山口組分裂にみる「日本の暴力団の地盤沈下」

暴力団を引退して10年、竹垣悟(Satoru Takegaki)氏(64)は現在、元構成員たちが一般社会での生活に適応できるよう定職を探す手助けを日々行っている。

後に4代目山口組組長となる竹中正久(Masahisa Takenaka)氏のボディーガードを務めていた竹垣氏は、日本の暴力団の世界に近年最大の分裂劇が起きている今、現状に不満を抱く、より多くの構成員が、自らが主宰する更正支援団体を訪れることを願っていると話す。

日本最大の指定暴力団・山口組(Yamaguchi-gumi)は今秋、10団体を超える直系組織が別組織を結成するという大規模な離反劇に揺れた。この分裂は1980年代の山一抗争の再現を恐れる警察を警戒させたと同時に、厳しい組織内統制で知られた山口組の内部抗争と影響力の低下を露呈させた。

「一時の快楽はあってもね、全体的に考えたら、暴力団社会におって得られるもんは何もないからね」──竹垣氏は山口組の本拠地からそう遠くない自らの故郷の姫路市で、AFPの取材に関西なまりの太い声で答えた。「暴力団として表立って活動できる世の中じゃないですわね。時代が、暴力団という存在を求めてないんやろね」

山口組の分裂をめぐっては、経済不況と構成員の減少による打撃を受け、暴力団対策法の指定組織にもほころびが生じている事実を浮き彫りにしているとの見方がある。さらに、そうした組織の活動に対する世論の寛容度も低くなる中、いわゆる「半グレ集団」のように比較的に組織化の低い勢力が、従来の暴力団のテリトリーに入り込んで来ているともされている。

日本の組織犯罪に詳しいノンフィクションライターの溝口敦(Atsushi Mizoguchi)氏は「分裂したことでこっち(神戸山口組)もさらに寿命を縮めているというか、全体を通してみれば日本の暴力団の地盤沈下は争えない事実だ」と話す。

戦後の混乱期より、街の秩序を保ち、物事を迅速に進めるために──たとえそれが問題ある手段だとしても──必要悪として社会に許容されてきた暴力団だが、今や賭博から薬物、売春、高利貸し、金銭の暴力的要求行為、知能犯罪までも手掛ける数十億ドル規模の犯罪組織へと成長した。

構成員の反乱 山口組分裂にみる「日本の暴力団の地盤沈下」

しかし、暴力団構成員および準構成員などの数は近年減少の一途をたどっており、最も多かった1960年代の18万人から、昨年は5万3000人にまで減っている。

07年に長崎市で起きた「長崎市長射殺事件」では、金銭的に困窮した構成員によって市長が殺害され、それまでの義理や人情で動くといった組織のイメージに大きなダメージが生じた。

今回の分裂で、山口組の構成員2万3000人のうち10%を超える人数が、司忍(本名:篠田建一)組長(73)の下から離反し、分離組(神戸山口組)に合流したと推計されている。その司組長には今、米国の1920年代のシカゴ・マフィアのボス、アル・カポネ(Al Capone)を失墜させたのと同様に脱税容疑がかけられる可能性がある。

溝口氏は、「執行部を経験した人間が5人ほど神戸山口組に移動している。彼らが司忍組長にいくら渡ったかというデータをもっているとされている」と述べ、この情報が警察に流れる可能性もあるとしている。別の暴力団、工藤会(Kudo-kai)のトップも今夏、脱税事件で逮捕されている。

離反した構成員らは、イタリア製の高級スーツをこぎれいに着こなす司組長をはじめとする幹部らに対し、毎年納めることが求められていた高額の上納金に耐えきれずに組織を去ったとされる。「この分裂騒ぎは結局、現在の組長と若頭の行う山口組の運営がお金を取り過ぎ、そのことに対する反乱が起こり、また分裂が起こったということ」だと溝口氏は指摘する。

銃砲刀剣類所持等取締法に違反したとして6年間服役した後、11年に出所した司組長は、全国に約70あるとされる山口組系の直径の組織に年間数千万円の上納金や、贈答を要求していたとされる。ライターの溝口氏は、「司組長の年収はだいたい10億円くらいと推定されている。ところが一般組員は、財布に一万円札1枚入っていれば、その日1日金持ち気分で暮らせるというほど、経済的に格差が激しくなっている」と述べた。

法のグレーゾーン 山口組分裂にみる「日本の暴力団の地盤沈下」

イタリアのマフィアや中国の三合会といった他国の組織と異なり、暴力団は長年、日本社会特有のグレーゾーンを占めてきた。組織は違法ではなく、各団体の本部は警察からはっきり分かる状態で存在している。

しかし警察庁組織犯罪対策部で情報官を務める親家和仁(Kazuhito Shinka)氏は、「これまで取り締まりを行うことができなかった行為に対して規制をかけていこうというものであって、決して法的な存在として認めてそれを保護しようというものではない」と、暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律、いわゆる暴力団対策法について述べた。

暴力団排除条例の強化も相まって「しのぎ」は厳しくなり、企業との間での取引も禁じられ、暴力団は銀行口座の開設や事務所での郵便物の受け取りさえもままならない状況にある。こうした変化から、長年払い続けたみかじめ料を奪還しようと暴力団を相手取り、企業が訴訟を起こす例もわずかながら出てきた。

21歳で暴力団の一員となった竹垣氏は、獄中で受け取ったという、他界した4代目山口組組長からの「懐の深い」手紙を今も持っていると話す。竹垣氏は、かつて「やくざ」を象徴していた仁義や兄弟分の契りといったものは消えて久しいと述べ、そして、「今の時代はやっぱり義理とか人情よりも、お金で動くような、そういう感じがあるね。この分裂を機会に(構成員は)暴力団から離脱して、かたぎとしてやってもらいたいですわね」とAFPの取材に語った。