トヨタ「アクア」大ヒット車が密かに抱く憂鬱

トヨタ自動車のコンパクトカー「アクア」。2011年の登場以来、普通乗用車(軽自動車除く)の車名別販売ランキングでつねに上位に食い込んできたヒットモデルだ。2013〜2015年は3年連続で暦年1位。今年上半期(2017年1〜6月期)も前年同期比約3割減ながら約6.4万台を売り、トヨタ「プリウス」(1位)、「C-HR」(3位)、日産自動車「ノート」(2位)に次ぐ4位につけた。

車両本体価格で200万円を軽く超えるプリウスよりも割安ながら、排気量1500ccのガソリンエンジンとモーターを併用するハイブリッド専用車としての燃費性能や、老若男女を選ばないデザインも受け入れられている理由だろう。ご近所の手前、乗っていて恥ずかしくない一方、ドイツ製輸入車のようにぜいたくにも見えない点から、セカンドカーユースだけでなく、1家に1台のファーストカーでも耐えうる商品性がある。

そのアクアが悩ましい状況にある。

■「3代目アクア」という表現が話題になっている理由

 今年6月19日、アクアはマイナーチェンジ(一部改良)を実施した。デザインを一新するとともにボディ剛性の強化やタイヤサイズの大径化などにより、乗り心地を向上。エンジン改良やハイブリッドシステムの制御を見直して、最高でガソリン1リットル当たり38.0キロメートル(38.0km/L、JC08モード)という高い燃費性能を達成した。クロスオーバースタイルの新グレード「Crossover」も設定された。

一方、マイナーチェンジ直後からオンエアが始まったテレビコマーシャルで流れたコピーが、自動車業界関係者の間で話題となっている。「三代目アクア」という表現だ。

 日本の乗用車において、「●代目」という表現は、その車名やコンセプトなどを引き継ぎながらも、クルマそのものをゼロから作り替える「フルモデルチェンジ(全面改良)」を行った場合に使われることが多い。たとえば、トヨタのプリウスは過去3回フルモデルチェンジしており、2015年末に登場した現行モデルは「4代目」と自動車業界内外で認識されている。

一方、アクアはこれまで一度もフルモデルチェンジを行っていない。テレビコマーシャルには画面上に小さい文字で、2011年のデビュー、2014年のマイナーチェンジを経て、今回のマイナーチェンジモデルを「三代目」としている旨の注意書きが入っていた。

■フルモデルチェンジできないジレンマを象徴している

 厳密には「初代アクア」のままのモデルを、今回のマイナーチェンジで「三代目」と大きくアピールしているというわけだ。それはアクアがフルモデルチェンジをしたくても、なかなかできないというジレンマを象徴しているようにも見える。

アクアのこれまでの輝かしい販売実績から考えれば、次期型へ刷新すれば一定以上のヒットが見込めるモデルであることは疑いようがない。2代目アクアがいずれは登場するだろうと、自動車業界内でも考えられている。ただ、すでに6年目に入っているアクアがこのタイミングでマイナーチェンジをしたということは、直近、少なくともここ1年ぐらいの間に次期型へ切り替わる気配は薄い。次期型の確定的な情報もほとんど聞こえてこない。フルモデルチェンジにはまだ時間がかかりそうなのだ。

トヨタはいま新型車について、TNGA(トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー)という、新世代プラットフォームの採用を進めている。第1弾が現行の4代目プリウス。続いて昨年末に登場した新型SUV「C-HR」、今年7月に国内で発売した新型「カムリ」でも用いられた。

 今後はトヨタ車全体でTNGAを展開していくことになるのだが、特にコンパクトモデルのモデル・チェンジ・スケジュールが、このTNGAの導入との兼ね合いでずれ込んでいるとの話もある。今年1月に実施されたトヨタのコンパクトカー「ヴィッツ」のマイナーチェンジもTNGAを採り入れた次期型がデビューするまでの「延命策」ともいわれている。アクアについても同じ構図が当てはまりそうだ。

それを反映してか、トヨタもアクアに従来のような大ヒットを見込んではいないようである。アクアの2016年(暦年)の販売台数は16万8208台。月平均で約1.4万台を販売したが、「3代目」と銘打っている最新アクアの販売目標は月間1万台と控えめだ。今年上半期(2017年1〜6月)の月販平均とほぼ同水準。マイナーチェンジとはいえ、多少の刷新効果も見込まれる中で、やや弱気の目標にも見えてしまう。

 ただ、かつて月販平均2万台以上を売った、アクアの絶対的な優位性も崩れている。今の最大のライバルは日産自動車「ノート」。2016年11月にマイナーチェンジを行い、同時に新開発のパワーユニット「e-POWER」 を導入した。

ノートe-POWERは、従来のノートと基本的に同じ1200ccエンジンに、電気モーターを組み合わせている。ただしエンジンは走行には使用せず、発電機を回すことに徹しており、前席下に収めたリチウムイオンバッテリーに貯蔵し、この電力で走る。「レンジエクステンダーEV」と呼ばれる電気自動車(EV)のような走行特性など、日産ファンを中心として、新しい顧客も呼び込むヒットとなっている。

 ホンダ「フィット」も6月29日にマイナーチェンジを実施しており、商品性を上げてきている。さらに7月12日にはスズキ「スイフト」にハイブリッドシステムが追加された。アクアのマイナーチェンジが目立つ状況にはない。

■基本設計が古い

 それだけではない、発売から6年が経ったアクアは、燃費性能こそ高いものの、最新の車種に比べて基本設計が古く、安全装備で競合に比べて見劣りしている。

 アクアはテレビコマーシャルで自動ブレーキを装備していることをアピールしている。ただ、このシステムは「トヨタセーフティセンスC」と呼ばれるシステム。衝突する危険性を察知した場合には自動ブレーキが作動するものの、検知する対象は前方車などに限られており、上級車向けに採用されている「トヨタセーフティセンスP」のように歩行者は検知できない。実はダイハツ工業の軽自動車「ミライース」に採用されている自動ブレーキ「スマートアシスト」の最新バージョンに劣るスペックとなっている。

ライバルのフィットは今回のマイナーチェンジで「ホンダセンシング」と呼ばれる衝突回避システムを採用、ノートやスイフトも含めてこれら競合車の自動ブレーキは歩行者検知機能を持っている。燃費や走行性能などの基本的な能力は高くとも、先進装備のアップデートが遅れぎみなアクアは、目の肥えた日本のユーザーへの訴求力という点ではライバルに見劣りする部分は否定できない。

 レンタカー向けをはじめとする「フリート販売」は販売台数を確保するうえでの頼みの綱の一つとなるかもしれないが、アクアには降雪地帯に欠かせない4WDの設定がないのはちょっと悩ましい。たとえば、北海道は旅行客向けのレンタカー需要が旺盛な地域だが、冬場を考えるとFF(前輪駆動)のみのアクアを積極導入しにくいだろう。

ノートはe-POWERこそFFのみながら、ガソリン車には4WDの設定があり、ここへ来てフリート販売が目立っていると指摘する販売現場の声がある。また、フィットやスイフト、マツダ「デミオ」も4WDの設定がある。

 マイナーチェンジをしたばかりのアクアが、2016年の実績を大きく下回る販売目標を設定しているという事実は、4WDがないハンデを映し、フリート販売も含めて競合車種と比べたときの相対的な競争力の低下を意識しているのかもしれない。