日清食品が「炎上」しても攻め続けられる理由
■「WOMJアワード」の大賞に日清食品が選ばれた今年も終わりが近づき、流行語大賞やヒット商品番付など今年、注目された話題がさまざまな賞(アワード)として表彰されています。今年は、日本のネット上におけるクチコミで最も話題になった企画を表彰する「WOMJアワード」が新設され、初の大賞に日清食品が輝きました。
日清食品といえば、今年の3月に放映した「OBAKA's UNIVERSITY」というテレビCMについて、視聴者からの一部から強い批判が寄せられたことで放送中止となったことが話題になったことを覚えている方も少なくないでしょう。
今回の日清食品の大賞受賞は、もちろんこの「OBAKA's UNIVERSITY」だけで選ばれているわけではありません。実は今年の日清食品は、「10分どん兵衛」に、チキンラーメンのバズ動画、さらには「謎肉祭」とネット上の話題を量産していた年でもあったのです。
簡単にそれぞれの企画をご紹介しましょう。
「10分どん兵衛」は正確には今年ではなく昨年12月に実施された企画になります。もともとは、タレントのマキタスポーツさんが提案した「お湯を入れて10分待ったどん兵衛がめちゃくちゃ美味しい」という自然発生の話題が起点。
それに対して日清食品はすかさずスピード対応で、謝罪形式のウェブサイトを展開。売り上げが前年比150%にまで伸びる驚きの展開になったそうです。
参考:日清食品「10分どん兵衛」がネットで話題化 売上50%増加した理由とは
チキンラーメンのバズ動画
チキンラーメンのバズ動画は、「侍ドローン猫アイドル神業ピタゴラ閲覧注意爆速すぎる女子高生」というタイトルで7月にYouTubeに投稿されたネット動画のこと。いわゆるバイラル動画と呼ばれるネット上で話題を読んだ動画の要素を、チキンラーメンを作っている時間の3分弱の動画に詰め込み、今も昔も変わらずに愛されているチキンラーメンのおいしさを表現するという逆説的な表現方法で話題を呼び、100万回以上再生されています。
■自虐的なネーミングで大きな注目を集めた
「カップヌードルビッグ "謎肉祭" 肉盛りペッパーしょうゆ」は今年9月に発売されたカップヌードル誕生45周年記念商品。商品のコンセプトはもちろん、あえて自虐的とも言えるネット上の呼び名を製品につけた日清食品の姿勢が発売と同時に大きな注目を集め、あっという間に品切れに。オークションで数倍以上の高値がついて転売されるような話題を呼びました。
「おバカへの疾走篇」にこめられたメッセージ
そして冒頭でもご紹介した「OBAKA's UNIVERSITY」。3月に公開した第1弾は、批判を受けて放映を中止する形になりますが、5月には第2弾として「テラ幸子篇」を公開して再び話題に。さらに、個人的に最も興味深いのは9月に第3弾として公開された「おバカへの疾走篇」です。
■日清食品の覚悟
この第3弾では、学長役のビートたけしさんがスクーターで疾走する背景に、こんなメッセージが語られています。
こんな時代にバカをやる。
それ自体に意味なんてない。
叩かれて、叱られるだけだ。
でも、オレたちはバカをやる。
それは、時代を変えるためじゃない。
時代にテメエを
変えられないためだ。
誰もがビートたけしさんの姿に、日清食品の覚悟を重ねてしまう力強いメッセージと言えるでしょう。
何を隠そう、私自身、3月の騒動の際に東洋経済オンラインで「日清『バカやろう』CMの謝罪騒動が示す皮肉」(4月12日配信)を寄稿し、「われわれの予想を上回るようなカップヌードルらしい攻めの第2弾CMを公開される日を、期待したいと思います」というコメントを寄せていただいておりました。 この第3弾は私個人の期待をはるかに超えた力強いメッセージが込められていました。一般的には、大企業がテレビCMやマーケティングで炎上に遭遇してしまうと、企業全体が自粛ムードに転換し、リスク回避のために新しい挑戦を一時的にやめてしまいがちです。 今回の日清食品の中でも、「OBAKA's UNIVERSITY」第1弾の炎上は驚きを持って受け止められたはずで、ある程度表現方法を無難にしたほうが良いのではないかという議論も当然あったはず。
