「転職先は辞めた会社」出戻り社員が増えている切実な理由

一度、辞めた社員を企業が再び雇用する「出戻り」を認める風潮が高まっている。その象徴の一つが、日本マイクロソフト会長だった樋口泰行氏のパナソニック経営層への“出戻り”だ。

新卒採用、年功序列、終身雇用の3点セットが前提の会社では、一度辞めれば「二度と敷居をまたげない」という企業文化も珍しくはなかったが、意識は確実に変わりつつある。

採用支援サービスのエン・ジャパン東海関西営業部の営業マネージャー田中雅基さん(36)は、5年半ぶりに戻ってきた会社の朝礼で、感極まって泣きだしてしまった。

「正直、あまり歓迎されていないと思っていました。それが想定と違って、あまりにもみなさんが温かくて」

「いつでも戻って来たらいい」と、復職に際し、社長面談でも言われていた。とはいえ、一度飛び出した会社で「出戻り社員」として働くには、田中さん自身、複雑だった。「一時的な感情で飛び出して、迷惑をかけた」との思いがあったからだ。

会社を辞めようと思ったきっかけは、27歳での結婚。

「改めて人生について考えた時に、30歳までには経営をやろうと思って入社したことを思い出したんです。今の自分はちょっと違うなと」

田中さんは当時、東海関西地区の営業担当で、中小企業の中途採用支援が主な仕事だった。営業スタイルの改革を会社に提案するが「取り合ってもらえない」という「今思えば若気の至り」の不満もあった。

ベンチャー転職は甘くなかった 人手不足

転職先に選んだのは、顧客である設立1年のベンチャー企業。年収は下がるし、結婚相手にも驚かれたが、踏み切った。しかし、創業したてのベンチャーへの転職は、そう甘いものではなかった。

チーフで入ったものの、1年で肩書きはなくなり、23歳の新入社員の女性の下で働くことになる。大きな組織での仕事と、何から何までやらなくてはならないベンチャーでは、あまりに勝手が違っていた。

とにかく必死で働いた。営業経験を生かし新規サービスを軌道に乗せ、転職3年目には役員に昇格。ただ、社員の退職が相次ぎ負担は多くなる一方、業績連動型の報酬は下降し続けた。

マンションをローンで購入し、2人の子どもが生まれていた田中さんは、次の仕事を考えざるを得なかった。転職から5年が過ぎていた。

「次は家族で夕飯を食べられる、安定した会社にして」

さんざん心配をかけてきた妻の望む転職をしようと、転勤のない安定企業でなんとか内定をつかむ。

だが、ほっとしたものの、なぜか心が踊らない。

そんなころ、退社してからも、ずっと付き合いを続けていたエン・ジャパン同期入社グループのLINEが鳴った。

「戻ってくればいい。一緒にやろう」。

インフルエンサーになりやすい 人手不足

「もともと縁があって一緒に働いた仲間なのだから、門戸を閉ざす理由はありません」

エン・ジャパン人財戦略室マネージャーの豊田雄大さんは、出戻り社員についてそう言う。

同社は3年前から「Welcome back制度」を導入。育児や配偶者転勤といったライフイベントはもちろん、転職や起業などによる離職者も含め、年3人程度は“出戻り社員”を雇用している。年代は20代半ばから30代半ばの働き盛りだ。

豊田さんは、出戻り社員のメリットとして、以下を挙げる。

1. 理念への共感があり、即戦力になる
2. 他を見たからこそ、自社の良さに改めて気づくなど、ずっと同じ会社にいては見えないことが見えている。
3. そうしたことが周囲にも波及して、いい意味でインフルエンサーになりやすい

もちろん、無条件に受け入れているわけではない。

「他社での仕事をやりきったか、待遇への不満で揺れているだけではないかということは見ます」

東海関西営業部に田中さんが戻ってから3年近くが過ぎた。田中さんは11月、管理職のマネージャーに昇格した。中小企業の採用の難しさも身に沁みた“出戻り後”は、顧客とのアポイントや時間の大切さについて、若手と話すことも増えていた。

会社を飛び出した後の経験には苦いものもあり、一筋縄では行かなったが、今なら分かる。

「かつての自分は対人関係力にばかり頼り、数字でのコミュニケーションや論理的思考力が足りなかった。このストーリーでなければ、自分の弱点と向き合えなかった。自分には出戻りが財産です」

増える“辞め社員”の再雇用 人手不足

企業が離職者を再雇用する制度拡充の動きは相次いでいる。2015年にはサイバーエージェントの再雇用制度が話題になったほか、「ジョブ・リターン制度」などとして、ニトリ(2014年)、AOKI(2015年)、雪印メグミルク(2016年)など、複数企業が制度導入を公表。2000年代半ばにも、育児中の女性の支援策などとして、再雇用制度を設ける動きがみられたが、近年の特徴は「転職や留学などキャリアアップを認める」もしくは「理由を問わない」など、対象者を拡大していることだ。

エン・ジャパンが220社を対象にした出戻り社員実態調査2016でも、67%の企業が「再雇用したことがある」と回答。今後についても7割超は条件が整えば再雇用したいとしている。

その理由として目立つのが、人手不足による採用の難易度だ。

「慢性的な人材不足が続いているため」(物流関連・社員101〜300人)
「経験者採用が難しくなっているため」(流通・小売り関連501〜1000人)

「“出戻り社員”の採用は増えていると思いますよ。IT業界はもともと人も流動化しているので多いですが、ここ3年で伝統的な企業からも『話を聞かせてほしい』と連絡が来るようになりました」

ワークスアプリケーションズの人事総務バイスプレジデントの小島豪洋さんはいう。同社は12年前から「カムバック・パス制度」を導入。退職した社員に対し、一定の評価をクリアしていれば、再入社が認められる。特徴的なのは、退職理由を問わないこと、制度を使えば選考なしのフリーパスで戻れることだ。留学や起業、海外青年協力隊など、これまでに60人以上が退社しては再び戻っているという。

小島さん自身も一度、他社に出た制度利用者だ。

「かつての日本企業では、生涯面倒を見るつもりで採用しているので、出て行った社員は顔も見たくないという風潮もあったでしょう。ただ、採用市場は非常に厳しくなっている。(出戻り社員の活用は)優秀な人材を獲得するための一つの手法になりつつあるのではないでしょうか」

9月の有効求人倍率は1.52倍とバブル期超えを維持している。労働市場の需給が逼迫し、優秀な人材の争奪戦となる中、企業にとって離職者をめぐる考え方も、過渡期を迎えているようだ。