秋葉原殺傷事件5年 被害者や遺族、今も癒えぬ痛み
携帯電話サイトの掲示板に殺害予告が書き込まれ、その通りに無差別な襲撃が実行された東京・秋葉原の17人殺傷事件から8日で5年。加藤智大(ともひろ)被告(30)の裁判は今も続くが、凄惨(せいさん)を極めた秋葉原の歩行者天国に面影を残すものはほとんどない。被害者や遺族は癒えぬ痛みを抱えながら、生きている。腰を刺され、脊髄(せきずい)に重傷を負った埼玉県の会社員の男性(48)は下半身にしびれが残る。
あの日。男性は一人で秋葉原にいた。衝撃音で振り向くと、トラックが交差点で歩行者をはねていた。助けようと駆け寄ってからの記憶は断片的だ。刺した男の横顔がちらっと見えた後のことは覚えていない。気付けば道路にあおむけに倒れ、青空を見ていた。
「下半身が生暖かい感じで、痛みもなかった」。搬送時も意識はあったが、医師からの通告は非情だった。「一生動きませんよ」
生活は一変した。下半身は常にしびれ、眠れない夜も少なくない。左足の膝から下はほとんど動かず、装具が欠かせなくなった。便意の感覚もなくなり、おむつをつける毎日。外回りの仕事はできなくなった。
加藤被告の手記「解(かい)」は出版直後に購入した。ただ、「言い訳は聞きたくない」とほとんど読まなかった。報道などで同被告が語る「動機」は知っていた。本人なりに必死だったのかもしれないとは思う。それでも、なぜあれほどの事件を起こしたかは「今も理解できない」という。加藤被告に言いたいことは特にない。「とにかく早く極刑になってほしい」
大学生の長男(当時19歳)を奪われた千葉県流山市の男性(58)は今も毎朝、長男の部屋の雨戸を開け、遺影に話しかける。部屋は当時のままだ。
一人息子で甘えん坊。幼い頃は、妻と3人で手をつなぐと、いつも真ん中でぶら下がった。
毎夏、高校時代の同級生5、6人が自宅を訪ねてくれる。彼らは大学を卒業し、それぞれの道に進んだ。「生きていたら就職していただろうな」
公判はすべて傍聴し手記も読んだ。加藤被告は否定するが、派遣労働者として不安定な状況にあったことが動機の一因に思え、非正規雇用の若者が多い現状が気になる。
「あんな人間がもう出ないような社会になってほしい」。そして事件を忘れないでほしいと願う。






