金正恩氏が「越えてはならない一線」をなかなか越えない理由

北朝鮮の核兵器研究所は、3日の核実験後に発表した声明で、次のように強調した

「大陸間弾道ロケット装着用水爆の実験での完全な成功は、(中略)国家核戦力完成の完結段階の目標を達成するうえで非常に有意義な契機となる」

なんだかわかりにくい言い方だが、要するに「もうほとんど完成した」ということだ。

「金正恩を狙え」

一方、韓国政府はメディアに対し、関係者コメントという非公式な形ではあるが、「まだ完成段階にはない」との見解を流している。北朝鮮は核弾頭の小型化やミサイルの大気圏への再突入技術に課題を残しているから、というのがその理由である。

一応、筋の通った話ではあるが、1990年代の朝鮮半島核危機を知る者にとっては、いささか滑稽さを感じさせる構図と言わざるを得ない。

当時、北朝鮮は「核兵器を開発する意思も能力もない」と言い張り、それを「嘘だ」と追及したのが米国であり韓国であり日本だった。それが今や、「もう出来た」とする北朝鮮の主張を韓国側が「嘘だ」と否定するという、真逆の構図になってしまったのだ。

今の韓国には、そうせざるを得ない理由がある。文在寅大統領が北朝鮮の「レッドライン(越えてはならない一線)」について、「北がICBM(大陸間弾道ミサイル)を完成させ、これに核弾頭を搭載して兵器とすること」であるとの認識を明らかにしてしまったからだ。

レッドラインというからには、それを越えたことを相手に後悔させる強力な対応をしなければならない。

では、それはどのような対応か。普通の感覚で言えば軍事攻撃である。実際、2015年8月の「地雷事件」に端を発した緊張激化においては、「それもあり得る」と感じさせる空気が流れた。

しかし、北朝鮮の核兵器開発が格段に進んでしまった今、軍事攻撃に伴うリスクは比べようもなく大きくなっている。それでも、一度「これがレッドラインだ」と言った手前、それを越えてきた相手を黙って見ているようでは、大統領は務まらない。

つまり、文氏は北朝鮮のレッドラインを引いたつもりが、自分にも同じレッドラインを引いてしまったのだ。それを越えたくないから、北朝鮮にICBMを完成してもらっては困るのである。

これと同じことは、米国についても言える。トランプ大統領はレッドラインという言葉を使いながら、それが何かを明言しないだけ賢いと言えるかもしれない。軍事攻撃は相手が油断しているときに、奇襲として行うのが最も効果が大きいからだ。

しかしそれにしても、北朝鮮がいまだトランプ氏が引いたレッドラインを越えていないのだとしたら、米国もずいぶん押し込まれたものだと思わざるを得ない。90年代の核危機において当時のクリントン政権は、北朝鮮がプルトニウム抽出に動いたというだけで空爆を検討した。それと比べれば、トランプ氏のレッドラインはずいぶんと寛大に思える。

結局、北朝鮮から「核の反撃」を受けるリスクがある以上、軍事攻撃に踏み切る勇気など誰にも持てないのだ。また、北朝鮮が核爆弾を何個持っているかさえわからない状況では、「核の反撃」のリスクをゼロにする軍事作戦も立案できない。

それでも、金正恩党委員長が何をしても安泰だと言うわけではない。米韓は、軍事手段によって北の核の脅威を取り除く唯一の可能性として、正恩氏の殺害を狙う方向に傾いていく可能性が高いからだ。

もっとも、正恩氏とてそのくらいのことは分かっている。今後、朝鮮半島情勢の行く末を占う上で、「正恩氏の身辺」はいっそう重要な意味を帯びてくると思われる。