カミカゼニュース

北海道拓殖銀行

拓銀破たん金融危機から20年、メーンバンクがなくなる時

拓銀破たん金融危機から20年、メーンバンクがなくなる時

takugin201711230002

拓銀破たんから変わる銀行と企業の関係

1997年11月、北海道拓殖銀行が経営破綻した。資産価格バブルの崩壊で発生した不良債権が膨らみ、金融機関の大型破綻が相次いだ金融危機から20年。危機は日本経済に深刻な影響を与えただけでなく、銀行と企業の関係に変化をもたらし、今も企業金融に影を落としている。

「かつてのように貸し出しが不良債権化し、経済や金融システムに大きな影響を及ぼすようなリスクが蓄積されていることはない」。全国銀行協会の平野信行会長は、90年代と現在の変化を指摘する。確かに当時と比べ、銀行はリスク管理を高度化し、企業は過剰債務を圧縮して稼ぐ力をつけた。銀行も企業も財務の健全化が進み足元の企業業績の好調につながっている。

一方で銀行と企業の関係で見ればしこりが残っているのも事実だ。「企業は危機がトラウマになっている」と指摘するのは京都文教大学の野崎浩成教授。巨額の不良債権を抱えた当時の銀行は自己資本を確保するために貸し剥がし・貸し渋りを行った。企業は銀行の借り入れに依存することのリスクを自覚し、銀行依存から脱却して直接金融の比重を高めることになった。

危機が「メーンバンク制」を弱めたとの見方もある。企業と最大の貸し手との長期的な緊密関係であるメーンバンク制は、戦後の経済発展を支えたとされるが、神戸大学の家森信善教授は「銀行との関係性ではなく価格(金利)で資金を集めることができるようになり、メーンバンクに依存する必要性が優良企業では低下した。その流れが危機で加速した」と分析する。危機以降、銀行と企業が長期かつ安定的な関係を築きにくくなったという。

10月に日銀がまとめた「金融システムリポート」によれば、企業の取引銀行数は00年代前半から一貫して増えている。企業と銀行の関係が分散しているのだ。

全国的に企業数が減る中で、新たな融資先を求めて銀行が営業を強化したためと見られている。企業が経済合理性だけを重視して複数の銀行から金利の一番低い銀行を選択することが常態化すれば、「企業とメーンバンクの間の取引関係が弱まり、中長期的には銀行の情報生産活動の停滞を通して資金配分の効率性が低下する可能性も考えられる」と同リポートは警告する。

「日本企業は取引銀行数が多く、銀行との関係が薄くなっている。“多対多”から“少対少”の深度ある関係を築くべきだ」と指摘するのは早稲田大学の川本裕子教授。

危機以降、銀行と企業の株式持ち合いが解消に向かっていることも背景にある。だが銀行としては、企業との関係強化が付加価値の創造につながり、過当な金利引き下げ競争に巻き込まれず収益改善にもつながる。

銀行は非金利収益に活路を求める動き 拓銀破たんから

金融庁が危機後に導入した金融検査マニュアルと厳格な検査手法は不良債権問題を解消に導いた。一方で金融庁は03年に、地域金融機関に対し企業との関係を強化する「リレーションシップバンキング」を促したが、厳格な検査が「借り手の事業内容ではなく担保や保証の有無を必要以上に重視する」(報告書)形式的な融資行動を醸成するという副作用を生み出した。これを教訓に金融庁は銀行との対話を重視した検査手法に改める方針だ。

 日銀の金融緩和政策による低金利環境の長期化で、銀行は利ざや確保に苦しんでおり、貸し出しを軸にした既存のビジネスモデルは変革を迫られている。

 デジタル化の台頭もあり、デジタル技術を駆使したコスト削減や非金利収益に活路を求める動きが活発化しているが、危機から20年を経て希薄化した企業との関係を再考すべき時期に来ている。

断末魔の拓銀、半年で大口定期性預金の4割流出 内部文書で明らかに

断末魔の拓銀、半年で大口定期性預金の4割流出 内部文書で明らかに

17日で経営破綻から20年

 北海道新聞は、1997年11月に経営破綻した北海道拓殖銀行(拓銀)で、96年以降に幹部で共有していた内部文書約3千枚を入手した。それによると、資金繰り安定の基盤となる大口定期性預金(10億円以上)が、破綻1年前の96年秋から半年で4割近く、1兆円超も流出した。文書は、巨額の不良債権を抱えた上、信用不安による預金流出加速で資金繰りの面でも追い詰められた「最晩年」の様子を浮き彫りにする。道内外に衝撃を与えた拓銀破綻から17日で20年となる。

入手した文書は、日々の資金繰りの状況などを示す日報や、各現場からの報告書、当局とのやりとり記録、行内通達、メールなど。元行員ら複数の関係者が保管しており、破綻20年を機に北海道新聞に提供した。

 破綻1年前の96年11月、当時の橋本龍太郎首相が日本の金融市場の一層の競争力強化を目指す「金融ビッグバン」を宣言した。文書によると、拓銀の経営が本格的に切迫しはじめたのはそれ以降。拓銀も含めて不良債権比率が高い金融機関に対する信用不安が高まり、預金引き出しが加速した。

 文書によると、大口定期性預金の96年10月末の残高は2兆9千億円。これが97年3月末には1兆1千億円、38%減って1兆8千億円となった。特に多いのは3月で、1カ月で5千億円流出している。道内より本州の減少幅が大きかった。

信用低下「連日、正念場を迎えている状況」

別の文書には97年1月以降、格付け会社が拓銀の格付け見通しを引き下げたり、危険性を指摘するテレビ番組が放映されたりするたびに、株価下落と預金流出が進み、行内の危機感が高まっていったことが記録されている。

 生き残りを目指す拓銀は、同年4月に北海道銀行との合併を発表した。ただ、9月に交渉延期が発表されると急速に経営状況が悪化。そのころの日報には資金調達について、「連日、正念場を迎えている状況」「議論している時間はない。行動あるのみ」など悲壮な文言が並ぶ。
カミカゼニュース 検索
カミカゼ ギャラリー
  • 2017 カミカゼ ニュースまとめ
  • 関 光彦 市川一家4人殺人事件
  • 「イチロー×アインシュタイン」の弟子志願者に困惑  ビートたけしの大正論
  • 進次郎氏が角栄と重ねて見られるのは政治状況が似ているからか
  • トヨタ「JPNタクシー」デビュー1か月、その評判は? 「これタクシー!?」の声も
  • トヨタ「JPNタクシー」デビュー1か月、その評判は? 「これタクシー!?」の声も