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ビームス、「株式上場をしない僕たちの本音」

ビームス、「株式上場をしない僕たちの本音」

2016年にビームスは創業から40周年を迎えた。セレクトショップの草分けとして流行の最先端に居続けることができるのはなぜなのか。業容を拡大する中で上場する選択肢はなかったのか。設楽洋社長に聞いた。

――ビームス1号店はわずか6坪の店でした。

 半分以上が倉庫で、商品を見るスペースは3.5坪くらい。僕たちは米国に強いあこがれを抱き、「おしゃれでかっこいいUCLA(米カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の学生の部屋」というイメージの店にした。最初は業界関係者などの顧客を対象に、ファッション感度の高い、とがった商品をそろえた。

当時はモノの情報が今ほど容易には得られなかった。どうやら米国で“ニケ”(NIKE〈ナイキ〉)という運動靴がはやっているらしいといった話を聞いては、それらを探して買い付けていた。

 1976年の開業当初は細々とやっていた。だが数年後、原宿の街中が、さまざまな商品のロゴをあしらったトレーナーを着る若者であふれた。特にビームスのトレーナーは人気になった。ロゴトレーナーはUCLAの学生が好んで着ていたもの。僕たちがやってきたことに時代が追いついてきたと実感した。

■店舗作りはチェーンストアではない ビームス

――その後、ビームスはさまざまな業態を開発し、店舗数は150店規模になりました。

 ビームスは事業計画書ありきで店を作るわけではない。そして画一化された店作りをしない。そこが通常の小売業と違うところ。1号店開業のときのように、世の中の流れの変化に合わせて自然発生的に事業を始めていく。

 「3年後に黒字化」「5年後に10店舗」といった形で先に事業計画を立て、その目標に向かって拡大していくわけではない。もちろん趣味でやっているわけではないからある程度たたき台は作るが、社長がこの事業をやれと言っても商品を売るのは現場のスタッフ。彼らが燃え上がらないとモノは売れない。

30年ほど前、僕が子供服を扱おうと言ったら、スタッフから全力で止められた。「とがったビームスに、なぜベビーカーを押すお客が来るのか」とか。

 東京以外の地方へ出店しようと言ったときも「ビームスは東京だけでいい」など、社長の言うことが通らない。

 ただ、スタッフの年齢が上がっていったことで、子供服の必要性などは理解してもらえた。そして若者の文化を変え、世の中を変えたいという思いで地方に店を作っていくことも皆に賛同してもらえた。

――ラグジュアリーやファストファッションではない中価格帯は、競争が激しい。差別化についてどう考えていますか。

 売れない商品も店に置く、売り上げが急拡大し始めた商品は販売をやめる、この2つの考え方を一貫している。同じ商品が多くの人に売れれば利益が取れる。だが、そのおいしいところをあえて捨ててきた。僕らのターゲットは、ファッション感度の高い、リーダー的存在の人たちだからだ。

■POSデータがハネ上がったときがいちばん危ない ビームス

――おいしいところをあえて捨ててしまうと、どこで利益を取るのですか。

 マスの人々に売れ始めたときにようやく利益が取れるという形にしている。ファッション感度の高い人たちのボリュームは上に行くほど小さい。僕たちには「気づきのタイムラグ」と呼んでいる考え方がある。

 流行の変化にいちばん早く気づくのが「サイバー」。流行の先端を取り入れるのが「イノベーター」。流行を周囲に発信する、おしゃれ番長のような存在が「オピニオン」。そして「マス」。そう名付け、マスの上位3分の1までをターゲットにしている。下に行くほどゾーンが広い。

たくさん売れていてPOS(販売時点情報管理)データがハネ上がったときがいちばん危ない。マスの人々に売れているとき、感度の高い人たちはすでに店頭から遠ざかってしまっている。売り上げの数字だけ見ていると、その変化がわからない。

 店を定点観測し、サイバーやイノベーターが手に取って棚に戻す商品の動向もよく観察している。そういう商品に限って翌年にオピニオンやマスに売れたりする。だから、売れなくても置いておく商品が店には必要になる。

――設楽社長はサイバーやイノベーターのような存在ですか。

 僕はファッション好きだけどオタクではない。ミーハーだと思う。(広告代理店の)電通にいたこともあって、生活者がどのような消費行動をするか、一歩引いて頭で考えて分析してしまう。66歳になった現在、昔のようにはやりのスポットで踊り狂っていられない。実際に感じることのできる情熱あふれた若いスタッフに億円単位の買い付けを任せている。ビームスのバイヤーはビームスが好きでたまらないヤツしかいない。

――設楽社長が仕入れる商品はないのですか。

 今でも僕が仕入れる商品は少しだけある。通称「ボス品番」(笑)。たとえばリーディンググラス。単に老眼鏡といってしまうとかっこ悪いかもしれないが、僕のような年代のお客さんに親しみを持ってもらえるように、首から掛けてもおしゃれな商品を仕入れたりしている。

――さらに会社を大きくするために、株式を上場して資金調達する手段もありました。

 短期的な利益ではなく、長期的に見てビームスらしさをいかに表現できるかを考えて経営している。上場したら短期的な利益を株主から求められてしまう。40年以上、量を追いすぎず地道に取り組んできたことが、最先端であり続けられた理由だと思っている。原宿で数万円のシャツを扱う店はゴマンとある。その中でビームスがいい位置を保ち続けているのは奇跡に近い。ビームスらしくあるために上場しなかった。

