社員寮が復活!ショールームや災害拠点併設など新タイプ続々

社員寮のあり方が変わってきている。かつてバブル期には「屋内プール付きの豪華な社員寮」「100平方メートルの大型社員寮」などが話題を呼んだが、それは過去の話。近年は住宅機能以外にも狙いを持たせた社員寮が続々と建てられている。その狙いと背景を探った。(ダイヤモンド・オンライン編集部 松野友美)

● 老朽化で新設の寮を ショールームとしても活用

 JR東神奈川駅から歩いて5分程度の横浜市神奈川区に、10階建てで総戸数192戸のマンションがある。建物の角には、半円柱型のガラス窓が突き出ている一風変わった建物だ。

 実はこのマンション、JFEエンジニアリングの東神奈川寮だ。しかし、ただの寮ではない。ショールルームとしても活用しているのだ。

 半円柱型の構造物は、機械式立体駐輪場の「サイクルツリー」。立体駐車場の入り口で専用のカードをかざすと、機械が自動的に自転車を受け取り、機械内部に整然と積み上げて収納するのだ。

 また、機械式立体駐車場も備えているほか、屋上には太陽の移動に合わせて集光パネルが動く追尾型太陽光発電システムも設置されている。

 これらは、顧客に実物を見せる営業ツールとして活用しており、今も月に数件の視察がある。というのも、立体駐車場や自転車駐車場は主に自治体に納品するため、実際に見せようにも、絶えず利用者(市民)がいるため気軽に実演ができないからだ。

 そんな折、自社の独身寮を建てる話が出た。以前は関連会社の寮を間借りしていたが、その寮が老朽化で取り壊しが決まり、ここにショールーム付きの自社寮を建設したのだ。

 立体駐車場などの製品の価格を除いた建設費は十数億円。決して豪華な造りではないが最新の設備が付いており、家賃相場は8万円程度のところ、最上階でも1万8500円で住めるとあって人気は高い。

● 阪神淡路大震災を教訓に BCP拠点として新設

 清水建設は、全国に独身寮23棟、社宅10棟を所有しているが(一部借り上げ物件も含む)、中でも東京都文京区にある白山寮は特別だ。災害時でも仕事を継続できるよう、支援物資を備え、防災仕様にしてBCP(事業継続計画)拠点にしているからだ。

 白山寮は、閑静な住宅地に建ち、地上3階地下1階建て、40戸ある端正な外観の低層住宅だ。そうした外観からは想像できないが、免震構造の建物内には災害対策技術が詰め込まれている。震災などでインフラが止まってしまっても、復旧の目途となる3日間は地下の発電設備と井戸水の濾過装置、備蓄倉庫の食糧を使えば生活ができる。全居室を解放すれば社員300人が寝泊り可能で、建材などの置き場所にもなる。

 寮には、震災対策要員の社員が優先的に入居しており、災害が発生した場合には清水建設が手掛けた東京エリアの物件の約半数(山手線の内側にあたる)をサポートすることができる。

 白山寮は、95年に起きた阪神淡路大震災を始めとする国内の地震災害の経験を活かし、07年に設計、09年8月完成。同じ場所にあった旧社員寮の老朽化の建て替えを機に、BCP機能を持たせた形だ。

 本社や支店はオフィスビルの中にあるため、「入居しているオフィスビルの地区が被災すると、一斉避難したりインフラが使えなくなったりして、顧客サポートに苦労していた」(清水建設集合住宅・社寺設計部・齋藤宏一副部長)。

 また、破損した建物の調査や復旧作業を行う際に、社員を派遣したくても宿泊施設が確保しづらかった反省から、宿泊型の拠点は必須だったという。白山寮も、JFEエンジニアリングの東神奈川寮と同じく、ショールームとして使用している。

● プライベートを重視した上で 経営幹部肝いりで復活

 そもそも社員寮はなぜ増えているのか。ここで、社員寮の歴史を振り返りたい。

 高度経済成長時代、新入社員が急増したこともあって福利厚生としての寮は重視され、建設が相次いだ。しかし、バブル崩壊やその後の不景気を受けて、多くの寮が土地ごと売却・整理され、借り上げタイプが中心となった。ところが、07年頃から社員寮の復活が始まる。景気回復とともに、優秀な社員を確保するため福利厚生に資金を投入する企業が増えてきたのだ。

