加賀山領治 中国人留学生強殺事件/DDハウス事件

元アルバイト、加賀山領治被告は2000年7月29日午前1時頃、大阪市中央区の路上で帰宅途中の中国人女子留学生(当時24)のバッグを強奪。自転車で逃走し、取り押さえようとした会社役員の男性(当時34)の左足を刺し、さらにバッグを取り返そうと追いすがってきた女性の胸や腹などを刺して逃げた。女性は搬送先の病院で約1時間後に死亡した。加賀山被告は1999年に退社後はアルバイトをしていたが、事件直前は大阪城公園でホームレス生活を送っており、借金も断られ所持金はほとんどなかった。
20131212001waf13121211180018-p1加賀山被告は「当時一緒に路上生活をしていた男に誘われた」と語っている。犯行直後「60歳ぐらい」とされる共犯の男と大阪城公園で合流し、奪った6000円を山分けしていたが「名前は知らない」と言い、氏名不詳のまま特定には至っていない。

 加賀山被告は2008年2月1日午後10時15分ごろ、大阪市北区にある複合ビルのトイレに窃盗と強盗の両方の準備を整えて潜み、たまたま入ってきた会社員の男性(当時30)にナイフを突きつけ「金を出せ」と脅したが、応じなかったため、胸などを刺して殺害した。加賀山被告は2007年秋に仕事を辞めて以降、競馬やパチンコで所持金を使い果たしていた。
 加賀山被告は2月8日午前、大阪府府警此花署に出頭した。当初は盗みの準備をしていたところを見られたため殺害したと供述していたため殺人容疑で逮捕されたが、後に強盗目的を認めた。
 大阪府警は加賀山被告の余罪を調べていたが、2000年の事件現場に残されていた犯人の血液のDNA型が加賀山被告と一致。3月21日、大阪府警は加賀山被告を再逮捕した。

裁判 加賀山領治 中国人留学生強殺事件/DDハウス事件

2008年11月20日の初公判で、加賀山被告は「殺そうとは思っていなかった。取り押さえられそうになり夢中で刺した」と述べ、被害者2人への殺意を否認した。検察側は冒頭陳述で、1999年に会社を退職後、借金をしながら遊び暮らしていた加賀山被告が知人と強盗計画を立て、自転車で帰宅中の女性からバッグを奪った際、逮捕を逃れるため胸を狙ってナイフを突き刺したと指摘。胸と腹を2回刺し、傷口も17センチと深いことから殺意があったとした。
 12月26日の論告求刑で検察側は胸などを複数回刺したことや傷の深さが7〜17センチに達していたことなどから殺意があったと主張。「犯行は冷酷、執拗で残虐非道。鬼畜と化した者のなせる沙汰。一片の人間性のかけらも見いだすことができない。反省の態度が認められず、極刑をもって臨むほかない」と述べた。同日の最終弁論で弁護側は「捕まりそうになり夢中で刺した。殺意はなかった」として強盗致死罪にあたると主張。2月の事件後、警察に出頭しており、自首を認めて懲役刑にするよう求めた。加賀山被告は最終意見陳述で「今さら遅いが、申し訳ないことをした」と述べた。
 判決で細井裁判長は強盗殺人が、ナイフを用意した上で胸などを複数回突き刺し、傷も深いことに触れ「計画的であり、殺意を持って犯行に及んだと認められる」と殺意を認定。加賀山被告が男性の事件後、警察署に出頭したとして、自首の成立を主張していた点についても、強盗目的を隠していたことなどに言及し「申告したとは評価できず、自首と認められない」と弁護側の主張を退けた。その上で「留学生事件から約7年半後に男性を殺害しており、真摯に反省し、再犯防止に努めると期待するのは困難。加賀山被告は法廷で不合理な弁解に終始しており、真に反省しているとは認められず、死刑回避を相当とするような酌量すべき事情は見当たらない。2人の若者の尊い命を奪った結果は重大。遺族らの処罰感情もしゅん烈。殺意も認められ、極刑をもって臨むほかない」と結論付けた。

 被告、弁護側は控訴した。
 弁護側は一審に続き控訴審でも「いずれの事件も、無我夢中で振るった刃物が当たった。事件当時は正当な判断能力を欠いていた」として殺意を否認し心神耗弱状態にあったと主張。加賀山被告が男性刺殺事件の1週間後に出頭した点に触れ、「殺人を申告したことで捜査を容易にした」として無期懲役への減刑を求めた。
 湯川裁判長は判決で「相当の力を込めて何度も突き刺しており、いずれの事件にも、未必の殺意が認められる。金品を奪取しており、完全に責任能力はあった」などと弁護側の主張を退けた。そして「危険かつ残忍な犯行で若い2人の無念は察するに余りある。性懲りもなく凶悪犯罪を繰り返し、金銭のために人の命を顧みない危険な犯罪性向は根深く、更生の可能性は乏しい」と述べた。

 2012年6月19日の最高裁弁論で、弁護側はいずれの事件も殺意を否認。「仮に殺意があったとしても未必の故意にとどまり、実質は限りなく傷害致死罪に近い。自首も成立する。最も重くても無期懲役が相当」と訴えた。検察側は「殺意は明らかで、結果の重大性を考えれば死刑が重すぎるとは言えない」として上告棄却を求めた。
 判決で寺田裁判長は、「あらかじめ凶器を準備して金品を奪えそうな相手を物色するなど、強盗については計画性が認められる上、殺害態様は残虐かつ冷酷。何ら落ち度のない2人の生命を奪い、1人に傷害を負わせた結果は誠に重大。1件目の犯行後に再び金銭に窮して強盗を決意しており、経緯や動機に酌量すべき事情は認められない」と述べ、死刑判決はやむを得ないとした。

犯行日時

2000年7月29日/2008年2月1日
事件当時年齢 58歳
罪状 強盗殺人、強盗殺人未遂
死刑執行 2013年12月12日 63歳没