19万人企業に「褒める文化」を根付かせたヤマトの「満足BANK」に学ぶ風土変革の極意
構造改革を経て多くの日本企業が過去最高益を記録している。とはいえ、未来に目を向ければ「持続的成長の実現」は依然として大きな課題だ。そして、持続的成長を可能にする鍵は、時代を先取りして自らが変革し続けることができるかどうか、すなわち組織の「自己変革力」である。多数の企業変革に関わってきたデロイト トーマツ コンサルティング パートナーの松江英夫が、経営の最前線で果敢に挑み続ける経営トップとの対談を通じ、持続的成長に向けて日本企業に求められる経営アジェンダと変革の秘訣を解き明かす。
連載第2回目は、かつては「鍛える文化」だったというヤマトに「褒める文化」を根付かせた「満足BANK」の仕組みと、組織が変わり続けていくために必要なものは何なのか、ヤマトホールディングスの木川社長に聞く。
● 【風土変革】 鍛える文化から褒める文化へ「満足BANK」という仕組み
松江 御社には「満足BANK」というものがあると伺いましたが?
木川 「満足BANK」を導入したのは「褒める」風土をつくるためでした。今までは、うちは鍛える文化でした(笑)。鍛えてこそ社員は育つという文化だった。でも褒められて嫌な気持ちになる人はいません。世代もどんどん変わってきているので、掟を破って褒める仕組みをつくった。これが「満足BANK」です。
イントラネットに記名式で誰が誰を褒めたか、その理由は何かが全部見られるのです。最初、「俺を褒めろ」という上司が出てこないかと心配しましたが、そういうことはまったくありませんでした。
松江 この仕組みはすごいと思いました。もともと木川さんの発想ですか。
木川 「褒める文化」と言ったのは事実だけど、ある幹部社員が仕組みを考えてきて「社長、これでやりましょう」と言ってきた。それで「おもしろい、やろう」と。当時、古い友人でもある著名なコンサルタントに話したら、「14万人もいる会社で、そんなことできるわけない」と一笑に付された。
松江 それは面白い話ですね(笑)。でもこの規模でやるのは本当にすごいと思います。
木川 中小企業では「いいことを見える化」と「お互いに褒め合う」ことはありますが、この規模では少ない。我ながら仕組みとして定着をしたのは画期的だと思います。でも、褒めるのは意外に難しい。叱るのは自分で思ったことをそのまま表現すればいいから簡単ですが、相手のことをに関心を持ってよく見ないと、きちんと褒めることができません。
松江 「相手にきちんと関心を持ってみないと褒められない」というのは納得ですね。「満足BANK」は表彰制度などがあるのでしょうか。
木川 ポイントが累積でたまっていくにしたがって、銅、銀、金、ダイヤモンドのバッジが与えられます。
「満足BANK」には、おもしろいエピソードも多いです。たとえば、ある宅急便センターで受付をやっているゲストオペレーターという役割の女性社員の場合、周りのセールスドライバーから仕事で注意を受けることはあっても、褒められることがあまりありませんでした。それでモチベーションが下がり、「辞めよう」と決めた人がいたんです。
最後だからと初めて「満足BANK」を覗いたら、いつも怒っているセールスドライバー達が自分のことを褒めていた。それを知り、結局辞表は撤回したのです。辞表撤回後もセールスドライバーは、それまでと同じように叱られてばかりなのに、「満足BANK」で褒めてくれていることを知っているから、逆に叱られるのが心地よくなってしまう(笑)。
普通の会社でも難しいと思いますが、われわれは「褒める」文化がなかったですからね。でも、そんな文化で働いてきた社員たちが、わざわざ自分で入力して、同僚を褒めるわけです。
松江 日頃は言葉に出さなくても、実はお互いに伝わるものが伝わっているということですよね。従業員の皆さんの絆を感じるエピソードですね。
木川 この10年間で、社員の気持ち、社員の満足度を推し量る、あるいは、それをもっと進化させるとか、いいDNAを伝承するためのさまざまな仕掛けの導入を試していきました。そういう仕掛けを組み合わせながらやると結構自然に機能し始めました。
● 【変革の継続】 風土に合った仕掛けでなければ組織を変えることはできない
松江 持続的成長に向けては顧客との関係を持続させることが大事だと考えているのですが、御社はお客さまからニーズとか困りごとを聞いてくるとか、いろんな感謝をされるサービスを提供するといった継続的な関係を重視されている印象があります。