それをものともせずに、5月には第2弾、9月には第3弾と継続。他のブランドにおいても7月のバズ動画や9月の謎肉祭と、会社全体が攻めの姿勢を継続し、挑戦をし続けることができているのです。
なぜ攻めの姿勢を続けることができるのか
日清食品は、なぜ炎上しても攻めの姿勢を続けることができるのか。そこには、日清食品の会社としての広告にかける思いとトップから現場までの関係者の覚悟があるようです。
「当社では広告やコミュニケーションにトップが深くコミットしているので、企画の検討から決定までのスピード感が違うんです」。WOMJアワードの授賞式で、「なぜ日清はこんなに攻めた企画をスピード感を持って実施できるのか?」と質問された日清食品ホールディングス宣伝部の東鶴千代係長はこんなことを語っていました。
■「話題のスパイラル」傾向が強くなっている
最近では、ネットの普及によって視聴者の批判が可視化されるようになった結果、ちょっとした過激な表現で一部の視聴者の神経を逆なですると、ネット上に批判の声が出てしまい、その批判をメディアが取り上げて実態以上に批判が増幅されるという「話題のスパイラル」傾向が強くなっています。
さらには視聴者が企業の連絡先を簡単に検索し、電話をかけられるようになったため、一度批判が起きてしまうとコールセンターにクレーム電話が殺到しやすい時代になってもいます。
その関係でテレビCMの表現が批判を呼び、テレビCMの放映が中止になるというケースも年々増えてきている印象がありますし、テレビ番組自体も過激な企画がやりにくくなってしまったという嘆きの声が良く聞かれます。
大企業の経営陣にとっては、批判を避けるために無難な広告表現に終始するほうが安全だという思考回路になるのが普通でしょうし、炎上してしまった際の社会的批判のリスクを考えると、そうした保守的な思考になること自体は必ずしも批判されるものではありません。
それでも日清食品にとって「広告」とは企業の思いを顧客に伝えるための重要なコミュニケーション手段であり、トップの経営陣も現場の担当者も覚悟を持って重要視しているからこそ、一度の炎上で会社の方針を変えることなく、会社全体で攻めの姿勢を続けていることができているということが言える気がします。
炎上を経験しているからこその視点
逆に言うと、炎上を経験しているからこそ、踏み越えてはいけない表現のラインを確認することができ、ノウハウが組織に溜まることで、より攻めの姿勢を維持することができるサイクルがまわっているのかもしれません。
一般的な大企業は、ネットで炎上に遭遇すると炎上自体に恐怖感を感じてしまい、ネットやデジタルの施策から距離を取ってしまいがちです。また、ネットで炎上を経験したこともないのに、他社の炎上事例を見ながら恐怖を感じて、ネットから距離を取っている企業も少なくありません。
ただ、顧客のネガティブな感情が拡がる「炎上」という現象と、顧客のポジティブな感動や喜びのクチコミが拡がる現象は、実は裏表の関係。
ネットやソーシャルメディアの普及で、顧客がメディア化したことにより、ネガティブな感情もポジティブな感情も短期間で大勢に拡がる可能性が見えてきているわけです。
■無難な企画は話題になるわけがない
そういう意味では、話題になるようなクチコミ施策は、多少の批判や炎上のリスクを抱えていると言うことも言えますし、批判がおきる要素が全くないような無難な企画は話題になるわけがないとも言えるわけです。
特に日清食品の成功事例を見ていて興味深いのは、一見ネタに走っているように見える施策においても、ちゃんと商品の魅力や世界感につなげることを明らかに意識されている点です。
日清食品においては、広告やコミュニケーションを通じて商品を知ってもらい、、企業側の思いを知ってもらい、多くの人に日清食品の商品を食べてもらいたいという明確な目的があるからこそ、批判や失敗を経験しても、それを糧にさらなる新しいコミュニケーションに挑戦し続けているということなのかもしれません。
そう考えると、今後もしばらくクチコミの王座の座には日清食品が君臨し続けるような気もしてきますが、この王座を脅かすような攻めの姿勢のマーケティングの出現にも期待したいところです。