ヒアリの天敵「ゾンビバエ」が怖すぎる 生きたままヒアリの脳を食べ、生首ポロリ!

「地球ドラマチック」(NHKEテレ)2017年7月22日放送
増殖中!ヒアリ 大地を支配!毒針の脅威

ヒアリが日本各地で次々と発見されている。日本では人間を刺す被害ばかり強調されているが、米国や豪州などすでに増殖している国々では農業や産業への甚大な被害が深刻化している。

ヒアリの学名はソレノプシス・インヴィクタ。「インヴィクタ」とはラテン語で「攻略不可能」という意味だ。増殖を食い止めるカギが実はある。その名も「ゾンビバエ」というヒアリよりさらに恐ろしいヤツ。毒には毒の作戦は成功するだろうか。

南米ではヒアリより獰猛なアリがゴロゴロ

番組スタッフは、ヒアリの本来の生息地・南米アマゾンのジャングルを訪ねた。だが、現地の人々の間では、とりたてて「危険なアリ」として問題になっているわけではない。ヒアリ以外にも攻撃的なアリが多いからだ。もっと獰猛なグンタイアリやハキリアリなどだ。さらに、のちに紹介するが、恐ろしい天敵「ゾンビバエ」がいる。ライバルが多いためヒアリだけが生態系を破壊するほど増えることがなかった。ところが1900年代半ば、ヒアリが貨物船に運ばれ、米国に上陸したことから状況は一変した。ライバルのいない土地でヒアリは猛繁殖を始めた。北アメリカを席巻してフィリピン、中国、タイ、オーストラリア、そして日本に侵入した。

ヒアリを30年間研究しているテキサス大学のミッキー・ユーバンクス博士が、ヒアリの環境への高い適応力能力を実験で見せた。川の中にヒアリの群れを放つと、ヒアリが集まっていかだのようになり水に浮かぶ。1匹1匹が強いあごを使ってつながり合い、布のようにしっかりした塊になるのだ。博士がそれをピンセットで持ち上げたり、網ですくったりしても崩れない。そして、その上に卵や幼虫、女王アリを乗せて守る。だから、洪水も乗り切ってしまう。もともと生息地のアマゾンでは頻繁に洪水が起きていた。

ユーバンクス博士「いかだを作っている働きアリの中には途中で溺れ死んでしまうものもいます。仲間のために命を犠牲にするのです。このような行動はアリやハチの世界でよく見られるものです。いかだが安全な場所にたどり着くとヒアリは水から上がり、新たな棲みかを見つけるため移動し始めます」

ヒアリはもともと湿気の多い熱帯雨林に生息したが、様々な環境に適応することができる。氷点下10度になる寒冷地にも巣を作る。都市部でも手頃な土地さえあれば、たちまち巣を作る。1つの巣には25万匹のヒアリが住むことができる。そして、巣と巣を結ぶため地中にトンネルを張り巡らせて、一大コロニーを作る。1つのコロニーが数百万匹になる地下帝国の例もある。その際、ヒアリが好むのはトンネルを掘りやすい土、つまり人間の手で掘り返された柔らかい農地だ。

ヒアリは縄張り意識が強く、近づいた生き物はすべて抹殺

ユーバンクス博士「ヒアリは縄張り意識が非常に強く、縄張り内の生き物はすべて攻撃してエサにします。そして、縄張りに侵入しようとするものは、人間でも他の昆虫でも、何が何でも排除しようとします。ヒアリは巣の中心から偵察を出します。偵察は地下のトンネルを通って縄張りのあちこちに向かいます。ヒアリは在来種のアリより小さいものの、遥かに攻撃的でほとんどの場合、相手を打ち負かしてしまいます」

ヒアリが自分より10倍以上大きなアリの巣を攻撃する映像が凄まじい。アゴを使って敵にしがみつき、お腹の先にある毒針を何度も刺す。先端がギザギザになっており、毒はスズメバチと同じくらい強力だ。戦いが始まるとヒアリは体からニオイを出し、仲間に応援を求める。圧倒的な数のヒアリに囲まれ、大きなアリはなすすべもなく次々と殺されていく。ヒアリに刺されると、スズメバチなどと同様、強いアレルギー反応を起こし、命を落とす危険性がある。だから米国では、ヒアリの生息地では子どもに公園で遊ばないよう、注意を呼びかけている。日本でもヒアリの生息地が拡大すれば、花見シーズンに公園でしゃがむ文化が消える可能性がある。

ヒアリと言えば、日本では人間が刺される心配ばかり強調されるが、米国で深刻なのは、産業や農業への打撃だ。ヒアリが発電所などにコロニーを作り、電気回路に入り込み、ショートさせてしまうからだ。変圧器や信号灯、空港のライトなどが故障し、住宅が火事になったケースもある。工場の操業がストップする例も珍しくない。被害額は毎年数百億円にのぼり、産業界には「ヒアリを根絶すべきだ」という声が高まっている。

農業の敵アブラムシと共生し、農家を泣かせる

農業の方は被害額が毎年数千億円に達する。農業関係者がヒアリを恐れるのは、農作業中に刺されるだけでなく、農作物に被害が及ぶからだ。特に深刻なのはヒアリに作物の芽が食いちぎられること。さらに、ヒアリは農業にとって害虫であるアブラムシと共生関係にある。ヒアリはアブラムシが出す甘い露を食料とし、代わりにテントウムシなどの天敵からアブラムシを守る。ヒアリとアブラムシが共に増えることで農作物への被害がいっそう拡大する。ヒアリが多い米国南部の州では農作物の品質と生産量が大きく減少したため、米政府は毎年10億ドル以上の補助金の出費を強いられている。

