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清原逮捕

「クスリ仲間」の証言から読む清原「覚せい剤事件」の真相とシャブ・ルート

「クスリ仲間」の証言から読む清原「覚せい剤事件」の真相とシャブ・ルート

写真週刊誌『フラッシュ』に、清原の「クスリ仲間」というタニマチが核心的な証言をしている。筆者がつかんだ最新情報も含め、プロ野球界のスターがいかにして堕していったのかをリポートしたい。

■「(覚せい剤のやりすぎで)ヨレヨレになります」

「覚せい剤は、ツレ(仲間)を切らんとあきません」

清原和博容疑者(48)と親交があり、「クスリ乱用の噂」を心配して、清原容疑者本人に忠告したこともあるという裏社会にも通じた関西の会社経営者は、こう断言する。

忠告した際、清原容疑者は使用を否定したという。だが、彼のツレが有名なクスリ中毒であることは、事情通の間では知られていた。清原容疑者とは17年に及ぶ付き合いがあるという会社経営者のWである。

清原容疑者の3つ年下の45歳。競馬予想会社を経営し、14年前、31歳の若さで脱税逮捕された時、所得隠しの金額が約20億円だったというから、いかに儲かっていたかがわかる。

人気プロ野球選手の清原容疑者には、多くの友人知人がいて、多数の取り巻きがついたが、なかでも清原容疑者が心許せたタニマチ的な友人がWだった。

清原逮捕以降、膨大な情報が流されるなか、最も衝撃的で核心を突いたのが、写真週刊誌『フラッシュ』の2月8日発売号だった。「清原和博クスリ漬け17年 タニマチが核心証言!」と題して、Wが語っているのだ。

Wを知る人物によれば、「話を膨らませる癖があってウソも多い」ということなので、どこまで信用していいかわからない。清原容疑者との間にあったというカネの貸し借り、女性を巡るトラブルなどには触れられていない。とてつもなく羽振りが良かったWも、脱税逮捕でツキが落ち、05年から9月から09年3月まで服役しており、以降、困窮した時期もある。

ただ、「ツレとしてクスリを一緒にやっていた部分」は、隠す必要もない。05年に巨人を戦力外通告され、Wと覚せい剤に溺れて、「毎日大量にシャブを使用するから、2人ともヨレヨレになります」という部分は衝撃的だ。

■暴力団が清原を切った理由

また、服役中はもちろん、出所後も連絡が一度あっただけ。9年の空白の後、14年8月、清原容疑者から「やってんの、アレ?」という連絡があり、関係が復活したという。アレとはもちろん覚せい剤のこと。

「私とキヨは、14年8月からその年の年末まで、ほぼ毎日のように一緒にシャブを使いました。シャブは私の20年来の友人が調達してくれたのです」

『週刊文春』が、清原容疑者の覚せい剤疑惑を報じたのは14年3月で亜希夫人との離婚を発表したのが同年9月。既に、警視庁組織犯罪5課による捜査は始まっており、そのプレッシャーを受けつつ、寂しさもあってクスリを切ることはできなかった。

暴力団に惹かれる傾向がある清原容疑者の周辺には、何人かの暴力団関係者がいたが、クスリは最も親交のある広域暴力団の有力組織から回されていたという。

「シャブは、大卸、中卸、小売と何段階かの役割分担があるのですが、清原が付き合っていた組織は、大卸といっていい覚せい剤の中核。そこの企業舎弟で芸能界に人脈がある裏カジノ経営者が、自分のルートで清原にシャブを流していました。

ところが文春の報道で、清原との関係を継続するのが難しくなった。売人レベルで終わらず、警察が大卸まで駆け上がってきたら大変です。だから清原を切った」(暴力団幹部)

清原容疑者が、Wに9年ぶりに電話をかけた時期と平仄(ひょうそく)が合う。クスリの調達をWに任せていた清原容疑者だったが、Wは、昨年2月、覚せい剤所持容疑で逮捕される。その捜査過程で「清原も覚せい剤を使用している」と、漏らしたのだった。

■覚せい剤の「利益率」

一方で、引退後に使用量が増え「普通の数倍は使っている」(捜査関係者)という清原容疑者は、既に中毒患者だからクスリをやめられない。「群馬・栃木ルート」は、Wの入手ルートを継承したものだった。

