カラオケ「シダックス」、大量閉店の全真相

今年の5月末頃、渋谷のシダックス本社に、大手カラオケ会社の幹部が集まった。会の主催者はカラオケを含むシダックスの不採算事業処理を統括する遠山秀徳副会長。「これだけのメンバーが顔をそろえるのは数年ぶりではないか」(遠山氏)という顔ぶれだった。

会合のテーマは、シダックス自身で運営するのが難しくなったカラオケ店舗を、”誰が、いくらで、どの程度引き取るか”というものだった。参加した社の中には「自分で作ったら億単位の費用がかかる。転借して店舗も安く買えるならありがたい」と、喜びを隠しきれなかった幹部もいたという。

■足を引っ張ってきたカラオケ事業

シダックス201612040004全国展開するカラオケチェーンの草分けであるシダックスのカラオケ事業が苦戦している。前2015年度決算では、カラオケ事業の資産を減損したことで、71億円もの最終赤字に転落。2016年4〜9月期も34億円の最終赤字を計上、カラオケ店は合計で78店舗という大量閉店を実施した。

 ピーク時には、全国に300店舗以上(約1万6000ルーム)を展開、2007年度の売上高は629億円と、当時2位だった第一興商「ビッグエコー」の2倍超の規模を誇った。長らく業界首位に君臨してきたチェーンだっただけに、8月に大量閉店が伝えられた際の衝撃は大きかった。

 11月中旬に開催した決算説明会の場で、志太勤一・会長兼社長はグループ全体の経営戦略の中で、「ある意味では(カラオケ)業界の中から撤退していく」と宣言。「私たちが“食事付きの身近なレジャー”という考えで、作ってきたものが時代にそぐわないものになった」(同)と、敗北を認めた。

 旗艦店「渋谷シダックスビレッジクラブ」(旧渋谷マルイワン、土地建物は自社保有)は現在、備品や内装を撤去し、他社に賃貸する準備を進めている。建物内にあったグループ会社の本社等も、隣接する「シダックス・カルチャービレッジ」(シダックスの本社も入っている)側にすべて移転させている。

 カラオケのイメージが強いシダックスだが、現在は祖業である企業・病院の食堂を運営する給食事業が売上高の40%弱、地方自治体等の公共施設管理運営、学校給食等受託が同25%強を占めており、カラオケは20%弱に過ぎない。そのうえ、カラオケ事業のセグメント損失は21億円と、グループの足を引っ張る存在になっていた(2015年度時点)。

 そもそもシダックスは最初から意図してカラオケを始めたわけではなかった。1980年代に開業した和食レストランが不振に陥り、それを補うためにカラオケを導入したところ、業績が改善。こうしてレストランをカラオケへと業態転換していったことにさかのぼる。

同業他社に店舗を貸し出した

 その後、シダックスはカラオケ事業を本格的に展開していくにあたって、健全で清潔なカラオケルームを標榜(「きれい・おいしい・うれしい」、「3世代で楽しめる場」)し、郊外主要幹線道路沿いに客室数50以上の大型店を次々と出店。「地域の新・公民館」(集いの場)も掲げ、併設する大型ホールを地元住民に貸し出す等、地域密着型の経営を進めることで、業界最大手にのし上がった。

 だが、そうした手法は、いつしか通じなくなっていった。顧客は次第に、食事や飲み物の持ち込み可や室料ゼロ円の格安カラオケを重視するようになり、シダックスは厳しい価格競争にさらされることとなった。

■同業他社へと転貸借? 
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ドル箱だった企業、グループでの利用も減る一方で、業界では「一人カラオケ」といったものが台頭。シダックスは給食発祥であることを生かし、「レストランカラオケ」を売りにしてきたが、カラオケをしながら飲食をするようなニーズも減少していった。

 赤字のカラオケ店舗をどうするかーー。難事業を任されたのが、経営陣の中で唯一、シダックス創業期から在籍し、グループ7社の社長を歴任、現在はグループ内の不採算会社の立て直し等を担当する、副会長の遠山氏だった。

 遠山氏が取ったのは、やや異例ともいえるスキームだった。まずグループ内にシダックストラベラーズコミュニティ(以下STC)という会社を設立し、カラオケ事業の赤字店舗をすべてSTCに譲渡。2016年3月末に取引先など外部の事業会社にSTCが第三者割当増資を実施し、シダックスの出資比率を35%までに圧縮。結果的に不採算店は持ち分会社が保有する形をとっている。