木川 もともと現場の第一線、お客さまとの接点についての評価は極めて高いです。宅急便を始めた小倉昌男さんをはじめとする先人の強力な戦略の成果だと思います。小倉さんは、様々なメッセージを発信されていますが、なかでも「サービスが先、利益は後」は名言です。現場に対しては、「お客さまのことだけ考えてお客さまのために役に立つことをやろう」と言うだけで、「儲けろ」とは一切言わない。お客さまのためにやれば、「利益は後から付いてくる」と。
でも、すべての人に同じことを言っていたわけではなかったはずです。本社の然るべき人には、「儲けも考えなければ」と言っていた。民間企業で利益を出さなかったら成長できませんから。でも、サービスをきちんとやれば評価が上がって、マーケットシェアが上がって、利益は付いてくるという軸足はブレない。「短期的利益」よりは「長期的成長」と、長い時間軸で見ている。そうした理念を社訓の唱和とかで言葉に出すだけではなく、自らの行動として社員に示すこともしていた。
松江 トップが行動で示すことはとても大切だと思います。
木川 これは最近よく話す逸話ですが、スキー宅急便を始めた1年目に上越地域が大雪により道路が封鎖されて荷物が届けられなくなったことがありました。でもお客さまは新幹線でスキー場に着いているのに、肝心のスキー板が来ないから現場が追い込まれる。
そのときの小倉さんは、「スキーは買ってあげなさい、借りてあげなさい、荷物で必要なものがあればそこで買ってくるようにしてあげなさい」と指示された。約款上は、われわれのミスではないので補償義務はないのに、たくさんのコストを払った。これが「サービスが先、利益は後」の典型です。
もし大雪になると使えないサービスとなったら、スキー宅急便を使う人はいなくなったはずです。そうなれば、ゴルフ宅急便も生まれていない。お金、コストをかけてでも、始めた商売、サービスに対する信用力をつけていった。こうした意思決定をみても、自らの理念を行動で示すことを実践されていたことがわかります。こうしたことは理念を浸透させるプロセスとして必要です。
松江 本日はいろいろといいお話をお聞かせいただきました。私は持続的成長のためには組織が変わり続けていくことが必要だと考えているのですが、そのためのポイントはどこにあるとお考えですか。
木川 それは「挑戦」です。常にお客さまのニーズを把握し、それに対して何ができるかを考える風土を植え付けると、常に新しいことにチャレンジするマインドが育ちます。挑戦というのは、大成功をおさめたらそれで満足しないということです。誰しも失敗したら再挑戦しますが、大成功するとチャレンジしなくなる。われわれがそうならないのは、隙間なしに次から次へと新しいものにチャレンジさせてきた小倉さんの功績です。それをやり続ける風土ができていれば、経営者としてはかなり楽ですね。
松江 やはり常にフィードバックがあると人は刺激を受けて、常に考えたりチャレンジしたりしようとする。経営としてそうした環境をうまくつくられているなと感じます。
木川 「満足BANK」もそうですけど、今まで色々な制度や仕掛けなどを試みて来ましたが、それを受け入れられる風土があるかないかが重要です。我が社で成功している仕組みを真似して、風土が違うところに埋め込もうとしてもそれは無理です。
色々な仕掛けをする上でも、それぞれの企業が持つ風土に合った形で何を実現するかを考えなければなりません。だから普遍的な成功事例はあまりないと思います。良い悪いではなく、風土に合っているかどうかです。風土に合ったことをやることで、組織は大きく変わっていくのではないでしょうか。そこが要諦ですね。
(対談後記)
「自己変革力の秘訣-松江の視点-」
『風土に合った仕掛けでないと成功しない』創業経営者の築かれた土壌のうえで有効に機能するメカニズムを構築することで成長の基盤を作られた木川社長の手腕は、自己変革力を解き明かすうえで多くの示唆に富んでいる。
「長い時間軸でのグランドデザイン」、「サービスは先、利益は後」、「グループ横断的なコミュニケーション」、「満足BANKに象徴される褒める文化」、「過去の大成功に満足しない挑戦するマインド」など象徴的な取り組みの数々。組織が自ら活力を持って変化し続けるための秘訣がそこにある。






