高級車「レクサス」が売れている理由

東京・永田町――。政治家が集うこの場所では、日夜関係なく黒塗りの高級車を目にすることができるだろう。昨今その光景に微妙な変化が起きている。かつては独Mercedes-Benz(メルセデス・ベンツ)が大勢を占めていたところに、トヨタ自動車の高級ブランド、Lexus(レクサス)が存在感を強めてきているのだ。

もっとも、永田町に限らず、街中でレクサスが走る姿を見る機会が増えたと感じている方は多いかもしれない。

 それもそのはず。レクサスは新車販売台数を勢い良く伸ばしていて、2016年には国内で5万台を初めて突破した。全世界でも67万7615台(前年比104%)と、4年連続で過去最高の販売実績となった。

 若者のクルマ離れが叫ばれるなど日本の自動車マーケットが伸び悩む中、なぜレクサスは好調なのだろうか。元々は米国市場向けのブランドだったレクサスが日本で展開をスタートしてから12年。いよいよ普及の次の段階に入ったと言えるが、この陰には高級ブランドには似つかないほどの地道な活動があったのだ。

●雪上で“大人の遊び”

 「こんな雪山をホントに進めるの?」

 「どうぞ思い切ってアクセルを踏んでください!」

 2017年2月末、北海道の玄関口である新千歳空港(千歳市・苫小牧市)からほど近い場所にある「新千歳モーターランド」。まだまだ春はほど遠く、大雪の降り積もる広大な敷地で、一般向けのあるイベントが行われた。

 参加者は1000万円を超えるレクサスの最上位モデルSUV「LX570」を運転して林道を分け入り、文字通り“道なき道”を突き進んでいた。これは「SNOW TREK」というレッスンプログラムだ。ほかにも雪上をスポーツカーでドリフト走行する「SNOW SLIDE」や、カートレースが用意されていた。

 これはレクサスが主催する「LEXUS AMAZING EXPERIENCE THE 7th DRIVING LESSON -snow program-」というイベントだ。参加費は2泊3日のパッケージツアーで約20万円と決して安い値段ではないが、夫婦やクルマ好きの男性など7組、計14人が参加した。そのほとんどがレクサスオーナーではない。

 「革新的で驚きに満ちた体験を“大人の遊び”として提供するというテーマを掲げるこのイベントは、レクサスが定期的に開催するドライビングレッスンで、今回が7回目となる。同レッスンのプリンシパルを務める木下隆之さんをはじめ、井口卓人さん、寺田昌弘さん、番場琢さん、三橋淳さん、そして脇阪寿一さんと、プロのレーシングドライバーがインストラクターになって、さまざまなシーンでのレクサスの運転を体験する。すべて日常では滅多に経験できないことばかりだ。

 参加者は童心に返ったように歓声を上げたり、頬を紅潮させながら息を弾ませたりと、雪の中の“大人の遊び”を堪能していた。参加者の一人は「これまで欧州メーカーが主催する同様のイベントに行ったことはありましたが、レクサスがやっているのを今回初めて知りました。日本企業でもこうした取り組みをするのは意義があると思う」と感想を述べた。

●ドライビングレッスンだけではない

 レクサスがこのような活動を本格的にスタートしたのは2013年。最初はサーキット場でレーシング技術などを高めてもらうような、純粋なドライビングレッスンだったが、昨年からは宮古島のオフロードで限界走行に挑戦するなど、より非日常感や驚きを味わってもらうようなプログラムを設けている。

 「コト消費と言われて久しいですが、単にお金を出せばできるようなことではなく、レクサスを通じてより充実した経験をしてほしいと考えました」と、レクサスブランドマネジメント部 Jマーケティング室 グループ長の宮永悦充氏は意義を説明する。

 レクサスにとってライバルと言えるブランドは、Audi(アウディ)、BMW(ビーエムダブリュー)、そしてメルセデス・ベンツのジャーマン3だ。現在のAMAZING EXPERIENCEを打ち出すことになった背景には、かつてこの3ブランドと比べて「革新」「感動」「デザイン性」といったイメージが弱かったという市場調査結果が出ていたからだ。

