あの熱気から1年半、「ブルーボトル」最新事情

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「コーヒー界のアップル」との異名を持つ、米ブルーボトルコーヒー。豆から焙煎、コーヒーの淹れ方や店のインテリアに至るまですべてにこだわる姿勢からアップルと比較されるほどになった同社の1号店が、2015年2月に東京・江東区の清澄白河にオープンしてから1年半。開店時に長蛇の列ができ、グッズが飛ぶように売れるほどの熱狂で迎えられたブルーボトルだが、今も着実に店舗を増やしている。

9月16日には、青山、新宿に続く4店舗目となるカフェを東京・港区の六本木にオープン。東京ミッドタウンの目の前に位置する商業施設「トライセブン ロッポンギ」には、同じ日に開店した高級セレクトショップ「バーニーズニューヨーク」も入居する。

 隣が六本木天祖神社ということもあって、大きなウインドウの外には緑が生い茂る。周りの自然との調和を意識したという店内は、白木を使ったインテリアで、明るく開放的かつ落ち着いた雰囲気。「六本木はとても忙しくて国際的なエリアだが、ここへ来ると小川の音が聞こえ、まるで『巣』にいるような落ち着いた気分になれる」と、創業者のジェームス・フリーマン氏もお気に入りだ。

■六本木店の「オリジナル」メニューは

 ブルーボトルの特徴の1つは、それぞれの店舗でオリジナル商品を出すことだが、六本木店でも6種類のオーガニック野菜・果物を使ったベジタブルブルサンドイッチ「ROPPONGI」を提供。パンは他店舗と同じく、フリーマン氏が太鼓判を押す東京・渋谷区の代々木上原にある「カタネベーカリー」のものだ。

 清澄白河店のオープン時には、「前日朝3時から人が並び始め、用意した1カ月分のマグカップが1日で売り切れた」(ブルーボトル日本代表を務める井川沙紀氏)と言うほどの人気だったことを考えると、スローペースに思えるが、フリーマン氏はどう考えているのだろうか。

 「もともと私は物事を普通どおりに進めるのが好きじゃない。たとえば『今年は24店を開店しよう』と決めて進めるのでなく、特別な場所を見つけたら、そこから店を作り上げていくという方法なんだ」

フリーマン氏、こだわりの「店の作り方」

米国、とりわけブルーボトルが誕生したサンフランシスコにおいて、カフェは自宅、会社とは異なる3番目の場所=サードプレイス的な存在。コーヒーを飲むだけでなく、ゆったりくつろいだり、仕事をしたり、ミーティングをしたりする居場所になっている。そうであれば、画一的な店ではなく、それぞれの場所に合った「ブルーボトルらしい」空間を提供したいという思いが、フリーマン氏には強い。

 その出店戦略は日本でも変わらない。数ある出店候補地を、井川氏ら日本チームが選定したのち、最終的には必ずフリーマン氏自身が足を運ぶ。出店の基準は感情に訴えるものがあるかどうか。「実際に歩いて近所がどんな雰囲気かを感じる。『このビルは面白いね』『この通りはいいね』という感じで、ブルーボトルにあっているかどうかを見極める。人通りや交通量が多い、といったことは決める要素に入らない」(フリーマン氏)。

■インテリアの細部にまで指示

 店のコンセプトやインテリアなども、そのエリアや建物にあったものをとことん考え抜く。現在、店舗のデザインは建築家の長坂常氏が率いるスキーマ建築計画が手がけているが、フリーマン氏が自らインテリアのコンセプト画を描いたり、机や椅子の高さや位置、デザインなどに意見を出すことも少なくないという。

 そこまで「その場所にふさわしい」カフェにこだわる理由は、単に居心地のいい場所を作りたいからだけではない。上陸から20カ月経った今、“出身地”のサンフランシスコと同じように、その地域で受け入れられて、近所の人たちが日々訪れるようなカフェを作ろうとしているからだ。

 「清澄白河のオープン時にお客さんやメディアから予想をはるかに超える反応があったことはうれしかった反面、『ハネムーン期』が過ぎた後に誰もブルーボトルのことを話題にしてくれなくなったらどうしよう、という心配もあった」と井川氏。「そうならないためにはどうしたらいいのか。何度も話しあって、結果的にコミュニティとのコラボが大切だというところに行き着いた。ブルーボトルの店舗は、それぞれ地域や特徴、顧客層が違う。そういう中で、どの店舗もイベントを開いたりしながら、地域の人の関心を集めようとしている」

 たとえば、住宅街にある清澄白河店では、近所に小学校があるため、夏休みに小学生を招いて実際にコーヒーの焙煎を行う工場の見学会を実施。ファッションやIT関連企業で働く顧客が多い青山店では、夜にイベントを開いたり、企業がセミナーを開くのに場所を提供したりしているという。
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次に出店するのはどこ?

