「お〜いお茶」の牙城を狙うサントリー「伊右衛門」の猛攻

2017年夏、緑茶飲料市場は絶好調だ。といっても猛暑の恩恵だけではない。市場が16年から一段と勢いを増しているのだ。連載第3回で取り上げるのは、緑茶飲料の王者「お〜いお茶」の背中を追う「伊右衛門」。その差は圧倒的に開いているが、小型商品などでは拮抗する場面も。3月のリニューアルで攻勢を強める。

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 「サントリーは本気でシェアを“取りに”きているようだ」。ある飲料メーカー幹部は、そう警戒心をあらわにする。サントリー食品インターナショナルが3月に緑茶飲料「伊右衛門」をリニューアルし、販売攻勢を仕掛けているのだ。

 緑茶飲料の上位4ブランドにおける3月から6月の平均価格(全国のスーパーマーケットにおける500ml帯。True Data調べ)は、日本コカ・コーラの「綾鷹」(79.0円)、伊藤園の「お〜いお茶」(78.3円)、キリンビバレッジの「生茶」(77.0円)の中でも、伊右衛門が最も安い値段をつけている(74.0円)。サントリーの幹部は、「好調な商品に販促費は惜しまない」と強気である。

 改めて緑茶飲料ブランドの販売数量シェアを見ると、上位4ブランドのうち、お〜いお茶が約4割とぶっちぎりのシェアを握る。その次が伊右衛門、さらに綾鷹が続き、この2ブランドはどちらも約24%で拮抗する。4番手の生茶は1割強だ。

この4つのブランド以外の緑茶飲料の販売数量を合計しても、生茶と同程度にしかならず、4者の圧倒的な強さがうかがえる。

 しかし、これは消費者のイメージとは少し異なるかもしれない。スーパーマーケットでの500ml帯の商品の売り上げ(True Data調べ)では、お〜いお茶と伊右衛門が拮抗しているのだ。

 「お〜いお茶は、大容量の商品が売れており、ブランド内での派生商品の数も多いため、ブランド合計だと圧倒的」と先述のサントリー幹部。ただ、「即時に消費されるパーソナル商品(=小型容器の商品)では、いい戦いができている」(同)。

 スーパーマーケットという、購買層にバイアスのあるデータではあるが、個人が自分用に選んで飲む緑茶飲料としては、伊右衛門の存在感が大きいということだ。

 そんな伊右衛門は、盛り上がる緑茶飲料市場に商機を見出し、3月に大幅なリニューアルを行った。サントリー食品インターナショナル食品事業本部ブランド開発第一事業部の五十嵐享子課長は、「2004年の伊右衛門発売以来、ボトル形状の変更も伴ったリニューアルは初めてのこと」と語る。

リニューアルの要となったのは、味わいの進化。「今出している緑茶の味が本当に“おいしいのか”」という疑問を持つところから始まり、味わいを見直した。

 それまで、伊右衛門のみならず、市場で売れているのは、“急須で淹れたような”味わいに近い、“抹茶入り煎茶”の緑茶飲料であった。しかし、2000人に及ぶ試飲アンケートから、消費者が本当においしいと感じるのは、“抹茶入り煎茶”ではなく、“深蒸し茶”であることが判明した。

 深蒸し茶は、通常の煎茶に対し、約2倍の時間をかけて蒸すことで、渋みの少ない味わいになり、きれいな濃い緑の水色(すいしょく)が生まれる(反対に蒸す時間を短くすれば、味わいはお茶本来の渋みが深まり、色は黄金色がかった水色になる)。

 この深蒸し茶を味わいの目標に設定しても、単純に深蒸し茶をそのまま使用すればいいわけではない。ペットボトル緑茶と茶葉から淹れるリーフ茶では、飲む温度や製造過程などが違うためだ。

 「ペットボトル飲料として、その深蒸し茶の色と香りと味わいをいかに再現するかが課題だった」(五十嵐課長)。

 こうして生まれたこだわりが、「一番茶」を従来比で2倍、伊右衛門本体史上で最大となる量を使うことだった。

 一番茶は、一年で初めに育成した新芽を摘み採った緑茶のことで、旨み成分を多く含んでいる。一番茶をふんだんに使うことで、上質な味わいを再現。従来の抹茶粉末に加えて、煎茶粉末も使用することで、豊かな余韻も実現した。

 中身だけでなく、ボトル形状の変化も印象的だ。発売当初から “竹”のイメージを大切にしてきたが、競合商品も似通ったモチーフを採用し、徐々に陳腐化していった。今回は根本のイメージを崩さずに、現代的なフォルムに装いを改めた。

 バーコードの部分も竹のデザイン。こうした遊び心も伊右衛門ならではだ。

競合他社からも「今までの伊右衛門から味のポジションをかなり変えてきた」と言われる今回のリニューアル。その根底には、今の緑茶が本当にそのままであり続けられるのかという疑問があった。

 「緑茶飲料のメインの購買者は40〜50代の男性で、子供の頃に“急須で淹れたお茶”を原体験として持つ人々。そうした体験が少なく、ペットボトル飲料に慣れ親しんできた20代や30代が、メインの年齢に上がったとき、“急須で淹れたお茶”の中身が受け入れられるのか、改めて考えなければいけない」(五十嵐課長)。

 足元の清涼飲料ブームのけん引役は、特定保健用食品などの健康志向の商品だ。緑茶飲料市場でその急先鋒となったのが「伊右衛門 特茶」。13年の発売以来、伊右衛門ブランドの成長ドライバーとなってきた。

 だが、「ブレンド茶なら『からだすこやか茶W』(日本コカ・コーラ)、ウーロン茶なら『黒烏龍茶』(サントリー)など、好調な健康系の飲料は多いが、消費者からみたらどれも『脂に効く』程度の認識しかない。健康系商品が店頭にあふれ返っているいま、よほど画期的な効能を持つ商品が出てこない限り、新たなブームは起きないのでは」と、市場の飽和感を指摘する飲料メーカー幹部もいる。

 今の緑茶飲料ブームは果たして持続的なのか。答えあぐねる関係者は多い。

 地球の温暖化傾向の強まりや、和から洋への食文化の変遷による水分摂取量の減少で、止渇飲料(のどを潤すための飲料)としての緑茶需要が底上げされていると指摘する関係者もいる。そうした背景があれば、確かに、緑茶飲料市場の伸びはまだまだ続くだろう。

 しかし、緑茶飲料は、非常にコモディティー化したカテゴリだ。「何となくで手に取る消費者が多く、それゆえ、定期的に行うリニューアルも、近年は惰性に近いものが多くなってきていた」(飲料メーカー幹部)。その特性が、過度の値引き競争という業界の悪習を招いてきたとも言えるし、昨今のパーソナル飲料の大容量化(例えば600ml商品の増加など)の要因にもなっている。

 だからこそ、昨年来の緑茶飲料市場の再活性化は、メーカーにとってチャンスである。各社が商品のブランド力を再度磨きあげることで、消費者が商品価値をしっかりと判断して選択する。そうすれば、市場にはさらなる拡大余地があるはずだ。

 夏の終わりが近づいているが、緑茶飲料メーカーの熱〜い戦いは、まだまだ続く。