なぜ日本人は賃貸自由主義より35年ローン地獄を選ぶのか

マイホームは「持ち家」と「賃貸」のどちらがトクか──。これまでも散々繰り返されてきた議論だが、「特にこれからの時代は、リスクを背負ってまで買うべきではない」と断言するのは、住宅ジャーナリストの榊淳司氏だ。果たしてその根拠とは?

 私は、日本人には住宅についてのある強迫観念が存在していると考えている。それは、「一人前になったら家を買わなければならない」というものだ。仕事を持ち、結婚して、子どももできた一人前の職業人が、いつまでも賃貸住宅に住んでいると、世間から「どうして?」と思われる。

 まわりを見渡してみよう。しっかり仕事をしていて、それなりの家庭を築いている人のほとんどは持ち家に住んでいないだろうか。そういった人で賃貸暮らしを続けているのは少数派である。

 しかし、自宅というのは必ずしも購入しなければならないものなのか? 私は常々疑問に思っている。

 住宅というのは、人が暮らすための器である。雨風をしのぎ、安寧と安眠の場所を提供する場所だ。できるだけ快適で、手足をゆったりと伸ばせて、圧迫感を抱かない程度の広さがあればよいのではないか。仮に一般人が宮殿のような住まいを手に入れても、維持管理に困るだけだ。

 特に今の日本は人件費が高い。家事を手伝ってもらう人を雇う、というのはよほどの富裕層でない限りは不可能。そうなれば、一人当たり30平方メートルから50平方メートルくらいの広さがちょうどいい。掃除や手入れも行き届く。また4人くらいの家族で暮らすならせいぜい100平方メートルだ。それ以上になると、清潔な状態を維持するだけでも相当の労力を必要とする。

 つまり、今の一般的な日本人の必要とする住まいは、さほど広くない。そして、この国では住宅自体が余っている。日本全体で13%余りの住宅が空き家になっていて、それは今後どんどん増えることが確実視されている。

 さらに言えば、住宅は余るわけだから資産価値は低下していく可能性が高い。現に、日本全国で住宅を含めた不動産の価格は下落している。不動産の価格自体が上昇しているのは、東京や神奈川、京都や大阪、仙台、福岡といった特殊な事情がある一部の地域の、限られた場所だけである。その他の不動産はほとんどが、その資産価値を落としている。

 中には、誰も所有したがらない不動産も多い。日本全国で所有者不明の土地が九州と同じ面積分だけあると言われている。

 不思議なのは、こういう時代でも35年ローンを組んでマンションを買おうとしている人が多くいることだ。なぜそのようなリスキーな買い物をするのか、私には理解できない。

 今後、日本では人口減少とさらなる少子高齢化が進む。移民政策を大転換でもしない限り、この国の住宅需要は減り続けるだけだ。絶対に増えない。増えないということは、その価値も高まらない、ということになる。

 カンタンに言えば、不動産の資産価値は下がり続ける。もっとあからさまに言うと、35年ローンで購入したマンションの市場価格が購入時よりも上がる、ということはマイナス金利になったり、年率5%以上のインフレにでもならない限り起こり得ないのだ。

 であるのに、多くの人が35年ローンを組んでまでマンションを買いたがっている。なぜだろう?

 人は、目の前で起こっていることしか理解できない。目の前では何が起こっているのか。特に東京の都心やその周縁では、不動産について何が起こっているのか。一般人にも分かりやすい現象は、「マンションの値上がり」である。

 2013年以来、マンションの価格は新築も中古も上がっている。だから、多くの人はこの流れが今後も続く、と考えている。あるいは「オリンピックが終わるまでは」などという根拠のない妄想を抱いている。

 現実は少し違う。私が見ている限り、都心の不動産価格は確かに2013年のアベノミクス開始以来上がり続けたが、それは2016年がピークだ。2017年は踊り場。中古マンション市場では、2017年に入ってから緩やかな下落が始まった。郊外や地方では、中古マンション価格の下落は鮮明だ。

 しかし、こういった現実が一般人には見えていない。例えば、一般の人が目にする不動産ポータルサイトでの価格はただの「売却希望額」であり、実際に売買が成立した「成約価格」ではない。売買の現場に立ち会うことが多い私には分かる。成約価格は確実に下落している。

 つまり、主要都市を生活拠点にしている人々が見ているマンション相場は「上がっている」ように見えて、内実はすでに下落が始まっている。また、今後よほどのことがない限り上昇局面は訪れない。

 こういう現実の中で、自分の住むマンションを購入すべきだろうか? それも35年もの長きにわたる返済を義務とされた借金(ローン)をしてまでも。

 35年返済というものを、多くの人は軽く考えている。しかし、実際には恐ろしく残酷な自由束縛ではなかろうか。数千万円の借金を35年にもわたって返し続けなければならない義務が課されるのだ。

 今の世の中、35年もの長期に当たって何か確実なことがあるというのか。自民党政権が35年続くとは思えない。東芝のような大企業でさえ、存続の危機に立たされている。メガバンクに就職しても、その多くは50歳にならないうちに外に出されてしまう。

 しかし、どこかの銀行から借り入れた借金だけは確実に存続する。金銭消費貸借契約にハンコを押した限り、返済義務は消えない。

 では仮に、返せなくなったらどうなるのか? 銀行が容赦なく抵当権を実行する。そのマンションを競売にかけて、ローンの残債を回収するのだ。そして、借金を返せなくなった購入者は、競落者によってそのマンションから追い出される。それでも、競落額がローンの残債を下回る場合は、借金が残る。返済義務は消えない。そうなれば自己破産しか救済の道はない。

 そういうリスクまで背負って、マイホームを買うべきではない。

 一方、その時々の収入に合わせて賃貸住宅に暮らすライフスタイルは、35年間ローンを返し続ける義務を背負うよりも、かなり自由だ。

 例えば、魅力的な転職のチャンスがあったとする。それが海外や地方都市から舞い込んでも、賃貸ならば気軽に応じることができる。子どもが遠隔地の進学校に合格すれば、家族で引っ越せばいい。あるいは、会社を辞めて収入が細った場合には、家賃の安いところに引っ越せる。

 日本全国で賃貸住宅の空室は2割も余っているのだ。礼金や敷金がかからず、当初1か月は家賃がタダという公営住宅もたくさんある。なにがしかの家賃が払える収入さえあれば、住むところには困らない。

 そして良くも悪くも、賃貸生活というのは自由だ。逆に、持ち家に住むというのは、その所有物をどうするか、という義務が生ずる分、不自由だ。ましてやそこに借金(ローン)返済という義務が付随している場合、不自由を通り越して束縛された状態だと見做せる。
多くの人は、なぜにその束縛された状態になりたがるのか?

 購入したほうが賃料を払い続けるよりも金銭的に得である、ということを理由にする。計算の仕方は様々だ。今のような低金利だとたいていの場合は購入した方が得だ、という計算が成り立つ。果たしてそうだろうか?

 購入したマンションが10年後には半額になっていることも考えられる。さらにいえば、そのマンションに縛り付けられる不自由さの対価や、地震などの災害で損害を被るリスクについては、計算に入っていない場合がほとんどだ。つまり、「賃貸vs購入」のコストシュミレーションには、極めて恣意的な答えしか出てこない。

 日本人は根が農耕民族である。心のどこかで、ひとつどころに定着したいと願っている。それはボヘミアン的な感覚をもった人間からすると、ただただ農民的な生き方である。

 しかも、そこに35年ローンなどという、非現実的な借金システムの罠が隠されている。購入を考える前に、こういう当たり前の現実に目を向けるべきだ