ソフトバンク・笠井和彦氏の死を悼む SBIホールディングスの北尾社長もコメントを寄せてくれた
ソフトバンクの2000年代以降の躍進を支えたキーパーソンである笠井和彦取締役が10月21日、肺カルチノイドで死去した。享年76歳。「おー。久し振りだね。がんばっているかね」−−昨年11月、4〜5年ぶりに取材をした笠井氏は、こう記者に笑いかけ、こちらの不躾な質問に対し、いつもどおり真摯に応えてくれたことを、昨日のことのように思い出した。
結局、それが最後のインタビューになってしまったが、10年ほど、ソフトバンクの節目、節目の取材でお世話になった。
取材を通じての付き合いだけだったが、笠井氏はソフトバンクにあって要(かなめ)ともいえるような人物だった。普段は黒子のような存在だが、ホークス買収、大型買収時の為替予約、自然エネルギー事業の落としどころを探る時など、重要な場面で存在感をみせた。笠井氏のおかげで、孫正義社長はいろいろと助けられた。
■ディーリングのプロ
2000年6月、ソフトバンクの番頭役を務めていた北尾吉孝氏(現・SBIグループ社長)が、自身の後任として招聘したのが安田信託銀行(現在のみずほ信託銀行)会長を退任予定だった笠井氏だ。
笠井氏はディーリング、トレーディングのプロとして金融界に名が通っていた。独特の相場観が的中し、笠井氏が率いる為替ディーリング部隊は同行に巨額の収 益をもたらし、その成果への当然の報酬として副頭取になった。香川大学卒でありながら、東大閥の富士銀行で副頭取に上り詰めたのは異例だった。
2000年7月の週刊東洋経済の連載記事に、記者が行った最初のインタビュー記事が載っている。以下、少し長くなるが引用してみる。
なぜソフトバンクに来たのか。安田信託には相談役として残るよう言われたが、僕は若いころから「相談役とはいかがなものか」と思っていた。その前にも富 士銀行の山本惠朗頭取が、みずほに戻るよういろいろ心配してくれた。でも、僕が戻ると若い人が一人犠牲になるという。これは僕の考えに合わないのでせっか くのご配慮をお断りした。
外銀や外証からもスカウトがあったが、六年ほど前から面識のある孫さんや北尾さんが熱心に誘ってくれたのでソフトバンクに決めた。入って驚いたのは30歳 前後の若い優秀な社員が多いこと。取締役会、株主総会も銀行とは全く違う雰囲気を持っており、独特の活気を感じている。
孫さんからは、「ソフトバンクの戦略全般に首を突っ込んでいろいろ意見してもらいたい」「若い人が多いのでいろいろ教育してほしい」という二点を言われて いる。また、8月に日債銀が新銀行として引き継がれた後は、新銀行の社外取締役に孫さんと僕が就任する。新銀行が早く再建し再上場できるよう、これまでの キャリアを生かしたい。
ソフトバンクは銀行の取引先として見ると評価の難しい会社だ。ソフトバンクには事業と投資があるが、事業経営のうち過半の株式を持っている部分は分かりや すい。が、JVは分かりにくい。投資はもっと分からない。投資先がある程度育たないと評価できないため、リスクは常に高いと考えざるをえない。
そのため、ソフトバンクの評価には毀誉褒貶がある。これは僕の専門である為替や債券のトレーディングと似ている。課長時代には富士銀行内での評価にも毀誉 褒貶があったし、常務時代に他行が損している中で勝ち続けたときに「笠井は何か悪いことをやっているのではないか」と雑誌に書かれたことさえある。
ソフトバンクの行っている投資もトレーディングと同様、儲かるときと損するときがある。全戦全勝はない。しかしトータルでは勝ち続けることがトレーダーのスキル。孫さんは情報をより分ける動物的な勘を持っており、撤退の決断も早い。トレーダーとしての資質十分だと思う。
当時のソフトバンクの課題を、見事に言い当てていた。次ページに、ソフトバンクの孫社長、SBIホールディングス・北尾吉孝社長のコメントを掲載する。謹んでご冥福をお祈りしたい。
ソフトバンク孫社長のコメント(リリースより転載)
笠井さんは、2000年より当社の取締役に就任いただき、豊富な金融分野のご経験をもって、ソフトバンクグループの経営全般に多大な貢献をされました。また、福岡ソフトバンクホークス球団社長として、球団運営にも尽力されました。誠実かつ公平無私、人情味あふれる御人柄ゆえに、笠井さんを慕う幹部や社員も数多く、常に後に続くわれわれの指針でありました。今に思えばどれだけ多くのものを譲り受けたか計り知れません。
ソフトバンクが、この10数年間で、ブロードバンド、固定通信、携帯事業へと幅広くビジネスを拡大し、世界的なモバイルインターネット企業への変貌を成し遂げることができたのは、笠井さんの多大な功績によるものです。
ここに、笠井さんのご冥福を謹んでお祈りいたします。
ソフトバンク株式会社
代表取締役社長 孫 正義
SBIホールディングス北尾社長のコメント
笠井さんの訃報に接し、非常に深い悲しみを感じております。私が2000年にソフトバンクのCFOを退任する際に、笠井さんを後任として孫さんに推薦させていただきました。理由は、笠井さんの安田信託銀行会長としての任期がちょうど終えようとしていたこともありますが、笠井さんが富士銀行副頭取を努められていた頃に接し、その誠実さと高潔さに深甚の敬意をいだいていたからです。
また、為替の大きな取引において笠井さんの並外れた度胸を感じたこともあり、当時のソフトバンクの財務が直接金融中心から間接金融にも軸足を移していこうとする過渡期において、うまく舵取りをしていただけるのはこの人しかいないと思いました。
笠井さんは、北尾さんがどうしても来てほしいと言わない限り(ソフトバンクには)行かない、とおっしゃられ、孫さんと私とで笠井さんにお目にかかったことを昨日のように覚えています。
笠井さんは、金融界で私が最も尊敬した人物の一人でした。
心からお悔やみ申し上げます。
SBIホールディングス株式会社
代表取締役 執行役員社長
北尾 吉孝






