編集者に聞く「元祖・田中角栄本」の秘話

尋常小学校(現在の中学校)卒という政治家としては異色の経歴を持ちながら、総理大臣にまで上り詰めた田中角栄。日中国交正常化を成し遂げるなど、戦後の黄金期に政治リーダーとして活躍したが、「ロッキード事件」をはじめとする金銭スキャンダルによって失脚。“金権政治家”のイメージをぬぐえないままこの世を去った。

そんな波乱万丈な人生を送った田中角栄を題材とした書籍が近年大ブームとなり、さまざまな出版社が“田中角栄本”を立て続けに出版している。

 ブームの火付け役となったのは、宝島社が発行するムック本『別冊宝島 田中角栄という生き方』だ。編集を手掛けたムック局 第一編集部の欠端大林(かけはた ひろき)氏は、出版業界がまだ田中元首相に焦点を当てていなかった2014年に、田中氏の“伝説”として語り継がれる豪快なエピソード、仕事術、田中氏の全盛期を知る人々のインタビューなどを同書にまとめ、他社に先駆けて出版。ムック版と文庫版を累計して27万部の大ヒットを記録した。

 しかし、欠端氏は「ベストセラーを狙うつもりも、ブームの仕掛人になるつもりもなかった」と語る。では、彼はどのような目的で『田中角栄という生き方』を世に送り出したのだろうか――。

●出版を決めたきっかけは?

――田中角栄に関する本を出版したいと考えたきっかけは何だったのでしょうか?

欠端: 日々の取材活動の中で、とある関係者の方から「田中角栄についての未発表の写真がある」との情報提供を受けたことがきっかけです。情報を耳にした時は、その写真を前面に打ち出した、スクープ的要素の強い書籍を制作するつもりでした。

 しかし、実際に写真を見てみると、愛人と過ごすプライベートな姿を写したものや、ロッキード事件に関するものではなく、インパクトに欠けていました。戦後の政治史に残るような重要な写真を想定していたので、計算が狂ったわけです。

――それでも企画を続けた理由は、何があったのでしょうか?

欠端: 田中角栄が生きていた時に、必死で取材していた人たちの仕事に敬意を表するためです。例えば、1980年代に田中角栄に密着取材を行い、『田中角栄全記録』(集英社)という写真集を出版した山本晧一さんというカメラマンがいます。彼は、あらゆるメディアが「角栄は巨悪である」と激しいバッシングを行っていた時期に、後ろ指をさされながらも田中角栄を撮り続けていました。

 彼らの作品を改めて世に出し、現代の人たちに知ってもらうことに意味があると考えました。ちょうど、山本さんが都内の大学にご自身の体験を講義に行かれたところ、大学生が田中角栄のエピソードを興味津々で聞いていたという話を耳にしたので、幅広い世代に向けた入門書に変えました。

 書籍の売れ行きはさほど重視しておらず、正直に言いますと、1万〜1万5000部程度を想定していました。

●大ヒットの理由は「田中角栄を再評価したこと」

――結果的にベストセラーになった理由については、どうお考えですか?

欠端: ロッキード事件以降の出版業界において、田中角栄は「金権政治家」としてのレッテルを貼られ続け、“ジャーナリズムの敵”であり続けていました。1993年に亡くなった後も、彼を擁護することや政治的に評価することは許されないという風潮がありました。

 しかし、彼は根っからの悪人ではないと思います。欠点が多い人でしたが、それを上回るスケールの大きさと人間的な魅力を持つ人だったはずです。

 現に、彼の地元である新潟の方をはじめ、ご本人と一度でも会ったことのある人は、彼の悪口を言わないという逸話があります。「角さんはああいう面もあるけど、私は嫌いじゃないよ」という人が多いと。

 国民の中にも、田中角栄の全盛期を知る60代以上の方には、「田中角栄は正当な評価を受けていたのだろうか」「悪の権化のようにバッシングされ、総理の座を降りたのは正しい結末だったのだろうか」と、心の底に引っかかるものがあったと思います。

 後付けになってしまいますが、私が手掛けた本は出版業界においては珍しく、田中角栄を再評価するような内容でしたので、当時のバッシングに違和感を抱いていた人たちの心に刺さったのかもしれません。年配の読者からは「田中角栄を再評価してくれて良かった」という肯定的な言葉を多くいただきました。

●若い世代の読者も多かった

――若い世代の読者も多かったと聞いていますが、受け止め方は世代間でどのように異なったのでしょうか。

欠端: 若い人は、本書をエンタメとして読んでくれたようです。いまの時代は、隠し子がいたり、失言したりすると、すぐさま叩かれて辞職に追い込まれます。“ゲス不倫”などといわれてね。そんな中で、不倫したり隠し子がいたりする中、総理大臣になってしまった田中角栄という男は、彼らにとっては衝撃ですよね。

 当時の世論には「不倫するくらいの器量がないと、大臣は務まらない」という寛大さもありました。若い世代は「そんな時代があったのか! こういう考え方も悪くないかもしれないな」と受け止めてくれているようです。

●ベストセラーに方程式はない。オリジナリティこそ全て

――『田中角栄という生き方』に続いて、欠端さんが手掛けられた名言集『田中角栄 100の言葉』も74万部を突破と大ヒットを記録しています。ベストセラーを生むためのコツがあるのですか?

欠端: いえ、全くありません。日々の真摯に仕事に取り組んできた結果ではないでしょうか。編集者を20年以上やってきましたが、良い結果が出たときもあれば、うまくいかない時もありました。今回はたまたま良い方向に転がっただけです。「こうすれば売れる」という方程式のようなものには、いまだに辿りついていません。

 私の着眼点や編集の仕方が良かったというよりも、田中角栄という人間が持っている力、すなわち「素材の良さ」が大きかったと考えています。

 ただ、自信を持って言えるのは、私が手掛けた角栄本は、ブームに乗ったわけではない、“オリジナル”の出版物だということ。私が日々の取材で得た情報をもとにし、編集者人生で培った人脈に助けられながら、世の中に伝えたい事を本にしたところ、運よく良い結果が出たというふうに捉えています。

――欠端さんは、いまの「角栄本ブーム」をどう捉えていますか?

欠端: 私が『田中角栄という生き方』を出したあと、類似する出版物が計200点ほど出ているようです。中には、私の本とコンセプトがほぼ同じものもあると聞きます。ブームに乗って類似した企画を出したほうがヒットにつながりやすく、利益を生みやすいという構図は理解できますが、出版業界は売れた本の“2匹目のドジョウ”を狙う傾向が強すぎるのではないでしょうか。

 私は現在の出版業界を取り巻く風潮とは距離を置き、「独自性のある本をつくる」「人のまねをしない」という精神を忘れず、オリジナルの書籍を世に出すことを続けていきたいと思っています。