 社員寮の復活にあたっては、「住みやすさ重視」に転換しているのが特徴だ。

 SMBC日興証券の寮がその一つ。15年に東京・北品川、17年に北千住に1棟ずつ新設したが、人事部は、「ただ部屋を用意するだけでは以前と変わらない。住みやすさも重要だ」と語る。

 新しい寮にはそれぞれ120〜150人の若手社員が入居し、決して小規模物件ではない。それでも、昔の寮の代表設備だった大浴場はなく、バス・トイレ付きの完全個室でプライベートはしっかり守れる造りになっている。

 かつては首都圏に11棟、大阪・名古屋に各1棟の社員寮を有しており全体で約700人が社員寮に暮らしていた。しかし証券不況の時代に全て売却してしまった。

 しかし、清水喜彦社長もその一人だが、現在の経営幹部、管理職の多くは社員寮経験者。社内異動が多い中でも同じ釜の飯を食べ、仕事の相談もできる寮の重要性を実感していた人が少なくなく、復活を望む声が多かった。

 そのため寮の設計にあたっては、プライベート空間を重視しつつも、社員同士が交流できる食堂やラウンジはマストだった。先日、北千住寮の食堂にて「納涼会」が開催され、寮生に交じって清水社長も参加したという。社長と若手が交流する数少ない機会になったわけだ。

 人事部第二人事課の馬場智洋課長は、「若手社員のプライベートを守る一方、会社が彼らを気に掛けていることを伝えたい。このバランスを取るのが難しい」と漏らす。人事部としても、社員間のコミュニケーションを活性化させたいが、押し付けになっては時代錯誤だと考えており、その在り方を模索中だ。

● 社内人脈作りに一役 福利厚生ではない寮

 単なる福利厚生としての寮ではなく、新たな特徴を与え、「経営戦略」の一つと位置付ける企業もある。

 伊藤忠商事は、来年4月の完成を目指し、神奈川県横浜市の東急東横線日吉駅のすぐそばに社員寮を建設している。現在使われている4棟の男子寮を統合、7階建て360戸の巨大な寮にする計画だ。普通に借りたら家賃10万円くらいの物件だが、寮費は1万円前後。東京都港区の本社まで約30分でアクセスできるため、伊藤忠が進める「朝型勤務」にも対応しやすい。

 コンセプトは、“自然と人が集まる場”。図書を並べた談話コーナーやバーカウンター、エレベーター脇のソファスペースなど、各階にコミュニケーションを弾ませやすいスペースを設けている。スポーツジムやサウナのほか、近ごろは珍しい大浴場と食堂もある。まるで、最近はやりのシェアハウスのようだ。

 人事・総務部の岩田憲司総務室長は、「総合商社なので、扱う商材ごとに縦割りの組織になっており、カンパニー(部門)を超えた会話や交流が乏しいのが現状。これを解消すべく、寮で人間関係を広げてほしいと思った」と説明する。

 寮の新設を推進したのは、寮暮らしを経験した経営幹部や管理職たちだ。前出のSMBC日興証券と同じで、伊藤忠でも00年に経営が悪化した際に独身寮の多くが売却された。それでも、「昔は居室が10平方メートルくらいで狭く、通勤時間がかかる不便な立地だった。それでも仲間がたくさんいる寮は楽しかった」というノスタルジーと、社内人脈の効果をビジネスシーンで実感することが多かったため、復活させた。

 このように伊藤忠では、寮を福利厚生施設ではなく、「人材育成の機会」、そして経営戦略である「健康経営」の一環と捉え、コミュニケーション活性化のための施策だと位置付けているわけだ。

 各社が新設している社員寮は、ただの福利厚生施設ではない。商材のショールームとしての役割や、災害時のBCP拠点としての機能、社内コミュニケーションを促進させる仕掛けなど付加価値を付けている。

 こうした寮は、若手社員にとっても、「(家賃が)安い・(会社に)近い・(プライベートが守られて)快適」という3拍子が揃っているため人気が高い。実際、東京近郊に実家があっても入寮できるJFEエンジニアリングの寮では、「ひとり暮らしを始めるハードルが低く、安心して体験できる」として新入社員のほぼ全員が入居しているという。

 ただの住み処ではなくなった寮は、今後しばらく、人気を博しそうである。