Wの供述から清原容疑者の売人を特定した組対5課は、直接調達するようになった清原容疑者が、頻繁に群馬県に向かっていることを把握。何度も行動確認をしたうえで、一度、都内のホテルで過ごしてから自宅マンションに戻るというパターンを確認し、2月2日、逮捕に踏み切った。

暴力団構成員の数は急減、構成員と準構成員を合わせ、5万人を切るのは目前だが、覚せい剤犯罪に変化はなく、15年中の暴力団構成員等の検挙数は約6000人、押収量は粉末で約500キロだった。

覚せい剤事犯の団体別構成比を見ると、山口組が約45%、稲川会と住吉会がそれぞれ約16%。3団体で四分の三を占め、暴力団の構成比率が、そのまま覚せい剤事犯の割合に比例しているのが興味深い。

また、ここ10年の押収量を眺めると、年によって変化はするものの、平均すると500キロで、検挙数1万数千人というレベルで推移している。末端価格は下降気味で、警察発表では1グラム7万円だが、取引現場の感覚では5万円前後だという。

メキシコ、中国、マレーシア、フィリピンアフリカなど全世界から様々な形で流入。その仕入れ価格が1グラム1000円前後で、卸段階で5000円前後、さらに細分化されて末端価格で5万円となる。

押収量の20倍が流通していると仮定して、覚せい剤の市場規模は約5000億円。その利益率の高さを考えれば、暴力団は売れば利益になる覚せい剤をやめられない。

暴対法で不動産、金融、興行などの“正業”を断たれ、暴排条例で企業や一般人との接触まで絶たれた暴力団は、完全にブラックな存在となって、非合法手段でしか稼げない。

なかでも覚せい剤は、最大の収入源。「それしかない、という感じ」(暴力団組長)と、言ってはばからない。

そういう暴力団覚せい剤事情のなかで、清原容疑者はもがき苦しみ、それでもクスリをやめられずに群馬まで走った。

幸いなことに、拘置所にはツレはいない。落ちるところまで落ちた清原容疑者が再起するには、覚せい剤を完全に断ち切るしかなく、その環境は、今しかない――。

現役時代の清原容疑者に「薬渡した」 証言

現役時代の清原容疑者に「薬渡した」 証言

元プロ野球選手・清原和博容疑者の覚醒剤所持事件で、日本テレビは、現役時代、清原容疑者に薬を渡したと証言する元巨人選手を取材することができた。

 巨人からオリックスに移籍した2006年。逆転満塁ホームランを打つなど、勝負強い打撃を見せていた清原容疑者。だが、この当時から警察にマークされていた。

 きっかけの1つは、2006年。元巨人の選手が逮捕された覚醒剤事件だ。「薬を渡した」と証言したのは、この元選手だった。

 元巨人選手への取材メモ「自分は薬の仲介的なこともしていて、清原にも渡したことがある」「自分は2006年に逮捕、年末に出所したが、突然清原から電話がかかってきて、『俺のこと警察に言っていないよな』と聞いてきた」

 警視庁は、この元選手や複数の情報をもとに証拠をつかもうとしていた。しかし翌年、清原容疑者は、ヒザの精密検査のためアメリカへ。当時は、覚醒剤の使用を確認できなかったという。

 これまでの調べに、覚醒剤は1人で使っていたと話しているという清原容疑者。今後、使用の疑いで再逮捕され、調べが進むものとみられている。

清原容疑者、尽きた50億円超…引退後の「カネ」 逮捕から1週間

清原容疑者、尽きた50億円超…引退後の「カネ」 逮捕から1週間

元プロ野球選手の清原和博容疑者(48)が覚醒剤取締法違反(所持)容疑で逮捕されてから9日で1週間。スポーツ報知は、現役時代に巨額の年俸を獲得した清原容疑者の引退後の「カネ」について追った。

 ▼50億円以上 プロ野球でめざましい活躍をした清原容疑者の生涯獲得年俸は約50億円、ほかにCM契約などで数億円の副収入があったとされる。現役時代から「飲みに行って一晩で500万円使った」などと豪語していたが、2008年に引退した後も“浪費癖”は直らなかったようで、親しい関係者によると、11年ごろから生活が困窮し始めたという。マネジメント事務所と契約し仕事をこなしていたが、体調不良を理由に野球解説やイベントをドタキャンするなど、次第に周囲の信頼も失っていった。

