リコールの嵐に揺れるホンダ、役員OBも社長に苦言

ホンダ<7267.T>で前例のない連続的なリコール(回収・無償修理)が起き、伊東孝紳社長(61)率いる現経営陣が厳しい対応を迫られている。リコールの影響で品質の再検証に時間と精力を割かれ、その結果、新型車の発売は1年間もゼロの状態だ。

ホンダ車の5割が搭載するタカタ<7312.T>製エアバッグの異常によるリコール問題も米国で深刻化し、さらに追い討ちをかけている。伊東社長は危機をどう乗り切るのか、同社役員OBからも心配の声が上がっている。

<歴代社長が伊東社長を訪問>

今年10月、1990年から98年まで社長を務めていた川本信彦氏(78)が本社(東京・青山)に出向き、伊東社長を訪れた。元役員など複数のホンダ関係者によると、ここ数年、急増しているリコールについて、ホンダブランドのダメージにつながりかねないとして、品質問題にすばやく対応するよう厳しい口調で諭したという。

「いったいホンダはどうしたのか。どこかがほころんでいる」――。1980年代の経営陣の1人で、川本氏の訪問を知る元役員は、ロイターの取材に対し、「ホンダの社内はほとんど危機感を感じていないのでは」と懸念を示した。「川本氏はそうした社内の雰囲気にフラストレーションが募り、わざわざ伊東社長に会いに行ったのだろう。ただ、伊東社長が川本氏の真意を理解したかどうかはわからないが」。元役員はそう続けた。

ホンダは10月23日、看板車種「フィット」のハイブリッド車(HV)など約42万台をリコールすると発表。リコールの回数は、昨年12月に発売した小型SUV「ヴェゼル」のHVで3回。昨年9月に投入したフィットHVでは昨年10月と12月、今年2月と7月も実施しており、発売から1年間で実に5回を数える。2011年以降、原動機付二輪車「スーパーカブ」でもリコールが5回続いている。

リコール制度は、少しでも不具合が見つかれば、重大事故につながらないよう隠さず速やかに回収・修理して対応するもので、リコールそのものは悪いことではない。フィットの場合をみても、不具合の部位は5回すべてが同じではない。ただ、同一車種、しかも新型車が発売直後のわずか1年間で5度や3度もリコールを実施するのは「前例がなく、検証が不十分だった」(ホンダ広報)ことは否めない。役員OBらが 「今のホンダは根本的にどこか悪いのでは」と感じるのも無理はない。

<伊東社長の部品戦略が一因との見方も>

川本氏の訪問よりもっと前に、伊東社長に会うため本社へ足を運んだ元社長がもう1人いる。1998年から2003年まで社長を務めた吉野浩行氏(75)だ。複数の関係者によれば、吉野氏は伊東社長に対し、自動車メーカーの業界団体である日本自動車工業会(自工会)会長就任の要請を受け入れる前に、社長としてホンダの日々のオペレーションに集中するべきだ、と告げたという。

自工会の会長職は2002年以降ホンダ、日産自動車<7201.T>、トヨタ自動車<7203.T>の3社が1期2年の持ち回りで担うのが慣例で、今年はホンダの担当。同社から就任した過去2人はいずれも当時の会長だった。直近の12年から14年はトヨタの豊田章男社長だったが、結局、伊東社長はそれに続かず、池史彦会長が就任した。

もっとも、川本・吉野の元社長2人は伊東社長に辞任のプレッシャーを与えたわけではない。ある関係者は「川本氏が伊東社長に退任を促したといううわさもあるが、もしそれが本当なら、いまごろ伊東社長はとっくに辞めているはず」と話す。ホンダ広報は、歴代社長らの訪問についてはコメントを控えたが、「一般的に元役員の訪問は珍しいことではない。今回に限らず、役員OBからアドバイスを受けることはある」という。

しかし、元役員の1人は、相次ぐリコールは2009年の就任後に伊東社長が決断した新たな部品調達戦略に一部、起因しているのではないか、ともみている。世界中に工場を持つメガサプライヤーから部品を大量かつ安価で調達しコスト削減を目指すというもので、系列サプライヤーから調達する、長年続けてきた従来の方法とは対極にある。これまでなら阿吽(あうん)の呼吸でできたことが、メガサプライヤーとの新たな取り組みが増え、「エンジニアたちが、あまりにも多くの仕事を抱え込み過ぎたのではないか」(元役員)と指摘する。

<品質優先に舵、許されない失敗>

今回の事態を重く見た伊東社長は、11月から3カ月間にわたり社長は月額報酬の20%、他の役員12人は同10%をカットし、組織改革にも踏み切った。「ミスター・クオリティ」(岩村哲夫副社長)と呼ばれる福尾幸一専務執行役員が品質改革担当役員と本田技術研究所の副社長を兼任し、開発から量産の立ち上がりまで一気通貫で見ることにする体制に改めた。

伊東社長は今月10日の新型「レジェンド」発表会で、度重なるリコールを「猛省する」とし、16年度の世界販売計画として掲げた四輪車600万台以上の目標達成よりも品質の向上を優先する方針を示唆した。それはまるで、5年前、意図せぬ急加速などで大量リコールを余儀なくされたトヨタが、台数拡大よりも品質優先に舵を切った姿と重なる。

今のところ、フィットやヴェゼルの国内販売にそれほど大きな影響は出ていない。ホンダは12月1日発売予定の新型セダンHV「グレイス」を皮切りに、当初の計画通り、来年3月までに6車種の新車投入を目指す。わずか4カ月で6車種も立て続けに発売して遅れを取り戻そうという計画は簡単ではない。

新型レジェンドも当初は今秋の発売予定だった。しかし、品質を総合的に再検証するため、最終的に発売直前で急きょ年内から来年1月22日に延期した。最先端の安全運転システムを初搭載したホンダの旗艦モデルであり、1台680万円(税込み)という最上級セダンのHVだ。品質面の失敗があれば、ホンダの高級車戦略への影響は大きい。

度重なるリコールはフィットやヴェゼル、スーパーカブだけではない。2008年以降から続いているタカタ製エアバッグに絡むリコールは、すでに今月13日で10回。調査目的の自主回収なども含めるとリコール対象車両は950万台以上に膨らんでいる。伊東社長も「由々しき問題」として重く受け止めている。

米上院の商業科学運輸委員会は13日(米国時間)、公聴会を20日に開くと発表し、タカタだけでなく、ホンダの出席も求めた。直接ユーザーに接する完成車メーカーとしてのホンダも少なからず責任を問われる可能性があり、今後の事態の展開次第では、主力の北米事業に水を差しかねない。伊東社長はこの局面をどう乗り切るのか、経営者としての真価が試されている。