成果は少しずつだが出ている。「ブルーボトルというと、今でもものすごく混雑していると考えている人も少なくないが、最近は『一度トライしてみよう』という人だけでなく、日常的に通ってくれる人が増えている」と井川氏は話す。「単なるブームで終わらせないためには、そうやって日常的に通ってくれる人が大事。ブルーボトルもそういう日常的なブランドとして認識され始めている」。

 こうした中、次の候補地として目を付けたのが、中目黒と品川だ。

 中目黒店は、駅から祐天寺方面へ歩いて10分程度。席数は8席と少ないが、コンセプトである「コーヒーを楽しむ人を育てる」のもと、工場だった建物を利用した店内にはトレーニングルームやワークショップスペースを完備する。従業員の教育だけでなく、一般の人がコーヒーを学べる空間を作りたいとしている。

 実はこの工場、井川氏の友人の父親が営んでいた。元工場だった清澄白河店のオープニングパーティでこの知人が、「父も工場を経営していて、こんな風に生まれ変わったらいいな」と言っていたのを井川氏があるとき思い出し、連絡を取ったところから、中目黒店の計画が走り出した。同店は工場だったことを生かしたインテリアになるそうだ。

東京ではあと数店舗出店も

一方、11月15日オープン予定の品川店は、駅構内にあるアトレの3階に出店する。新幹線も停まるターミナル駅という場所柄、ビジネス客だけでなく、旅行客も多く利用することを見込んでおり、席数も80席と青山店と同規模となる。

 今後の出店については、「1300万人という東京の人口規模を考えれば、あと数店は出せるのではないか」とフリーマン氏。「東京での立ち上がりが好調なので、このままアジアで事業を広げるか、あるいは欧州に進出するか、オプションはたくさんある」

 スローペースながら着実に事業を拡大する一方、商品面でも「進化」を遂げている。この8月から日本で新たにコールドブリュー(水出し)コーヒーのシステムを導入。栃木のクラフトビールメーカー「うしとらブルワリー」で抽出され、樽詰めされたコーヒーを全店で提供するようになった。

ビールメーカーがコーヒーを作るワケ

米国では、サードウェーブコーヒーとクラフトビールが同時期に流行り始めたこともあって、クラフトビールメーカーが自らの設備を使って、コーヒー店のためにコールドブリューを作ることが少なくないという(ビールメーカーにとっては、設備の稼働率が上がる)。が、日本ではそうした例がないため、なかなか抽出先を見つけることができなかった。しかし、ここでも井川氏の人脈経由でうしとらに出会い、うしとら側も喜んで引き受けてくれた。

 「ブルーボトルにとって、すべての店舗で同じクオリティの商品を出すことはとても大切。その点、すべてのコールドブリューを1カ所で作れるのはとてもありがたい」(井川氏)。

 ちなみにブルーボトルは、米国では小売店などで缶入りのコールドブリューを販売。日本については「110円の商品が並ぶ自販機に、いきなり450円の商品が並ぶのは非現実的だろう」(フリーマン氏)としながら、「私たちの缶入りコーヒーは、味わいはもちろんのこと、時間が経っても冷たいままで、飲んでもらえれば違いはわかるはず。提携先を探している段階にはないが、缶詰め工程を担ってくれるパートナーがいればテストはして見てもいいと思う」。
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米国一のベーカリー買収を撤回したわけ

さて、日本上陸以降、1つ「予想外」のことがあったとすれば、米国一との呼び声が高い、サンフランシスコの人気ベーカリー「タルティーン・ベーカリー」買収を撤回したことだろう。日本にも代官山にパンが焼ける設備を備えた店舗を昨春オープンする予定だったが中止。その後、昨年12月に買収撤回を発表した。

 「互いのビジネスについてより深く学んでいく中で、ベーカリービジネスが非常に複雑で、マージンもコストもカフェとはかなり異なることを学んだ。深く知れば知るほど、2つの異なる、複雑なビジネスを統合するのではなく、別々にやったほうがいいと私たちも、タルティーンも考えるようになっていた」(フリーマン氏)。今後は、ベーカリーなど他業種を買収する考えはないという。

 こうした例1つとっても、ブルーボトルは今どきの米国企業と違って、事業の拡大や多角化に対して積極的に見えないかもしれない。「出店目標は定めない」「気に入った場所に出店する」「店の内装はギリギリまでこだわる」という展開の仕方も、海外出店までしている外食企業らしからぬノンビリぶりである。

 それでも、米国内外で着実に店舗を増やしているのは、単に質の高いコーヒーを提供しているだけでなく、「コーヒーを飲む体験」を特別にしたいという姿勢に共感するファンがつき始めているからだ。ブームに乗って一気に事業を膨らますことは簡単かもしれないが、あえて遠回りをしてでも息の長いビジネスを作り上げようとしている最大の理由は、フリーマン氏自身が、本当にコーヒービジネスが好きだからだろう。

 「好き」だけで突き進めるほど外食ビジネスは容易ではない。だが、ブルーボトルがフリーマン氏の希望どおり、それぞれの地域に根付いていけば、スピード感や収益向上ばかりが求められた外食産業に一石を投じることになるかもしれない。