 ▼野球界復帰のチャンスをフイに? 球界復帰の希望を口にしていたが、11年11月、ある学校法人から部活動のゼネラル・マネジャー就任の打診を受けた。翌12月に都内の料亭で法人首脳と約1時間半にわたり会談。その場で報酬額を提示されたが、清原容疑者は全く関心を示さなかったという。「ケタが違ったようだ」と関係者。個人口座に毎月数千万円振り込まれた時代とはあまりに“差”がありすぎたのか。会談中、現役時代に手術した左膝を押さえて「痛い」と繰り返し、手すりにつかまりながら、ゆっくりと階段を上り下りする清原容疑者の姿を見た法人トップは、「教育者としてやっていくのは無理だろう」と感じたという。

 ▼パチンコ営業 そのころ、清原容疑者はかつての人脈をたどり、パチンコ店でのイベント営業を繰り返していた。店舗滞在時間は約30分。約15分のトーク、残りは客との記念撮影だった。清原容疑者の愛称「番長」と同名のスロット機があり集客効果は抜群だったという。北海道、東北、北関東など、少なくとも4つのチェーン店が、ある関係者を通じて清原容疑者に仕事を依頼した。関係者によると、ギャラは1店舗150万円、3店舗で500万円が相場だった。イベントでは「ギャンブルには興味がない」と話すなど、パチンコ営業の仕事自体には興味を示さなかったという清原容疑者。しかし、逮捕直前の1月30日にも大阪市内のチェーン店を仕事で訪れていた。

 ▼最近の生活 2014年3月の週刊文春による「薬物疑惑」報道以降、タレント業の仕事はなくなった。だが、運転手付きで数千万円という高級外車で飲食店に乗り付け、銀座や六本木の「VIPや紹介がないと入れないクラブに出入り」(六本木の飲食店経営者)する生活は変わらなかった。サウナと日焼けサロンに通い、白と黒の大型バンを乗り分けた。携帯電話は他人名義も含め4台所有。昨年4月以降はテレビ番組にも徐々に出演するようになったが、パチンコ営業で稼ぐ収入では追いつかなかったであろう。一昨年の離婚とほぼ同時期に、自宅マンションなどの資産を失っていた。「周りがカネを払っていたが、本人が自由に使えるカネはあまりなかったはずだ」と関係者。「現役時代と引退後の“落差”に苦しんでいた」と話した。

清原逮捕 更正支援メンバーが「救えなかった」とうなだれる

清原逮捕 更正支援メンバーが「救えなかった」とうなだれる

「救えなかった……」──2月2日の深夜、逮捕の一報を聞いたA氏は、本誌記者の前で項垂(うなだ)れた。同日午後8時48分頃、東京・港区の自宅マンションで覚せい剤0.1グラムを所持していたとして、元プロ野球選手の清原和博容疑者(48)が現行犯逮捕された。A氏は、清原のために昨秋結成された友人らによる“更生支援チーム”のメンバーだ。

 警視庁で薬物事件を担当する組織犯罪対策5課が捜査を開始したのは2年近く前からだった。捜査関係者が言う。

「昨年の夏頃から本格的な内偵捜査に取りかかり、ほぼ24時間態勢で清原の行動を監視してきた。薬物を所持していなくても、売人の証言や過去の購入履歴などの証拠があれば、麻薬特例法違反で逮捕はできた。

 しかし、それでは不起訴処分になる可能性もある。今回、警視庁が時間をかけて現物所持での現行犯逮捕にこだわったのは、必ず起訴するという意志の表われです」

 警察の捜査が進み始めた頃、このチームも彼の“異変”に気づいていた。

「直接は聞けないけど、もしかしたらクスリに手を出しているのかも、と不審に思う瞬間はあった。“絶対にやらせない”という思いで、キヨのサポートをしようと団結したのです」(A氏)

 いわば私設の“更生支援チーム”の結成だった。逮捕の2日前も清原は彼らの輪の中にいたという。チームの1人が言う。

「日曜日の夜も、メンバーと鍋を囲んでいた。清原さんはいつもと変わらない様子だったけど、皆と別れた後から連絡が途絶えていた。逮捕されたと聞いて、メンバーは裏切られたという思いを持つ一方で、救えなかった歯がゆさも感じていました」

 支援チームのメンバーたちは、これ以前にも清原を心配し続けていた。2014年3月に『週刊文春』が清原の薬物疑惑を報じて以降、清原の仕事は激減。さらに同年9月、亜希夫人と離婚し、子供の親権も失った。