 だが、早期決着がベストという判断から、STCで改善が困難な店舗のうち78店舗については、9月末までに同業他社に売却譲渡、転貸借(又貸し)契約をし、自主撤退を完了している。

 撤退はまだしも、同業他社に売却譲渡、転貸借する理由は、驚くべきものだ。店舗を建てた土地賃貸契約が「当時の慣行で15〜20年間、最長で25年間もの契約期間」(遠山氏)で設定されていたのだ。

 しかも、途中解約すれば、違約金の支払い義務があるものばかり。違約金は1件で10億円にも及ぶものがあったという。しかもこの中には内装や備品などの撤去費用が含まれていない。

 そこで遠山氏は、冒頭のように同業他社の幹部を集め、譲渡や転貸借のスキームをまとめた。その際の条件は、「パート、アルバイトまで含めて雇用だけは絶対守ってもらう」(遠山氏)ことだった。

業界団体は「閉店の影響は感じない」

 シダックスへの残留を希望するスタッフは、グループ各社への配転等でも対応して全員を引き取ったと説明する。だが転貸借の場合、シダックスは契約通り、大家に家賃を払い続け、新たな運営元から家賃を受け取るため、差額は完全な持ち出しとなる。

 シダックスから店舗を譲り受けた、業務用カラオケ機器の販売・賃貸の最大手、第一興商の小林良悦・経営企画部副部長は「シダックスは当社の機器を入れている顧客でもあり協力関係にある。当社のビッグエコーを含めた、いくつかの事業者(カラオケバンバンのシン・コーポレーション等)で店舗を引き受け、継続して営業している」という。

■カラオケ業界は衰退していない

シダックス201612040007シダックスから別の運営会社に変わった場合、第一興商にとってはカラオケ機器入れ替えのビジネスチャンスになる。

 「相当な出荷増、稼働台数増につながっているのは事実。シダックスの大量閉店は、カラオケ業界の衰退の象徴のように受け止める人もいるが、逆に業界は活性化している」(小林氏)と意気軒高だ。

 一方で、「まねきねこ」ブランドのカラオケチェーンを展開し、飲食物等の持ち込み自由や一人カラオケといった低価格を武器に店舗数を増やしているコシダカホールディングスの朝倉一博常務は危機感を募らせる。

 第一興商、シン・コーポレーション等、同業他社が棚ぼた式に店舗数を増やし同一エリアに集中出店することで、業績を伸ばすドミナント戦略をとり、より激しい「陣取り合戦」が勃発する可能性があるからだ。「(業界内での)優勝劣敗がよりはっきりしだした。負けないように社内的では(利益よりも)出店の方にバイアスがかかってきている」(朝倉氏)。

 カラオケ業界の衰退の象徴のように語られるシダックスの大量閉店だが、全国カラオケ事業者協会の片岡史朗事務局長は「渋谷の旗艦店(シダックス・ビレッジクラブ)閉鎖のインパクトは大きいが、(業界自体への影響について)さほど大きなものは感じない」と答える。

 カラオケの参加者人口は、2011年の東日本大震災での落ち込みはあったものの、2015年まで毎年10万人単位で、カラオケルーム数も数百〜1000以上のピッチで微増が続いているからだ。個人消費支出も冴えないことから、人々は「安近短」レジャーの王道であるカラオケへとじわり回帰しているようだ。全国にはまだカラオケの空白地域があり、大手カラオケチェーンのフランチャイズとして、地元の飲食店や旅館業者が参入して、成功している事例も多いという。

 シダックスは今後、カラオケ店舗の空いたスペースを、カルチャースクールやフィットネス、エステ施設に改装。「カラオケをやめるわけではなく、カラオケもある」(志太会長兼社長)という複合店舗化で展開していくという

 一方で、好調の自治体からの管理受託(大新東、シダックス大新東ヒューマンサービスのトータルアウトソーシングサービス)を、より太く育てていく方針だ。

 果たしてカラオケ事業は存続できるのか、それとも不採算店と同じように業態そのものを売り払ってしまうのか。シダックスは重大な局面に差し掛かっている。