そこで、米政府がヒアリ対策に注目しているのがヒアリの天敵、その名も「ゾンビバエ」(非常に小さなノミバエの1種)という恐ろしい寄生ハエだ。米農務省農業研究局のサンフォード・ポーター博士は、ゾンビバエの専門家だ。

ポーター博士「ヒアリの本来の生息地であるアマゾンでは、生息密度は米国の5分の1から10分の1です。アマゾンにはヒアリの天敵のゾンビバエがいるからです。ゾンビバエを米国でも増やすことができれば、米国をヒアリの被害から永久に救うことができます」

ヒアリの脳を食べながら生かしておくゾンビバエ

ゾンビバエは、ヒアリよりはるかに小さいが、恐ろしい能力を持っている。ゾンビバエの腹部には曲がったトゲのようなものがあり、このトゲをヒアリの体に突き刺して一瞬のうちに卵を産み付けることができる。1匹のハエの体内には約200個の卵がある。ゾンビバエの卵がヒアリの体内で孵化して幼虫になると、ヒアリの体液を吸って成長し、息の根を止めるのだが、その方法が何とも不気味だ。

ポーター博士は、実験室でゾンビバエがヒアリの群れを攻撃する様子を見せた。ゾンビバエがヒアリの上を飛び回ると、ヒアリはパニックを起こす。あごをゾンビバエに開いて威嚇するが、ゾンビバエは一瞬のすきをついてヒアリの背中にトゲを刺す。卵が注入されたのだ。ここから先はCG(コンピューターグラフィック)の映像。孵化したゾンビバエの幼虫は、ヒアリの体液を吸いながらヒアリの頭に向かって移動する。幼虫が2週間かけて頭に到着する間、ヒアリの行動には特に変わった様子は見られない。

しかし、頭に入り込んだ幼虫はヒアリの脳を食べる。そして酵素を分泌してヒアリの首をポロリと落としてしまう。その落ちた頭の中から成長したゾンビバエの成虫が現れる映像(実写)はかなりグロい。

ポーター博士「興味深いのは、幼虫がヒアリの頭の中で成長し始めると、ヒアリの行動までコントロールしてしまうことです。脳を食べられたヒアリは、死んだのも同然なのに動いています。ゾンビのようなものです。ゾンビバエという名前はそこから付けられました。幼虫が成虫になると、別のヒアリに卵を産みつけ、ヒアリの数は次第に減少していきます。このように害虫を駆除する昆虫を生物農薬と呼びます。ヒアリが減少すれば産卵場所を失ったゾンビバエも自然に数が減るため、生態系のバランスを乱す心配はありません」

しかし、効果の及ぶ範囲が狭いため計画を成功させるには大量のゾンビバエを放つ必要がある。そのゾンビバエの確保が今後の課題だ。

女王アリが数万匹もいるスーパーコロニー ヒアリ

米国同様、ヒアリの増殖が大問題になっているオーストラリア。ヒアリ対策の先頭に立っているのがプリンスペン・バイオセキュリティーのロス・ワイリー博士だ。博士は、ヒアリにも2タイプいることを発見した。女王アリが1匹だけの「単女王制コロニー」と、数十〜数百もの女王からなる「多女王制コロニー」の2種類がいる。両方ともやっかいな性質を持っている。

単女王制コロニーは他のコロニーを嫌い、互いに離れた場所に生息する傾向がある。そのため女王は数キロの距離を飛んで、あちこちに分散し自分のコロニーを作る。つまり生息地がどんどん広がってしまうのだ。一方の多女王制コロニーでは、多くの女王が一緒に暮らす。女王に飛行能力がなく、生息地は広がりにくいが、コロニーの密集度が驚くほど高くなる。1匹の女王は1日に約100個の卵を産む。ヒアリがコロニーを作る1ヘクタールの土地に9万匹の女王がいる可能性があるから、そのコロニーでは毎日900万匹も増えている計算になる。驚異的な繁殖力だ。多女王制コロニーでは、人間が知らないうちに土を掘り起こして女王ごと別の場所に運び、生息域が一気に広がる危険性がある。警戒が必要なのは多女王制コロニーなのだ。

そのため、ワイリー博士らはヘリコプターに搭載された熱探知カメラで、空から地下に隠れたヒアリのコロニー見つけだす計画を進めている。番組では実際に駆除する作業に同行した。コロニーを見つけると、まず棒でつついてトンネルを塞ぎ女王アリが逃げられないようする。巣の中に殺虫剤を散布、薬品が隅々までいきわたるようにする。その後、オフロードカーで周辺にヒアリが好む物質を混ぜた薬品入りのエサをまく。万が一、女王が駆除を逃れた場合の予防策だ。働きアリは喜んで巣に持ち帰る。女王アリがこれを食べると薬の作用で卵が産めなくなり、繁殖能力を失ったコロニーはやがて消滅することになるという寸法だ。このほか、オーストラリアでは、ヒアリのニオイを40メートル先からかぎわける「ヒアリ探知犬」も活躍している。