東急の大開発で若者の街シブヤはこう変わる

2012年4月に開業した「渋谷ヒカリエ」のビルからは、工事が続く渋谷駅一帯を見下ろすことができる。ここから眺めていると、時代とともに鉄道各線が五月雨的に乗り入れ、無理に無理を重ねてきた渋谷駅の様子がよくわかる。

東急百貨店ビルの3階の穴に吸い込まれていく黄色い電車は、地下鉄であるはずの東京メトロ銀座線。その下の2階レベルでは、渋谷駅を出発して北から走ってくるJR山手線と、同じ渋谷駅を出発して南から走ってくるJR埼京線(湘南新宿ライン)がすれ違う。

 こんなことが起こるのは、埼京線ホームが渋谷駅のはるか西のはずれにあり、山手線ホームとは縦列の位置関係にあるためだ。取材の最中、初老の男性から地下鉄副都心線はどこかと尋ねられた。副都心線のホームは、ダンジョン(地下牢)とも揶揄される渋谷駅の最も地下深い層にある。だが、こちらも副都心線に乗るときは、案内板の「茶色い丸」の副都心線マークを追って辿り着いているだけなので、そう答えるしか術がない。

■高さ230メートルの新ランドマーク

 一連の渋谷駅の再開発は、東京メトロ副都心線と相互乗り入れすることとなった東急東横線の地下化を契機としている。地下化により、地上ホーム跡地や資材置き場がぽっかりと空くことから、玉突き的に再開発を行う余地が生まれた。

 再開発がすべてが終わるのは2027年度とされているが、主要な工事は東京オリンピックが開催される2020年ころまでに行われる予定だ。駅周辺では大きく分けて4つの街区が誕生する。

 まず、目玉となるのが、駅と一体的に開発される渋谷駅街区(1)。地下7階、地上46階建ての高さ230メートルのビルで、最上部にはスクランブル交差点を見下ろす屋外展望施設も設けられ、渋谷の新しいランドマークになる。2019年度に完成する。

渋谷から流出するIT大手企業

 2018年度には、ひと足先に渋谷駅南街区(2)と道玄坂一丁目駅前地区(3)が完成する。渋谷駅南街区は、東急東横線地上ホーム跡地で、オフィスビルが中心となる。渋谷駅の西側に隣接する道玄坂一丁目駅前地区は、2015年に閉店した東急プラザの跡地で、商業施設が中心となるほか、バスターミナルも設けられる。

 そして、渋谷駅の南に広がる渋谷駅桜丘口地区(4)では、これまで渋谷駅周辺では供給がほとんどなかった集合住宅を開発し、複合的な街づくりが計画されている。

■渋谷には成長したIT企業の居場所なし

 ビジネスにおける渋谷といえば、クリエイティブ系のIT企業の集積地として知られている。米国のシリコンバレーになぞらえて、「ビットバレー」の愛称も定着している。ところが、その渋谷から、IT企業の流出が続いている。

 「渋谷のありとあらゆる物件を探しました。できれば渋谷に居たかったのですが――」

 苦しい胸の内を吐露するのは、2017年1月に本社を「渋谷ヒカリエ」から「JR新宿ミライナタワー」に移転するLINEだ。「渋谷から引っ越す理由は単純です。スペースがない、それだけです」(会社側)。

 LINEといえば、今年7月に東京証券取引所一部とニューヨーク証券取引所に同時上場を果たすなど、国内でいま最も勢いのあるIT企業の筆頭格。10月に「LINEモバイル」として格安スマホサービス(MVNO)に参入するなど、今後もしばらくは企業規模の拡大が続くのは間違いない。

 そもそもLINEは、2011年に開始したコミュニケーションアプリの爆発的ヒットにより急成長し、2012年に新築ピカピカの「渋谷ヒカリエ」に移ってきたばかり。だが、その後も従業員が増え続け、今年4月時点で社員数は1100人超に達し、近隣のビル2カ所にも入居している。今後のさらなる従業員の増加や、業務の効率化を考慮して、新宿への集約移転を決断した。

 「渋谷ヒカリエ」を所有する東京急行電鉄は、「渋谷はIT企業が成長できる場であるのは間違いないが、いまは成長した企業の場所がない」と、危機感をあわらにする。これは、いまに始まった問題ではない。

