「日本で物価が上がらないのは、生産性を上げてしまうから」ってホント?

日銀は前回の金融政策決定会合において、2%の物価目標を再び先送りしましたが、量的緩和策が日本でだけうまくいかない理由について、当事者である日銀はもちろんのこと、多くの専門家がはっきりとした見解を打ち出せずにいます。

 経済学の教科書を読むと、労働需給と物価には密接な関係があると記述されており、人手不足になると賃金が上がり、それに伴って物価が上昇するのは常識となっています。実際、過去の日本でも人手不足になると賃金が上がるという現象がよく観察されていました。ところが今の日本は、深刻な人手不足になっているにもかかわらず、物価も賃金もほとんどといってよいほど上昇していません。

 日銀の中曽副総裁は、物価や賃金が上がらない現状について、日本の場合には「人材不足になると人手を確保しようとする理論的なメカニズムが十分には表れていない」と述べています。その原因のひとつとして中曽氏は、日本企業はコストの増加をビジネス・プロセスの見直しや、自動化など、生産性の向上で対処してしまうため、価格に転嫁されにくいからだとしています。つまり日本企業は生産性をどんどん向上させてしまうので、価格に転嫁されないのだという理屈です。

 この話を聞くと一部の人は疑問に思うかもしれません。なぜなら日本企業の生産性は諸外国に比べて突出して低く、それが、長時間残業につながっていることが明らかになっているからです。安倍政権が掲げる働き方改革は低い生産性を諸外国並みに引き上げようというものですが、もし日本企業が生産性を高めることが得意なのだとすると、長時間残業の問題は発生していないように思えます。

 もしかすると、中曽氏が指摘する生産性の話と、私たちがイメージする生産性の話には少しズレがあるのかもしれません。中曽氏は、最近の日本企業は、コストとの兼ね合いで採算が取れにくいものは削減しているのではないかと指摘しています。つまり、ニーズがあることが分かっていても、人件費をかけたくないので、営業時間を短くする、製品を減らすといった形で対処しているということです。

 そうなると、しっかりコストをかけていればもっと売上高が上がっていたにもかかわらず、それを犠牲にしていますから、経済は縮小均衡のままで、結果として賃金も物価も上昇しないことになります。労働時間を減らしていますから見かけ上の生産性は向上しますが、儲かった結果として生産性が向上したわけではなく、経済は上向きません。

 このようになってしまう根源的な理由について、中曽氏は「賃金や物価が上がりにくいことを前提にした考え方が根強く残っていることが原因」と指摘しています。中曽氏は、こうした状況はいつまでも続かないとも主張していますが、果たしてどうなるのでしょうか。