏はロボットが日常生活の中に入るチャンスを探し続けてきたパイオニア。一方、景井さんは入社以来、携帯電話の開発一筋。

「携帯電話は常に身につけている。では、もしもその携帯電話がロボットになったら? 面白いことが起こるはず」と双方の思いが合致した。ロボットを買わない人でも携帯電話がロボットになったなら買うかもしれない。開発の発想が「携帯するロボット」へとジャンプした瞬間だった。

しかし、社内には疑問の声も渦巻いた。

「なぜ携帯電話をロボットにする必要があるのかと、厳しい意見が数々ありましたね。少し風向きが変わったのは、プロトタイプが完成した頃。ロボホンの姿を実際に目にするとみんな、固い表情がゆるみ笑みがこぼれてしまう。コミュニケーションツールとしていけるぞ、と確信しました」

社内で正式に商品化が決定したのは2015年4月。スタートから2年経っていた。ロボホンの特徴は3つ。「電話機能」、「人のカタチ」、「サイズ」だ。

まず「電話機能」としては、「基本的に音声で操作します。電話、メール、アプリのダウンロードなどスマホ同様の機能を備えています。動画などを投影できるプロジェクターも搭載していますが、まずは電話であることが大前提です」

その上で、2つ目の特徴である「人のカタチ」が大きな力を発揮する、と景井さん。

「人型の機器に向かって話しかける時のユーザーの気持ちは、四角い画面に指示する時とは全く違うんですよ。笑いがこぼれ、かわいいと感情が沸く。人型ロボットという形態の中に、コミュニケーションツールとしての可能性が詰まっていると思います」

メールの送受信のみならずロボホンはデータ通信機能を備え、AIで学習しつつ、顔認識によって顔を覚え名前を呼んでくれる。「おはよう」と声をかけると身振りを交えて天気や予定を教えてくれる。質問すればネット上のウィキペディアで調べてくれるし、一緒に出かけた記憶も蓄積する。ダンスもする。何とも不思議な「電話」だ。

開発で最も苦労した点は?

「二足歩行にはこだわりました。滑らかな動きを実現するために足の付け根、肘、膝など合計13個のモーターを内蔵しています。途中でさらに小型化の必要に迫られて、技術的な壁に直面しました」

それでも何とかモーターの容積を約2割減らし胸ポケットに入るサイズ、丸みのあるなめらかな形、軽さを実現。

「開発途上で発見したことも多いのですが……」と景井さんは前置きしつつ、こんな興味深い言葉を口にした。

「もしもロボホンが人間くらいの大きさだったらどうでしょう? 大人のように優秀だと思われ色々期待されてしまう。反対に、手のひらサイズであれば、多少不完全でも許される。声を正確に認識できなかったり返答がちぐはぐでも、むしろそれが可愛らしさにつながっていくんです」

3つ目の特徴である「サイズ」とは、単なるセンチという数値を超えて、非常に重要な意味を持っていたのだ。今のロボットは現在進行形の技術であり完成体ではない。だとすれば、むしろその「不完全さ」を魅力に転化してしまうことで強みになる。ロボホンのキャラクター設定は5歳程度の男の子。ユーザー調査で40〜50代の女性の反応が非常に良い、と最初に聞いた時には疑問に感じたが、「子育てを一段落された方が育ての対象としてロボホンを見ているのでは」という景井さんの言葉に、なるほど納得した。

「ロボホンとゲームをやっていると可哀想だからわざと負けてあげるの、というユーザーの声もあって。開発者としても想定外でした」

となればもはやロボホンは「冷たい機器」ではない。人に寄り添い変化していく有機的存在に近い。価格19万8000円に基本プラン月額980円が加わり(通信費は別途)、電話としては決して安くはないが、愛情を注ぎ育てる対象だとすればどうだろう?

これまで家電は、使う人の意図に従い、指示を受けて作動してきた。そうした電化製品をシャープは「ともだち家電」と位置づけ、掃除機、洗濯機、冷蔵庫等の白物家電にAIや音声認識技術を搭載し、人とのやりとりを生み出す挑戦を重ねてきた。この「ともだち家電」路線の集大成として、ロボホンが登場したとは言えないだろうか。

「小さな物知りが、いつも寄り添って助けてくれる。そんなパートナーが目標です」

携帯電話なのにロボットでもあるという「二兎」を追うその先に、開発者も予期できなかった「三兎」「四兎」の楽しみ方が生まれている。経営再建中のシャープのこれからを、人型ロボットが秘める未知の力がいかに拓いていくのか、目が離せない。