■キュレーション能力で日本の魅力を引き出す ビームス

――新宿のビームス ジャパンは日本をテーマにしたお店です。

 これまで海外のいいものを日本に紹介してきたが、日本のよさに気づかなかった。これからはメード・イン・ジャパンが国内外でステータスになると考えている。

 このことを痛感したのは、英国のロンドンにあるセヴィルロウ(背広の語源になったとされる、スーツ店街)を訪れたときだ。彼らが日本の着物の生地を使ってスーツを作っていた。どうして日本のものづくりのすばらしさに気づいていなかったのか、と考えさせられた。ビームスなりに日本を表現しようと思って2016年4月に開業に至った。

ビームスの強みは、商品をセレクトしてお客に伝えるキュレーション(情報を収集し価値を持たせる)能力。今後は、この能力を生かして、さまざまな日本の企業や自治体とのコラボレーションを進めていく。

 異業種の企業や自治体が持っている魅力を引き出し、ビームスが選んだ独自商品を生み出す実験を進めている。

 ――モノを売るセレクトショップからの転換を進めていくのですか。

 幸いなことに、今のビームスにはさまざまなブランドや企業などからコラボの依頼がある。セレクトショップというのは、「この指とまれ」とみんなに呼びかけて、どれほど多くの人々を集めることができるかに懸かっている。ただ単にファッションをやる、若者文化を発信し続けるというだけでは飯の種にはならない。ビジネスとのバランスを取りながら進めていく必要がある。40年以上培ってきたノウハウを使って成功事例を生み出していきたい。

『誰がアパレルを殺すのか』〜”貴族の模倣”が終わる時

『誰がアパレルを殺すのか』〜”貴族の模倣”が終わる時

この本のタイトルを見た時に既視感を覚えた人はいるんじゃないだろうか。そう、佐野眞一氏の『誰が「本」を殺すのか』という本が話題になったことがある。

作り手と売り手、そしてチャネルなど業界関係者の意識変化がなかなか進まないままに、気がついたら風景が一変していた――そういうところは、出版とアパレルの両業界に類似点はあるかもしれない。

しかし、「誰が」という問いに対して犯人を特定することは難しい。何に近いかというと、『オリエント急行の殺人』のようなところだろうか。もっとも、服そのものに罪があるわけじゃないのだけれども。

この本の中に書かれていることは、まったくその通りだと思う。また、終章に描かれている、新たなチャレンジャーの方向性も納得できる。しかし、それ以前に市場が一段と縮小していくのは避けられないと思う。

それは、景気とか少子高齢化とは全く別の動きなのではないだろうか。カンタンに言うと、「自己表現する」あるいは、「顕示欲求を満たす」手段として服の役割が終わりつつあるんじゃないか。

少なくても、日本ではそうだと思うし、先進国の状況は似ているように感じている。

「服を着る」ということ自体は、人が生きていく上で「道具」として必要なものだった。それが、どのようになったかは、「ご覧の通り」としか言いようがない。

そして、衣服はある時代から社会学や哲学の研究対象となっていく。「モード」を語ることは、人のあり方を語ることのような時代もあった。というか、そういう人もたくさんいて、普通に暮らしてセールを追っかけるくらいの人たちも、彼らの分析対象になっていた。

それほど、人々はファッションにおカネを使っていた。

しかし、「別にいいんじゃないか」と思った瞬間に、衣服への支出はいくらでも減らせる余地があることに気づく。そんなの変じゃないか、とアパレル関連業界の方がどんなに思っても、「どうして服におカネかけるの?」という問いには誰も答えられないだろう。

同じようなことは、クルマの世界でもずっと起きている。そして、日本においてクルマとファッションの置かれている状況は似ているのではないかな。

その理由は結構単純で、それは普通の人が「貴族の模倣」をすることに飽きたんじゃないかと僕は思う。

贅沢な装いというのは、かつて貴族階級の特権だった。「ベルばら」でも「源氏物語」でも同じようなこと。20世紀になった頃から、普通の人もおカネを払えばそれなりに模倣ができて、みな夢中になった。

ちなみに、着道楽の貴族の楽しみの一つは狩猟だった。『戦争と平和』で狩猟の場面が延々と描かれるシーンがあるけれど、自らの馬や猟犬への思い入れがよくわかる。やがて、馬は自動車となる。

だから、それなりの豊かさを手にした人が「服とクルマ」にカネをかけるのは、貴族の模倣としてはとてもよくわかる。
貴族の住居は真似するわけにはいかない。だから「服とクルマ」は、模倣の対象としてはある意味手ごろだし、相性もよかった。クルマの広告では、スタイリストもまた腕の見せ所だったと思う。

いまでも「セレブのファッション」が話題になるのも、その名残だろう。
でも「模倣」というのは、阿波踊りのようなもので、皆が一所懸命な時には気にならない。しかし、ふと気づいたら周りの人が殆どやめていたらどうなんだろうか?
クルマも服も、また実用の道具としては大切だけれど、どれだけおカネをかけたいと思うんだろうか。

という風に考えると、アパレルを殺す犯人は、きっと見つからないだろうなあ。
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