なぜ、今さら曙、サップに魔裟斗? 大晦日イベントは迷走か。
2015年の大晦日に地上波のテレビ放映を絡めた大型格闘イベントが復活する。大晦日のテレビにボクシング以外の格闘技がコンテンツとされるのは10年ぶりだ。フジテレビ系は、PRIDEを大成功させたプロデューサーの榊原信行・実行委員長、高田延彦・統括本部長らが、立ち上げた『RIZIN(ライジン) FIGHTING WORLD GRAND PRIX 2015』。こちらは、29日との2日間のイベント、放映となる。TBS系は、「KYOKUGEN 2015」の番組内で、反逆のカリスマとして人気を博した元k−1王者の魔裟斗(36)対山本“KID”徳郁(38)との11年ぶりの再戦。
ライジンの方は、人類最強、60億分の1の男と評されたエメリヤーエンコ・ヒョードル(39)の復帰戦や、元大相撲・大関の把瑠都(31)の総合デビューなど盛りだくさんのカードや仕掛けが用意されている。だが一方で、12年ぶりの再戦となる曙(46)対サップ(42)を筆頭にIQレスラーとして、かつて格闘界をリードした桜庭和志(46)が、体重差のある実力派の青木真也(32)と対戦、世界のTKこと、高阪剛(45)の9年ぶりの復帰戦など、旬の過ぎた往年の人気選手の起用も目立つ。把瑠都の総合デビュー戦の相手も、K−1ファイターとしては、ビッグネームだが、全盛期は過ぎたジェロム・レ・バンナ(42)。
榊原代表は、「どんなスポーツにもマスターズクラスがある。知名度があって活躍した選手が年をとったら追い出されてしまうような状況を何とかしたい。40歳を越えてもまだまだ現役で戦える選手はいるので、例えば、グローブを大きくするとか、打撃無しルールとか、工夫をすればいいし、ホイス・グレイシーもまだ戦いたくてしょうがないと言っていた」と、レジェンド対決を実現した理由を説明していた。レジェンドと呼ばれる伝説の選手にマスターズクラスという舞台を用意するのもライジンのコンセプトのひとつ。それでもコアなファンの間からは、「いまさら」という失望の声も少なくない。
魔娑斗対山本KIDも、04年の大晦日に瞬間最高視聴率31,6%を記録した伝説のカードだが、魔娑斗は6年前に引退した選手。UFCと契約している山本KIDは、“格闘イベントへの参加”とUFC側に説明して出場にごきつけたという話もある。スタンディング特別ルールと言えど、ミスマッチと言われても仕方がないだろう。
元k−1プロデューサーで、現在は、巌流島という格闘イベントを立ち上げ、隔月のムック本「大武道」の責任編集をしている谷川貞治氏も、こんな辛辣な意見を持っている。
「おそらくですが、一般の視聴者をかつての有名選手の名前で引き付けて視聴率につなげたいというテレビ局の意向でしょう。懸命に頑張られている主催者や、出場する選手には何の責任もないでしょうが、『ちょっと違うよな』というのが正直な感想です。10年前の再放送を見せられても、格闘界の復興にはつながらないし、意味はない。詳しくは知りませんが発表されているカードを見ても、何がやりたいかが見えてこないし、方向性がバラバラに迷走しているようにも思えます。
今回の大晦日が、格闘界の再興のきっかけになってくれればという期待感はありますが、過去の呪縛から解放されていませんね。私も考えていることですが、格闘界の再興のためには、UFCの路線でもない、もっと新しいア プローチをしていくべきだと思います。今人気の新日本プロレスは、脱猪木さんから新しい形で成功させていますし、人が集まっている新K−1も、昔のk−1とはまったく違うものです。その意味で、今回の年末の格闘イベントは、過去をなぞったものに見えます」
「曙―サップ」のカード実現をサポート、瞬間最高視聴率43パーセントを稼ぎ、怪物番組である紅白歌合戦に勝った経験を持つ谷川氏だけに、格闘家としての峠を過ぎたこのタイミングで昔の名前に頼った「曙ーサップ」の再戦には複雑な心境なのだろう。
谷川氏は、「僕がプロデューサーをやっている頃は、大晦日という大きなイベントでは、時代の雰囲気をつかまえることが大事でした。今なら、テレビショーとして五郎丸歩を引っ張りだす、もしくは、ヒールとして清原和博をリングに上げるような仕掛けになるのでしょうが、10年前に比べてテレビの持つ力、取り巻く環境も変化しましたよね。局の予算もそうですし、テレビを見る人が減っています。どうアプローチしていくか、難しいのは事実ですが、迷走しているように見えます」と続けた。
かつてボビー・オロゴンらタレントをリングに上げてサプライズを起こした谷川氏らしい意見だ。
ただ、29日、31日と2日に渡って格闘技の“聖地”さいたまスーパーアリーナーで興行を打つライジンには、昔の名前に頼るカードだけでなく、魅力的なカードも組まれている。元女子レスリング世界王者、山本美憂の長男で、レスリングで五輪出場を狙っている山本アーセン(19)が総合に初参戦して、あのヒクソン・グレイシーの二男・クロン・グレイシー(27)と対戦。また世界のトップを走る総合格闘団体UFCも、注目しているヒョードルの復帰戦、1m88で93kgの体格で世界最強女柔術家と呼ばれるギャビ・ガルシア(ブラジル)もレスラーを相手に総合デビューするなど、柔道の元北京五輪金メダリストの石井彗が参戦するヘビー級トーナメントも含めて、注目のマッチメイクもある。
谷川氏も、「勝負論では、気になるのは、体重差があると言えど桜庭対青木ですね。寝技勝負になるのか、打撃になるのかわからない。また魔裟斗の試合も、一人の父親としてどういう姿を見せてくれるのかという点で注目しています」と言う。
確かにテレビ局の視聴率優先主義で組まれたと考えられるカードには、賛否両論あるだろう。UFCに圧倒され、新たなスターも不在で停滞気味だった日本の格闘界の再興の起爆剤になるかどうかもわからない。だが、喧々諤々の議論を起こし始め、テレビの地上波を巻き込み、再びインパクトを与えようとしていることには大きな意義があると思う。そういう賛否が、ネットやSNSを通じて議論として沸騰し始めれば、底辺から再ブームが生まれることにつながるかもしれない。
「格闘技の歴史は、大きな波を繰り返しているんですよね。沢村忠さんのキックボクシングや空手バカ一代の極真空手の大ブームがあって、その後、後楽園ホールでのキックの興行に、100人ほどしか人の集まらない時代を経て、再びK−1、プライドといううねりがありました。ハッキリ言って自爆してしまいましたが、あのままテレビ放映を維持できていれば、今の格闘界の流れも変わっていたでしょう。また、いつ大きなうねりが訪れてもおかしくない。そういう可能性を格闘技は秘めています」と、谷川氏。
先の読めないのがまた格闘技の魅力。はてさて大晦日の格闘イベントの結末や如何に。