 「レクサスは日本では環境への配慮、品質、サービス満足度などの評価は高かったのですが、革新性といったイメージは劣っていました。それをどうにかしたいということで、先進的なブランドイメージを強くする活動に取り組んだのです」(宮永氏)

 非日常感を味わえるドライビングレッスンに加えて、ファッションやモノづくり、アート、旅、食など、レクサスが顧客ターゲットとする富裕層や情報感度の高い人たちが興味を持ち、彼らの間で話題になりやすいものに標準を定めてブランディング活動をしてきた。時を同じくして、レクサスブランドマネジメント部という新組織を立ち上げた。

 例えば、食に関しては、東京・青山にブランド発信スペース「INTERSECT BY LEXUS- Tokyo」を2013年8月にオープン。狙いは単なるクルマのショールームではなく、一緒に食事を楽しめるレストランやグッズショップなどを同じ空間に併設することで、よりレクサスが持つブランドイメージや、提案するライフスタイルの姿などを伝えやすいと考えたからだ。

 「富裕層の求めていることは一人一人異なります。一口に芸術が好きだと言っても幅が広いわけです。すべてを追いかけることはできませんが、レクサスがさまざまな分野で触媒になっているのだ、そこにかかわる人たちを支援しているのだということを理解してもらうきっかけになればと思います」(宮永氏)

●熱狂的なファンを作れ

 レクサスが販売台数を伸ばしているのは、こうしたブランディング活動だけではない。当然、クルマという商品そのものにも磨きをかけた。

 その代表例が2012年から採用しているスピンドルグリルデザインだ。これを全車種に取り入れたことで、一目でレクサスブランドのクルマだと分かるようになった。

 2013年には約7年半ぶりに中型セダン「IS」シリーズをフルモデルチェンジしたことで、それが欧州車と肩を並べる評価を受けるようになった。また、2016年1月に「デトロイトモーターショー」で新型ラグジュアリークーペ「LC500」、およびそのハイブリッドモデル「LC500h」を発表したことで、今までは見られなかった顧客層が関心を示すようになったという。従来のセダンやSUV(スポーツ用多目的車)といった実用的なクルマだから買うのではなく、クーペならではのエモーショナルな走りを求めるような層だ。

 「クーペやスポーツタイプのFモデルがレクサスの商品に追加されたので、クルマ好きという顧客層も格段に増えました。これまではセダンのラインアップが多く、他メーカーと比べると選択肢が少なかった面があります。この数年間で充実したのは大きいです」(宮永氏)

 加えて、レクサスの売り上げ全体をけん引しているのがSUVだ。もともと高級クロスオーバーSUVというセグメントを切り開いたのが「RX」で、そこから他社が追随してきたという歴史がある。現在は、RXよりも少し小型の「NX」、そしてRX、LXのSUVモデルでレクサスの全販売台数の約6割を占めるほどの主力となっている。

 トヨタは今、「もっといいクルマづくり」という理念を掲げている。この理念はレクサスにとっても変わらない。その上でレクサスが求めるのは熱狂的なファン作りだ。

 「よく福市(得雄レクサスインターナショナルプレジデント)が言うのは、『このクルマを本当に愛してくれる人が買ってくれればいい』。例えば、スピンドルグリルは深海魚みたいで嫌だという人もいますが、一方、このデザインに惚れて買ってくれる人もいるのです。とりわけラグジュアリーブランドは、誰もが好きになってくれる中庸なデザインではなく、好き嫌いがはっきり出るようなものでないと駄目だと思っています。そうでないと熱狂的なファンは生まれません」(宮永氏)

 今後さらに販売台数を7万、10万と伸ばしていくのではなく、レクサスというブランドを愛してやまないファンを一人でも多く作っていくことの方が優先度は高いという。顧客の数よりも質。それこそがライバルメーカーとの競争に勝ち抜くための近道でもあるのだ。