和牛「A5信仰」見直し始まる 30年でサシは倍増していた

「サシが入るほど良い牛肉」という和牛信仰が見直され始めている。脂が多い肉は本当に良い肉なのか。食文化に詳しい編集・ライターの松浦達也氏が解説する。

ようやく「A5信仰」に一石が投じられた。浅草の老舗すき焼き店が自店で提供する肉の基準を見直したところ、「”脱”霜降り!?」などと大々的に報じられたからだ。

実際のところ、この老舗が行ったのは従来からの肉の仕入れスタンスをより明確にしただけのことだった。以前、取材したときに言っていたのは「うちの割り下には、4等級のサシが合う」、「脂は量もさることながら質が大切」。脂についてはおおむねこの2点に集約される。

ざっくり言うと「A5」の「5」は「肉質等級」と言われ、脂肪交雑――霜降りの度合いを表す。5等級がもっともサシが入り、1がもっともサシが少ない。

もうひとつの指標もある。BMS(ビーフ・マーブリング・スタンダード)という12段階の基準で、肉質等級の5段階に対応しておりBMS12〜8が5等級、BMS7〜5が4等級、BMS4〜3が3等級、BMS2と1はそれぞれ肉質等級2と1に対応する。つまり肉質等級の高い肉について、より細かい指標を定めたものだ。もっとも昭和の頃に作られた、見た目のみの判断基準ではあるが。

先の老舗にしても、いままでA5を使っていたといってもBMSでは9か8くらいの印象だった。つまり5等級としてはサシが少なめの肉を使っていた。だが同じ基準でも、サシの入り方はこの30年ほどで大きく変わっている。芝浦の食肉市場のベテラン業者などは「30年前はサシが3割入っていれば BMS12〜10と判定されたのに、いまは6割ないとそうはならない」という。

実際この傾向はデータでも裏付けられている。1985年に農林水産省畜産試験場らのチームが報告したデータではBMS12、11の「特選和牛」の粗脂肪含量は31.7%となっている。だが13年後、1998年の北海道農業研究センターなどのチームは、 BMS10以下の群に粗脂肪含量39%の牛がいるというデータで論文報告を行っている。また2009年、味覚と食嗜好研究所らによる報告では、百貨店で販売されていた5等級の和牛サーロインに粗脂肪量69%の肉があったという。「同じ等級でもこの30年で脂肪含量が倍になっている」という市場関係者の見方はやはり正しかったのだ。

国の施策に疑問を呈する流通関係者もいる。

「生産効率を重視した農林水産省が29か月目標だった肥育期間を24〜26か月目標に短縮しました。食味のことを考えると、最低でも30か月以上は肥育してほしいんです。また枝肉重量も480kgに上げろとも言いますが、個人的には体重も450kg程度におさまるような血統のほうが好みですし、レストランのシェフからもそういう肉を求められる。大量生産、大量消費ではなく質の向上と多様性の時代だと思うんですが……」

振り返ってみれば、こんな原稿を書いている僕を含め、一連のサシ騒動の流れで絶対的な「正義」を唱えられる人がどれだけいるのだろう。「A5」という表記に惹かれたことのない者、ポジティブな意味で使ったことのない者だけが、その霜降りに石を投げなさいということになりはしないか。

素牛(子牛)の価格は高く、肥育農家の経営も楽ではない。『サシが入る』『増体性のいい』血統が重視され、一定のサイズになれば出荷する。だがそれは「経済性」で回る市場からの要求に従っただけかもしれない。そして市場は消費者を写す鏡である。ある生産者がこんなことを言っていた。

「結局のところ、われわれのところには、市場で売れた価格という形でしか評価が届かない。味への評価が何かの形で得られれば、張り合いもあるんですが……」

精肉店やスーパーを経てでも「おいしかった」という声が生産者に届けば、そして「少し高くとも安全でおいしい肉」を求める声がもっと顕在化すれば、潮目が変わる可能性は十分あるはずだ。

国、自治体、生産者、流通、飲食店、メディア、消費者……。誰の肩にも責任はある。日常で口にするものについて、われわれ消費者自身も見つめ直すときが来たのかもしれない。