ワタミ社長に聞く「和民」の屋号を外す理由
今年3月に社長に就任した当初は、「和民」の屋号へのこだわりを見せていたが、一転、今回は100店の業態転換を打ち出した。何が決意を促したのか、清水邦晃社長にこれまでの経緯と胸中を聞いた。(聞き手/「週刊ダイヤモンド」編集部 須賀彩子)──3月に社長に就任した当初、まだ「和民」の屋号へのこだわりを見せていました。ところが、今回、3割の店から「和民」の名前を外しても構わないと、方針を大きく転換しました。
僕は和民で育って和民が好きだから、当初はこれで勝負したいという気持ちがありました。同じ「和民」でも、売り上げを伸ばしている店があったからです。
特に、社員から独立したフランチャイズオーナーが運営する店がそうで、プラスアルファの商品やサービスを提供することで、大きな投資をしなくても好調です。そういう事例があるわけだから、まず、一度はそこを目指さないといけないなと考えました。
それに、社長に就任した途端、屋号を変えるようでは業態から逃げることになるし、社員にも示しがつかないから、まずはいい店をつくろうと。最初はそういう判断でした。
──しかし、なかなかうまくいきませんでした。和民のどういった点が問題だったのでしょうか。
昨年10月に外食事業会社の社長に就任した際、全国の店舗を回ったのですが、その半年前に商品単価を引き上げたことに現場が追い付けていませんでした。
価格を上げた際に、量を増やすなど付加価値を付けたわけですが、食材が300アイテム以上に膨らんだり、調理工程数が増えてオペレーションが混乱してしまっていたのです。
その結果、料理を出すまでに時間がかかったり、1日に1食も出ない商品が全体の3分の1にまでなったりして、ロスが増えていました。
例えば、1000円のステーキなんかは東京都心部など、はまった地域もありましたが、学生や地方のファミリー層などからは「高くなったね」という評価になり、客数が減ってしまった。そこで、マーケットが期待する和民の価格帯に戻すことにしました。
結果、7月と10月は客数が前年同月比で100%を超えることができました。価格を下げたぶん客数が回復するのは当然という見方もありますが、お客さまの数が増えたことは、社員たちには希望が持てる結果になっています。
──それでも今回、屋号を変える決断に至ったのは、何が後押ししたのですか。
先述した通り、メニューやオペレーションの改善に取り組みましたが、それでも3割の店では反応がありませんでした。お客さまの中に、和民に対するイメージができてしまっている。「しょせん、和民でしょ」と。すると、いくら店内を改善したところで来店してもらうのは難しい。
僕らが目指すのは、屋号にこだわることではなくて、お客さまに喜んでもらえる店をつくることです。受け入れられている店は残して、屋号を変える必要があれば変えればいいとの判断です。
──業態転換において三つのタイプを展開するとしています。
今は、全国画一的なチェーンでは受け入れられない地域があります。どうしたら、多様化しているお客さまのニーズに応えられるか。実験で三つのパターンに分けました。
一つは地産地消により、その地域に密着した店を目指す。二つ目がファミリーレストラン型で、アルコールや深夜営業だけに頼らず、家族連れに利用してもらうことを狙います。三つ目が専門メニュー型で、東京・新橋のニッポンまぐろ漁業団のように、専門料理に特化した業態です。
──まずは外食事業の既存店売上高が前年同期比で100%をクリアするのが必須だと思いますが、この下期から実現できそうですか。
忘年会シーズンの宴会需要は、前年同期比で117%を取れていますが、フリーのお客さまを含めた全体ではそう簡単ではありません。
従って、まずは足元を固めるべく、コストをかなり削りました。上期(15年4〜9月期)も売上高が落ちているのに利益が改善しているのは、コスト削減によるものです。
ワタミは、工場も含めた本社コストが大きいため、店舗段階では営業黒字でも、会社全体では営業赤字になってしまいます。そこで、本社に126人いた部課長を40人台にまで減らして店舗に配置し、利益貢献させる体制にしました。
また今回、介護事業を売却して会社が3分の2の規模になりましたから、今までみたいな規模や仕組みは必要なくなります。もう食事一本の会社になりました。外食という箱で売るか、宅食という皿で売るかの違いはありますが、「客数×単価」だけの世界になりますから、経理も何もかもシンプルになる。だから、外食と宅食の事業会社を持ち株会社に合併させて一つにしました。
まず営業損益だけでもゼロになれば、減価償却費ぶん現金ベースでは黒字になるので、危機的な状況にはなりません。
──営業損益トントンがゴールでいいのでしょうか。
そうではありません。外食事業の既存店売上高を前年同月比で110%にして成長を目指すつもりです。外食事業で15億円の利益を稼げるところに持っていきたい。
そのために、社内では120%を目指そうといっています。居酒屋市場のダウントレンドの中でも、業態転換した石巻酒場やまぐろの店では成果を挙げているわけですから、できない数字ではありません。
──屋号だけでなく、創業者の渡邉美樹氏とも決別するのでしょうか。
創業者ですから、僕にとって良き相談相手であることにはなんら変わりはありません。尊敬も信頼もしているし、アドバイスをもらいにいくこともあるでしょう。しかし、経営については「任せた」と言われていますし、頼ることはありません。とはいえ、たまに一緒に飲むこともありますよ。そのときは和民を使ってもらっています。