「貯金できない人」が気づかない残念な習慣

「貯金するのが苦手な人」というのは、必ず皆さんの周りにいるはずです。一方、逆の人、すなわち「貯金が得意な人」もいるはずですが、いったい誰がそういう人なのかはよくわかりません。なぜなら、人は自分がたくさんおカネを貯めていても、それを人には言わないのが普通だからです。ところが、行動を見ているとこれらの人たちに共通することがわかってくるようになります。

FP(ファイナンシャルプランナー)で家計診断をしている人などが、「貯金するためにはこうすべきだ」とか「こういう人はおカネが貯まらない」といった記事をコラムで書いているのをよく見かけることがあります。

それらの意見はクライアントからの相談を受けた経験上から得たことでしょうからいずれもそのとおりだと思いますが、私は少し違った観点から「貯金できない人の残念な傾向」について考えてみたいと思います。それは2017年ノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学のリチャード・セイラー教授が専門とする行動経済学から考える視点です。どういうことでしょうか。詳しくお話ししましょう。

「夏休みや冬休みの宿題」を計画通りする人でしたか?

突然お聞きしますが、皆さんは小学校のときに夏休みや冬休みの宿題をいつやるタイプでしたか? 夏休みが始まると同時にすぐ始めて前倒しでやるか、あるいは計画的に期間均等にやるか、そして最後の1週間でやるタイプだったか。

容易に想像できるのは、最後の1週間で慌ててやる人が多いのではないだろうか、ということです。私が所属している行動経済学会で、以前日本医科大学の江本直也教授のお話を聞いたことがあるのですが、その中に糖尿病患者のうち、生活習慣から発症したと思われる人が子供の頃、「夏休みの宿題をいつやっていたか」という、まったく同じ質問をしたアンケート結果があるのです。

はたして、生活習慣から糖尿病になってしまった患者さんは、夏休みの宿題をいつやっていたのでしょうか?

読者の皆さんの想像どおり、アンケートでは65%と、約3分の2にあたる人が、夏休みの終わる直前にやっていたという結果だったのです。

「時間割引率が高い人」になっていませんか?

生活習慣による発症というのは、言わば「食べすぎと運動不足」が主な原因です。つまり、体に悪いとわかっていてもつい食べるのが我慢できなかったり、運動が面倒だったりするということから糖尿病になってしまう傾向が強いということです。

行動経済学では、こういうタイプの人を「時間割引率が高い人」という表現をします。これは「将来の価値よりも現在の価値を重視する」、すなわち「将来の楽しみのために今の楽しみを我慢することが難しい」という意味です。食べすぎや運動不足が体によくない、将来健康に悪い影響を与えるということは誰でもわかることです。にもかかわらずそういう行動をとってしまうということは、明らかに将来の価値よりも現在の価値を重視するという行動です。

小学校の宿題も同じような構図です。夏休みは時間がたっぷりあって遊べるけど、問題はいつ勉強し、いつ遊ぶかということで、嫌なことは先にやっておいたほうがいいにもかかわらず、どうしても楽しいことを先にやり、嫌なことは後に延ばしてしまうという傾向です。

実は、貯金も同じ構造なのです。貯金という行為は「将来の楽しみのために今の楽しみを我慢する」ことにほかなりません。したがって、将来の価値を低く見積もりがちな「時間割引率の高い人」は貯金するのも苦手ということになります。これは小学校の宿題だけに限らず、今の仕事のうえでも嫌なことは先延ばしにするタイプの人というのは、なかなか貯金ができない傾向があると言ってもいいでしょう。

ところが世の中、かなり多くの人がこの時間割引率が高いタイプなのです。

では貯金が得意というタイプの人はいったいどんな人なのでしょうか? 実はそんな人は世の中にはほとんどいません。「貯金が好き」という人はたくさんいますが、それが「得意」という人はほとんど存在しないのです。

前述のように、世の中の多くの人は「時間割引率の高い」タイプの人です。中にはそうでない人もいますが、生活や仕事全般にわたって何でもかんでも嫌なことから先にやれるという人はごく少数でしょう。したがって、何もせずに放っておくと人間というのは貯金ができない体質になっているのです。だからこそ世の中には「退職金」や「企業年金」という制度が存在しているのです。退職金等は長年働いたご褒美なのではなく、単に「給料の後払い」です。本来なら給料に上乗せして支払ってもかまいませんし、現実にそういう会社もあります。

貯金できない人は、どうすればいいのか?

ところが、もしほとんどの会社でそうやって退職金を前払いにしてしまうと、多くの人が老後の蓄えを自分で計画的にすることができなくなってしまいますから、結果として今よりももっと多くの人が悲惨な老後をおくることになりかねません。つまり貯金とか資産形成というのは、人間の本来の欲望や行動とは相反することをやらないとできないから難しいのです。

だとすれば、いったいどうすればいいのでしょう。答えはごく簡単です。仕組み化すればいいのです。おカネを貰ってしまって、そこから貯金するのが難しいということであれば、おカネを貰う前にあらかじめ一定の金額を別にしておくように仕組み化するのです。

つまり会社が本来払うべき給料を「退職金」や「企業年金」として積み立てているのと同じことを個人でもやればいいのです。その1つの答えが「給与天引き」です。

答えを「給与天引き」と言ってしまうと、あまりにも単純すぎて「何だ、それは!」と思うかもしれませんが、真実は極めてシンプルな中に秘められているものです。

私自身も時間割引率が高い人、すなわち貯金するのが難しい体質でしたから給与天引き以外で貯蓄できたためしはありません。逆に天引きされた分だけが残ったというのが事実です。よほど意志の強い、「時間割引率の低い人」以外は、天引きを活用するのが何といってもベストな方法ではないでしょうか。