若者の街「シブヤ」の行方

 成長して外部へ移転したIT企業を数えるよりも、渋谷に残るITの大企業を数えたほうが早いだろう。GMOインターネット、サイバーエージェント、DeNA、ミクシィなどが該当するが、これらの企業も一段と成長すれば渋谷で増床がかなうかは、わからない。

 グーグル、アマゾンなどの外資も日本事業の拡大に伴って渋谷から退出した。一時、六本木ヒルズなどにIT企業がごっそり引き抜かれたことも記憶に残る。成長性があり、人材獲得に必要な対価としてオフィス賃料も惜しまないIT企業は、不動産業界にとって垂涎のテナントだ。

■若者の街「シブヤ」は存続できるか

 東急グループにとって、LINEの誘致に成功した「渋谷ヒカリエ」は、そうした流れへの反撃ののろしともいうべきビルだった。再開発により、数年後には東急グループの4街区全体で約22万平方メートルのオフィス賃貸面積が生まれる予定だ。

 「渋谷ヒカリエ」の1フロア当たりの賃貸面積が約2200平方メートルなので、ざっとその100フロア分の広さになる。LINEは「先のことは何とも言えませんが、そのころにまたオフィスの狭さに悩まされているくらい、当社が成長できれば理想」と語る。

 東京オリンピックの頃には、渋谷は空を見上げればオフィスビルが林立する街に生まれ変わる。ただ一方で、それは「シブヤ」なのかという、漠とした不安も感じずにはいられない。都市で働くビジネスパーソンならば、古い飲食店街がきれいに再開発され、心休まる行き場を失った経験を持つ人も多いだろう。

 渋谷の再開発に当てはめるならば、若者の街「シブヤ」が失われてしまうのはよいこととは思えない。流行に敏感な人たちが集まるリアルマーケットがすぐそこにあることは、渋谷のオフィスに入居する企業にとっても重要な価値だ。再開発を進める関係者も、いまの渋谷の街の熱を冷まさないことに非常に腐心している。そのために、渋谷の都市空間を上下に分けて、上を大人向けの渋谷、下を若者向けの渋谷にするという大胆な構想を練っている。

 大人向けとは、オフィスのほか、たとえば落ち着いたレストランやラウンジ、劇場などを指す。渋谷駅周辺再開発では、動線の改良のため、各ビルをつなぐ歩行者デッキを地上4階レベルで東西南北に張りめぐらせる計画だ。渋谷の雑踏が苦手という人は、大人エリアだけを通って移動することも可能になる。

電車の乗り換えはこうなる!

 渋谷駅は、周囲を道玄坂、宮益坂、桜丘など、坂や丘の地名に囲まれているが、それもこれも渋谷駅が谷の底にあたるためだ。そのため、渋谷駅で4階レベルの歩行者デッキは、そのまま「渋谷マークシティ」のある道玄坂や、住宅が整備される桜丘口地区までフラットに伸ばすことが検討されている。

 他方、その下に広がる若者向けの渋谷とは、いま広がっている渋谷の街そのもの。地上レベルでは、2026年度までにハチ公広場やスクランブル交差点を含む駅前広場が整備される予定だが、ゲリラライブが繰り広げられ、DJポリスが活躍する渋谷の活気は継続させることを目指す。

■電車の乗り換えは縦の動線で改善

 電車乗り換えのわかりにくさ、不便さの解消も、再開発の重要なポイントとなる。JR渋谷駅の1日当たり乗車人員は37万人で、76万人の新宿駅、55万人の池袋駅に大きく水をあけられている(2015年度)。

 東急電鉄によれば、2019年にはJR線―東急東横線(東京メトロ副都心線)間の乗り換え所要時間が、現在の3分半から、2分にほぼ半減するという。両改札は上下階を結ぶエスカレーター1本でつながる。

 渋谷駅再開発において、動線改良のカギと位置付けられているのが、こうした縦方向の動線だ。そのためにも、地下鉄銀座線ホームは東へ130メートル、埼京線ホームは北へ350メートル移設することで、乗り換え客は主にエスカレーターやエレベーターの縦移動によって、他の路線へ移動できるようになるという。こうした縦動線は「アーバンコア」と呼ばれ、乗り換えに限らず、上下に伸びる渋谷の都市空間をつなぐ役目を果たす。

 実際のところ、その利便性の改善度合いは使ってみるまではわからないが、職住遊近接の都市が実現し、交通利便性が高まって来街者が増えれば、渋谷の都市力はいっそう高まることだろう。100年に1度といわれる一大再開発が進む渋谷駅周辺は、いったいどんな姿になるのか。