 A氏が当時を振り返る。「身も心もボロボロになり“孤独が恐い”“死にたい”と周囲に漏らすようになっていた」

 しかし、昨年4月頃には、再びテレビ番組に出演するようになり、徐々に仕事も入り出した。同年8月には、『ダウンタウンなうSP』(フジテレビ系)で、ダウンタウンの浜田雅功から「クスリやってんの?」と聞かれ、「風邪薬は飲みますけど、(クスリは)やってません」と否定。薬物疑惑をギャグにしたことで、“完全復帰”が近いと思われていた。

 だが、その頃も清原の気持ちは不安定で沈んだままだったという。支援チームの1人、B氏が振り返る。

「彼は外見とは対照的に非常にナイーブな人間。テレビの仕事が増えたのを喜ぶ一方で、テレビが恐いと漏らすこともあり、精神安定剤や睡眠薬を服用するようになっていた。ある時、酒席の後に睡眠薬を飲み、帰りの車に乗り込んだことがあった。“独りで家にいたら気が滅入る。家に着いたらすぐに眠りたいから、今飲むんや”と説明していました」

 そうした清原の“弱さ”を知る友人たちが秋以降、彼をサポートし続けてきたのである。

薬物常習の“決定打” 清原容疑者が青ざめた「一通の手紙」

薬物常習の“決定打” 清原容疑者が青ざめた「一通の手紙」

清原和博容疑者(48)が覚醒剤取締法違反で逮捕されてから6日が経過、メディアにはさまざまな情報が氾濫している。

 ここにきて、常習性を印象付ける報道も散見され、7日付のサンケイスポーツは1面で、巨人時代の知人が「(清原に)覚醒剤を複数回売った」と警視庁の事情聴取に証言している、と書いた。同紙は、「今後の捜査の進展次第では、巨人時代の薬物使用歴も明らかにされそうだ」と結んでいるが、日刊ゲンダイは清原容疑者が逮捕された翌日の3日発売号で西武OBのこんな証言を載せている。

「最初に薬物に手を出したのは、96年オフに西武から巨人にFA移籍する直前だったと思う。(中略)他球団の助っ人経由で怪しげな錠剤をもらったのです。アンフェタミン系興奮剤で覚醒剤の一種です。巨人移籍後はプレッシャーもあって、飲む頻度が増えたと聞いた」

 つまり現役時代から、薬物に手を染めていた可能性が高いのだ。

 改めてこの西武OBに話を聞くと、「清原さんは現役時代、知人から3億円もの大金を要求されたこともありました」とこんな話も出てきた。

 話は03年に遡る。この年の9月にある経営コンサルタントが約6億円の脱税容疑で逮捕された。仮に「A」とするこのコンサルタントは、パチンコの必勝法や競馬の予想情報を提供する商売で財を成し、プロ野球選手や相撲取り、プロゴルファーらのタニマチとして、その筋では有名だった。中でも親密だったのが清原で、2人は周囲に「義兄弟」と紹介し合う仲だった。清原は銀座や六本木はもちろん、遠征先でもAと飲み歩き、00年に巨人がリーグ優勝を決めた際には、選手主催の祝勝会の2次会にも清原の口利きで特別に参加するほどの関係だった。

 先の西武OBが言う。

「脱税容疑で捕まったそのAが拘置所から、複数の選手に手紙を出したのです。当然、清原さんの元にも届いた。保釈金を立て替えて欲しい、という内容です。手紙を受け取った清原さんは、すぐに球界の大物OBに相談した。清原さんは真っ青になっていたそうですけど、それは無心された金額が3億円という大金だったことだけが原因じゃないと思う。そんなもん放っておけ、という大物OBに、『断ったらユニホームを着ていられなくなるかもしれない』と怯えていたと言います。実はAは脱税の前にコカインや合成麻薬の所持で逮捕歴があった。一緒に清原さんもクスリにはまっているというウワサがあったから、保釈金の無心を断ればいろいろと暴露されると思ったのでしょう。スネに傷があるから、清原さんは手紙を脅しだと思った。実際、大物OBには最初、『3億円を恐喝されている』と言っていたそうです」

 結局、清原は手紙を無視したが、気が気じゃなかったろう。あるいは、そんな不安も薬物にのめり込ませるキッカケになったかもしれない。

 05年に日刊ゲンダイで、球界の薬物汚染の実態と自らの使用を実名で告白した元投手もちょうどその頃、清原に1日何十回も電話やメールで「正直にすべてを話せ」と迫っていたことを本紙は確認している。
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